勇者の元仲間夫婦は田舎でのんびり幸せに暮らす
相野仁
第一章
第1話
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
場所はトランクイル王国の王都にある教会。
万の拍手と祝福の言葉が、一組の新婚夫婦に雨のように浴びせられていた。
男の名はフレミト。
人類の命運を懸けた戦いで、魔王を倒した勇者。
そして女の名はサナティア。
トランクイル王国の第二王女であり、癒しの力を行使する聖女として、フレミトの仲間として魔王討伐の功労者。
おそらく世界で一番有名なカップルだ。
相思相愛だった二人は、魔王討伐の祝賀会を終えて、論功行賞もすんでひと息をついたタイミングでついに結婚したのである。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
新婚カップルは幸せそうな表情で、祝福に応えていく。
「いいな」
とつぶやいた参列者の名前はルード。
フレミトの仲間として、魔王を倒した戦士だ。
強い結婚願望を持っていなかったのだが、仲間たちの様子を見ていると羨望が起こる。
「たしかにね」
とルードの左隣で賛成した女の名はフェリ。
彼女もまた勇者の仲間の一人で、世界屈指の魔法使いだ。
もっとも、彼らに相手はいない。
ルードは実力のある戦士でありながら、より優れたフレミトが隣にいた。
フェリは魔法使いとして優秀であるだけでなく、人目を集める美貌を持つが、すぐ近くに王国一の美貌と最も多くの人を癒す力を持つサナティアがいた。
フレミトとサナティアが最も有名なカップルなら、彼ら二人はその陰に隠れていた二番目ペアと言うべきだろうか。
「フレミトとサナティアは前からいいペアだったね」
とルードがふり返ると、
「ええ。何も言わなくても分かり合える熟練の連携をしてたもの」
フェリはなつかしそうな顔で同意する。
「野宿のとき、二人で炊事をしてたり」
とルードが言うと、
「あのときはあなたが簡易テントを作ってくれたのよね」
「それってみんなの魔力が切れて、手作業になったときかな?」
二人は苦笑いに近い感情をともなって思い出す。
あのときは四人そろって苦労したものだ。
「思えばルードにはいっぱいカバーしてもらったよね」
とフェリが言う。
「まあサナを応援しようとしたら、な」
ルードは微笑む。
サナティアがフレミトに対して本気なのは、二人には明白だったから、なるべく組めるように配慮してきた。
そういう点でも彼らは協力者だった。
「君とは一緒に獲物を狩ったり、時間稼ぎをしたり、野宿のときも見張りをしていたね」
「そうねえ」
ルードとフェリは一瞬目が合う。
きちんと意識したことがなかったが、彼らはお互いが一緒に過ごした時間が最も長い相手だった。
結婚式がつつがなく終わり、花嫁姿のサナティアがウェディングブーケを持って二人のところにやってくる。
「来てくれてありがとう」
普段は敬語で話すサナティアだが、生死を共にしてきた仲間たちには使わない。
「いい式だったよ」
とルードが声をかけると、
「生きてきて初めて結婚を考えたよ」
隣でフェリも言う。
サナティアは虚を突かれたのか、宝石のような瞳を丸くする。
「どういう心境の変化? 二人とも義理で来てくれたのでしょう?」
付き合いが長いだけあって、サナティアは二人のことを正確に把握していた。
仲間の式でなければ、まず来ないだろうということも。
「まあ否定はしないさ」
ルードは自分の気持ちの言語化がうまくいかず、あいまいな言い方をする。
「私も自分で驚いているわ」
とフェリは他人事のように話す。
「なら、あなたにあげる」
サナティアは言って、ウェディングブーケをフェリに手渡した。
「えっ?」
フェリは脊髄反射で受け取ってから、自分の手の中にあるものを凝視する。
同時に周囲から「きゃー」と黄色い声があがった。
ウェディングブーケを受け取った女性には良縁が生まれる──トランクイル王国にはそんな都市伝説があるからだ。
式に参加した友だちに渡すというのも、けっして珍しい展開ではない。
「私はあなたにも幸せな結婚をしてほしいもの」
と言ってサナティアはフェリに微笑む。
傾国の笑み、とまで言われた魅力的な表情だが、同性の上に付き合いが長いフェリは今さら動じない。
「そう」
フェリは返事に困る。
結婚について初めて考えたくらいだから、「幸せな結婚」という絵が描けないのだ。
隣で見ていたルードが口を開いて、
「ならその花の半分を俺にくれないか?」
と言った。
この発言はトランクイル王国において、プロポーズを意味する。
「えっ……?」
突然、想定してなかったことを言われたフェリは、あっけにとられた。
すぐ近くにいたサナティアも、三人のほうへ歩み寄っていたフレミトも、目を丸くして発言者の顔を見つめる。
しかし、フェリは数秒後に我に返って、
「いいわね」
と答えた。
フェリにとってルードは命を預け合って死線をくぐり抜けた仲だ。
性格はもちろん、好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なことも知り尽くしている。
