第3話

「俺たち以外が遭遇したらやばいな」

 と言ってルードは倒れている『堅鎧熊』の首を手刀で斬り落とす。

 やはり大剣の出番はなかった。

「すまないが、また洗浄(クリーニング)をお願いできないかな」

 そして申し訳なさそうに妻に頼む。

「ええ。作業が終わったあとでね」

 とフェリは応じた。

 ルードは慣れた様子で、テキパキと作業をしていく。

「熊の肉や内臓は美味いんだっけ?」

 一度手を止めて彼は妻に問う。

「栄養豊富だし、精力増強効果もかなりあるわ」

 フェリは即答する。

「ならそのうちフレミトに贈ろうか。あいつもいま大変だろう」

 とルードは言った。

 大公になったフレミトは慣れない政治に振り回されているだろう、という彼なりの気遣いである。

「そうね。効能の高い薬草もつけましょう」

 とフェリは賛成した。

 作業をすませ、二人は簡単に相談し合い、

「こいつはグレートホーンディアーの死骸よりクリに来たのか」

 ルードは視線を『堅鎧熊』の死骸に向ける。

「可食部がほぼなかったからかも」

 フェリの推測を聞いて、

「なるほど」

 夫は納得した。

「今日の食糧は確保できたし、一度ハウスへ戻らないか?」

「いいわね」

 ルードの問いに妻はうなずいたので、彼らは来た道を引き返す。

「ここからの眺めも悪くないじゃないか」

 歩き出してすぐルードは言う。

 人の集落らしきものも見えるが、視界の大半が自然だ。

 緑が多いが、赤、黄、青、紫という色も彼の視力なら見える。

「ほんと、こんな素敵なところがあったのね」

 とフェリもうなずく。

「こりゃ見て回るだけでも大変だな」

「たしかに」

 夫婦はうれしそうに笑い合う。

 やりたいことが多いのはいいことだ。

「季節が移ろえば、景色も変わっていくのかな」

「そうなら、さぞ鮮やかでしょうね」

 気の早いことを思い浮かべただけで二人は楽しくなる。

「それにこれだけ雄大な自然なら、食材の宝庫かも」

 とルードは期待を口にした。

「ほんとね」

 フェリは相槌を打ち、

「綺麗な花や珍しい虫を見れるといいけど」

 自分の希望を話す。

「なら明日は虫探しでもする?」

 ルードは提案する。

「いいわね。こことは別の場所にしない?」

 妻の希望に彼は賛成して、

「『堅鎧熊』とグレートホーンディアーが生息しているエリアに、虫がいる可能性はほとんどいないから?」

 と問う。

「そうなのよね」

 フェリはため息をつく。

「とくに『堅鎧熊』は虫も食べるから」

「そうなのか」

 ルードは目を丸くする。

「なら、狩りすぎもよくないかな」

 彼はすぐに懸念材料を思いつく。

「そうね。虫が増えすぎないようにね」

 フェリの言葉に彼はうなずいた。



 ログハウスの前まで戻ると、一組の中年男女の姿が目に入る。

 彼らはルードたちを見て、仰天した。

「うひゃあああ!?」

「く、熊に鹿!?」

 その場にへたりこんだ二人を見て、ルードたちは顔を見合わせる。

「何か悪いことしたかな」

「一般人の心臓に悪かったかもね」

 と言い合ったのは、彼らがグレートホーンディアーと『堅鎧熊』の頭部をそのまま持ち歩いているからだ。

「人と会うとわかっていれば、魔法で収納したのに」

 フェリは失敗したと反省する。

「あ、あんたらここに引っ越してきた人か?」

 五十歳くらいの男性がへたり込んだまま聞く。

「ええ。今日来たルードです」

「妻のフェリです」

 ルードたちは順番に名乗る。

「な、なるほど……」

 男性は立ち上がって妻に手を貸して立たせる。

「俺は近くの集落のものでガズ、こっちは妻のリゼだ」 

 と男性が名乗った。

「よろしくです。集落とは距離はあるようですが」

 ルードはガズに手を差し出す。

「上から見てきたのか」

 ガズは気づいた顔で握手に応じて、

「何かあったときすぐには駆けつけられないと忠告しようと思ってきたんだが、あんたらだと平気かもな」

 と言った。

「お気持ちはありがたいです」

 ルードは無難な答えを選ぶ。

 離れているとは言え、近隣の住民と仲は良好なほうがよい。

「来たばかりで知らないことだらけだものね」

 とフェリが夫に賛同する。

「まあたいがいのことなら二人で乗り切る自信はあるつもりです」

 ルードが言って、

「だからこの地を選んだのです」

 妻が補足した。

「見ればわかったよ」

 と答えるガズの視線は、二人が抱える魔物の死骸に向けられている。

「むしろあたしらのほうが世話になりそう」

 と小さな声でリゼが言う。

「あり得るな」

 ガズが真剣な顔でうなずき、

「一応これを持ってきたんだが」

 と言って脇に抱えていた箱を差し出す。

「まぁ、立派な野菜ですね!」

 フェリがうれしそうな声をあげる。

「ああ、自慢の野菜、とれたてだ」

 ガズはちょっとうれしそうに説明した。

「料理が楽しみです」

 ガズは心から言う。

 地元食材には興味があったからだ。

「フェリ」

 とルードが言うと妻はうなずき、

「お野菜のお礼にお肉はいかがですか?」

 保存していた肉を取り出して見せる。

「どへえええ!」

 ガズとリゼの夫婦は再び腰を抜かした。


「もしかして、俺たちはズレてるのかな?」

 ログハウスに入って、お茶を飲みながら、ルードは言う。

「みたいね」

 神妙な顔でフェリはうなずく。

 彼らのやりとりはガズ、リゼの夫婦を意図せず驚かせたことに起因している。

