第21話 海の記憶

 港町ライドアの波止場。


「なっ……。お前さん、今、何て!?」


「だから、海の嵐の巣まで船を、と」


「……バカ言うんじゃねぇ! 死にに行く様なもんだぞ!!」


 ――またか……。


 漁師は網を片付けるなり、逃げる様に町の方へ駆けて行った。漁師たちに頼んで回っていたオクラが断られるのは、これで7人目。もはや、周囲に人影すらない。


「まあ、こうなるか」


 船乗りの誰もが恐れる、海の嵐。渦巻きが近づいて来たと思えば船体が引っ張られ――やがて跡形もなく消える。


「正体は巨大なイカか、それともタコか、だっけか」


 オリジナル版で、その姿を見た者(NPC)はなく、その様な噂と恐怖感だけが広まっていた存在。


 敢えて、自ら進んで海の嵐のもとへ行こうとする者などいるはずもない。だが、それこそが理由だった。


「確かに、身を隠すには絶好だ」


 西の洞窟から魔王軍にとって大事な竜魂石を持ち出した、行方知れず扱いのオイロンがいるとすれば、そこではないか。それが彼の所属する、バラッド商会の者の話だった。


 オクラは係留された帆船と帆船の間からのぞく水平線に目をやる。


「海に突き立つ大岩、な」


 オリジナル版の頃にそういった物はなかったはずだった。だが、今はそれがあり、海の嵐の巣とされているらしいのだ。



 その時、丁度、一艘の大型の帆船が港に入ってくるのが見えた。近づくに連れ、甲板の上に立つ人影がはっきりと見える様になる。そして、歓声の様なものも聞こえ始める。


 やがて――


「おお! キンディアもいい港町だったけど、ここも良さげだなぁ」


「そうだな、それにしてもいい船旅だった」


 上陸してきたプレイヤーたちが心地よさそうに、鼻歌を歌いながら軽い足取りで町中へ向かって行く。



 ――いい船旅? あれの、どこが……。


 多くの者たちが、まるで浮かれた観光客の様に、そうする中。波止場に腰を下ろしては、ボーっと海を眺めている1人のプレイヤーの姿が目に入る。


 その仕草が気になったのもあり、オクラはゆっくりと歩み寄る。何気ない挨拶をすれば、その者は、カズヒコと名乗った。


「あの、航海中に海賊に襲われた、とかは?」


「いや、なかったですよ」


「魔物には?」


「全然。むしろ、穏やかで実に快適な船旅でしたけど」



 ――やっぱりだ、まるで違うぞ。



 23年前のオリジナル版、キンディアという町から商船でライドアを目指したところまでは同じ。だが、途中で海賊に襲われ、海の嵐のせいで漂流したはずだった。


「あのぉ」


 カズヒコがオクラの顔を覗き込む。


「もしかして、昔、ドラグーンファンタジアやってた人?」


「まあ、そうですが」


「やっぱり! 私もそうなんですけどね」


 ニコッ、と微笑んだカズヒコ。オリジナル版をやってた者を見かけた事があったが、こうして言葉を交わすのは初めてだった。自然とオクラの口元も弛む。


「でも、船の中でお見掛けしませんでしたね。先行プレイヤーさん?」


「いや、ちょっとばかりやり込んだだけで」


 プレイデータ利用の話を持ち出すと楽しい一時となったかもしれないが、それだけに長引くかもしれないと避けたオクラだった。ゆっくりプレイ出来そうなのは今日が最後。



 カズヒコは再び水平線を眺め話し始める。


「襲ってきたはずの海賊が、海の嵐の接近に気付いて逃げ出す。あの頃はそうでしたよねぇ」


 深く頷いたオクラは、そして、と続ける。


「乗っていた船を壊された主人公は海をさまよい、命からがらある島へ流れ着く」


「それが海賊のアジト、だとはねぇ」


 ははっ、と笑い合う2人。互いに、同時にその先を言いそうになっては譲り合う。結局、オクラはカズヒコに委ねた。


 ――きっと、思うとこあって、海を眺めていた?


「捕まって、奴隷として売られる為に、この町に連れて来られる」


 オクラが軽く縦に首を振れば、どう思います、とカズヒコ。


「――酷い話ですね」


「昔、そんな風に思いました?」


「……いや、どうだろう。あまり深く考えなかった様な」


「人をさらって奴隷として売る――昔は普通に見てましたけど、今はあんまり……なんですかね」


 カズヒコは言葉を選ぶ様にゆっくりと声に出した。


「……時代に合わせて、改められた?と」


 口にした途端、どこか寂しさが滲んだ。悪い体験ではあるが、まさしく冒険に付き物といった感じもあったからだ。


「わかりませんよ。そういう事もあるんじゃないかってね……」


 カズヒコの視線はずっと水平線の先を見据えていた。そこに、かつて自分が漂流した、あの海が今もあるのだと信じる様に。


「オクラさんも、この世界のライドアへ初めて来た時に何でかって考えませんでした?


 ――いや、今が、初めてなんだよな……。



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