こんな条件を満たす男が今後自分の人生に現れるだろうか──フェリはそう考えて、即座に否定した。
もちろん、ルードだって似たようなことを考えたからこそのプロポーズである。
これまで結婚に興味を持てず、恋愛相手もいなかった二人にとって、お互いこそが理想の相手だ、と気づいた形だ。
「まあ!」
サナティアは両手で口を隠しながら、感嘆の叫びをあげる。
「正直、僕もこうなるとは思わなかったけど、考えてみればすごいお似合いかもね」
とフレミトはニコリとして言う。
「たしかに、二人はいつでもぴったり息が合ってたものね!」
サナティアも納得する。
「そうかな?」
「そうだったかしら?」
ルードとフェリは同時に首をかしげた。
「ほら!」
サナティアが笑いをかみ殺しながら指摘する。
「たしかに」
「そうかも」
言われてルードとフェリはハッとして、お互いの目を見つめ合う。
「うん、お似合いだね」
フレミトは満足そうに何度も首を縦に振る。
「おお、今日は何というすばらしい日なのだろうか。英雄夫婦が誕生しただけではなく、新しく英雄夫婦が生まれようとは!」
大きな声と大げさな身振り手振りで感動を表したのは、サナティアの父──つまりトランクイル王国の現国王だった。
「お父様」
サナティアはたしなめるような視線を向ける。
「よければ今日に劣らぬ式にしたいのだが!」
国王は娘の視線に気づかず、二人に提案する。
「せっかくのご厚意ですが……」
自分たちには合わないだろうとルードはやんわりと断った。
「そうか」
国王は肩を落としたもののすんなりと引き下がったので、多くの列席者を安心させた。
「ここかな?」
とルードが地図を見ると、
「着いたみたい」
横から覗き込んだフェリは同意する。
晴れて夫婦となったルードとフェリは、論功行賞でもらった田舎の領地へとやってきた。
「戦いとは関係ない馬車旅っていいな」
ルードは馬車から降りて背伸びしながら言う。
「ほんと。のんびりできたね」
フェリは笑顔で同意する。
二人の荷物は着替えと簡単な武装のみという気楽なもの。
それだけサバイバル能力に自信があるのだ。
彼らの視線は前方へと向く。
「期待通りの田舎だ」
「ふふ、自然が豊かね」
二人は満足そうに笑い声を立てる。
彼らの前方に広がっているのは豊かな緑の平地。
そして急な斜面とそこに生い茂った木々。
「あれがソラネヴィエル山脈なのね」
フェリはそびえる山脈を映して目を細める。
「どんな場所か楽しみだね」
ルードは合いの手を入れて、
「ここは涼しいから虫は少ないらしいな」
と言う。
「虫よけ魔法はナシでいいのかな?」
フェリは首をかしげる。
優秀な魔法使いである彼女の環境対応魔法は、旅でも活躍したものだ。
「必要になったら頼りにさせてもらうよ」
「任せて」
ルードの言葉に彼女は微笑む。
「住む家は……あれかな」
とルードが指さした方向には、平地の一画にポツンと大きめのログハウスが建っていた。
「情緒があっていい感じじゃない」
とフェリが言う。
少なくとも外見はとてもらしい。
「すぐに住めるように管理されているらしいけど、チェックはしないと」
とルードが言い、
「足りないものがあったら自分たちで用意しなきゃだものね」
フェリがうなずく。
息がぴったりの新婚夫婦だった。
ドアを開けると木の匂いが二人の鼻をくすぐる。
「こういうのがいいんだよ」
「ほんとね」
二人はうなずき合い、さっそく中の様子をたしかめていく。
「キッチンやトイレはあるけど、他は何もないな」
「自活がんばれって感じでやりがいありそう」
ルードの言葉に、フェリは前向きなことを言う。
手入れがされていたのか、大掃除の必要はなさそうだ。
最後に見た寝室にはベッドがひとつある。
「このサイズなら二人で眠れるね」
何気なしにルードが言うと、
「何だか照れくさいよ」
と言ってフェリは頬を赤らめる。
すごく可愛らしいな──ルードはそう思う。
初夜はすませてあるし、旅の道中でもずっと同じベッドで寝ていたのだが、いま口に出すほど彼は野暮ではなかった。
これから彼女とずっと同じ家で過ごし、同じベッドで眠るのだ、と彼もまた実感する。
「コホン」
わざとらしい咳ばらいをしてフェリは夫を見上げ、
「さて、このままじゃあ夕飯も明日の朝食もないよ」
と告げた。
「たしかに。何か食べものを確保しないと」
ルードは真剣な表情でうなずく。
一日二日食べずにしのいだ経験はあるが、あくまでも非常事態だったからだ。
平穏な日常に帰ったのだから、できるだけ食事はしたい。
「とりあえずちょっと山に食材探しに行ってみようか?」
とルードは軽く妻を誘う。
「いいわね。どういう場所か興味あるもの」
フェリもまた軽い調子で応じる。
山は本来生易しい環境ではないし、彼らも情報として知っていた。
だが、魔王との決戦と比べたら脅威はない──それがこの夫婦の認識だ。
ルードは持って来ていた愛用の大剣を背負う。
「あら、持っていくの?」
妻が首をかしげたので、
「邪魔な木や草を斬るのに素手はちょっとね」
大剣のほうが望ましいとルードは答える。
「それもそうね」
彼女は納得し、二人は歩き出す。
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