 おまけに明らかにおっかなびっくりという様子で、肉を一部だけ持って帰ったのだ。

「一般の人はどの程度の獲物を狩れるのか、考えてみれば全然知らないぞ」

 ルードは反省する。

「私もよ」

 フェリは同類だと返す。

「俺たちに足りてないのは自由な時間だけじゃなくて、一般人基準での常識もだったりするかな?」

 ルードが首をひねると、

「ありそう」

 フェリは苦笑いして賛成する。

 ふり返ってみればそれらの常識とは縁がない人生だった。

「これから覚えれば解決だな、よし」

 とルードは言ってお茶を飲み干す。

「前向きね。そういうとこが好きよ」

 妻は夫に微笑む。

「ありがとう。俺も大好きだ」

 ルードは照れずに言い切る。

「あら」

 この返しは想定してなかったフェリは頬を赤らめた。

「照れてるところも可愛いな」

「もう」

 この発言は褒めや惚気ではなく、からかいだ。

 直感したフェリはむくれる。

「ごめんごめん」

 ルードは謝るが笑みを殺せなかったので、

「知らない」

 妻はすねてそっぽを向く。

 夫はご機嫌とりのために彼女の背後に回って、優しく抱きしめる。

「ごめんって」

 耳元でささやくと、

「もっとぎゅーっとして」

 妻はそっぽを向いたまま注文を出す。

「もちろん」

 ルードは希望に応えて数分後、

「よし、機嫌なおった」

 とフェリは告げた。

「よし」

 ルードは微笑むと、彼女の頬にキスをする。

「追加プレゼント」

 フェリはうれしそうにキスを返して立ち上がった。

「じゃあ晩ご飯の準備をするわね」

「俺は風呂を掃除するよ」

 妻の発言にルードは応じる。

「よろしく」

 お互いに言い合って、二人は自分の仕事に取り掛かった。

 ハウスの風呂は大きな桶の下に釜が置かれていて、薪を焚いて熱するというありふれたスタイルである。

 浴室自体も手入れされていたようで、雑巾がけをするだけでよかった。

 掃除を終えたルードは、

「フェリの手伝いに戻るか」

 とつぶやく。

 フェリは料理好きで手際もいいが、手伝うほうがはかどる。

 キッチンに彼が行くと、グレートホーンディアーの肉のロースト、野菜スープの調理がはじまっていた。

 見つけた木の実は味をよくするために使ったようだ。

 さらにはパンも焼いているらしい。

 複数の魔法を並列に使うくらい造作もないフェリだからこそ、目の前の光景ができるのだろう──ルードは思う。

「掃除は終わったの?」

 ふり向いた妻に彼はうなずく。

「ああ。手伝いに来たんだが、必要ないかな?」

 質問しながらルードは、妻の手際よさを低く見積もっていたと少し反省する。

「他に食べたいものがあるなら、隣で作っていいわよ」

「とくに思いつかないな。君の手料理が楽しみすぎて」

 夫の言葉にフェリは笑う。

「いま褒めても何も出ないわよ?」

「褒めたんじゃなくて事実を言っただけだよ」

 ルードは真顔で言った。

「あら」

 フェリは耳まで真っ赤になる。

「ときどき殺し文句を言うのね」

 小さな声だったので、ルードには聞き取りづらい。

「んん?」

「何でもない。お皿を並べて、料理を運んでもらっていいかしら?」

 フェリはごまかすように夫に頼む。

「了解」

 ルードは言われた通り、王都で購入して持ってきた皿を準備する。

「料理を運ぶのは好きじゃないから助かるわ」

 と言ってフェリは笑う。

「そう言えばそうだったね」

 ルードは皿を置いて手を叩く。

 彼らにとってこういう状況は希少なパターンなので、認識する機会がなかったのだ。

「そういう意味でキャンプは好きかも」

「ははは」

 妻の冗談にルードは笑う。

 野宿は余り好きではないと知っている彼だからこそ笑えたのだ。

「我ながらまあまあね」

 とフェリはテーブルに並んだ料理を見て自賛する。

「え、すごく美味しそうだよ」

 ルードは謙遜する妻を褒めた。

 グレートホーンディアーのロースト。

 ガズたちにもらった野菜のスープに、焼き立てのパン。

「あとは木の実をデザートに添えたら?」

 思いつきをルードは提案する。

「それはいいわね」

 フェリは魔法でグミの実を取り出す。

「というか忘れてたわ」

 うっかりしていたと彼女はつぶやく。

「あわただしかったから仕方ないよ」

 ルードは慰めの言葉をかける。

「今日は余裕なかったけど、明日はモンブランケーキでも作ろうかしら」

 と彼女が言うと、

「いいね」

 ルードは賛成した。

「同じようなやりとり山でしたわね」

「したな」

 二人は苦笑を交わす。

 クリのことを忘れていたのはうかつだった。

「さあいただきましょう。冷める前に」

 とフェリは言う。

「その前に命への感謝をしていいかな」

 ルードが少し待ったをかける。

「ああ、いいわね」

 彼女はハッとして、賛成した。

「与えられた命に感謝を(セロ・アグラデス)」

「与えられた命に感謝を」

 二人は両手を合わせ、食材と天への感謝の祈りを捧げる。

「思い出してえらいわね。すっかり忘れていたわ」

 とフェリが自嘲気味に言う。

「殺伐とした生活が長くて、全然余裕がなかったからね」

 ルードは共に命懸けの旅をしてきたのだから、と理解を示す。

「これからは余裕を取り戻さないと!」

 フェリは意気込む。



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