第20話 海の嵐

「……あの時と逆か」


 小高い丘の上から眼下を見下ろすオクラ。町並みの奥の方に目を凝らせば、青い海の上、真っ白な帆を張った船が幾艘も並ぶ。オリジナル版では船旅で港町ライドアに着き、南下して城塞都市メルガンを目指したものだった。


「乗った船が魔物に襲われて、漂流したっけな」


 最初は海賊に襲われた。戦って撃退したと思ったら、魔物の姿を見て逃げ出しただけだった。静かに目を閉じて、そんなドット絵のイベントを思い出す。


 少しばかりして、口元を弛めたオクラは一気に丘を駆け降りた。




「へぇ、ちゃんと潮焼けしてるんだ」


 行き交う町の人々、NPCの髪色に自然と目がいく。リアルな海岸の町で見る様な、色落ちしたサーファーのそれと同じだ。


 半鐘が吊るされた鉄塔に目をやれば、潮風を浴びて至るところが赤茶けた様に錆びついていた。


「コラぁ! また来おって、この泥棒めっ!!」


 けたたましい怒鳴り声がする方を見れば、小魚一尾を口にくわえて駆けてゆく黒猫。険しい顔した爺さんが桶を置いてそれを追いかける。その桶にあふれんばかりの入っていた小魚を、海鳥が群がって一尾、また一尾とさらっていく。


「そう言えば、こんな爺さんもいたな」


 いつ港町ライドアを訪れても同じ。町中を時計回りに動いていた黒猫と爺さんの、永遠に追いつかない追いかけっこを繰り返すその様子を、自然と思い浮かべる。


 どこの町も配置が違うだけで同じに見えていたオリジナル版。それとは違い、ちゃんと海に面した集落としての風貌を備えていたライドアの町。




 波止場へ行けば、船からせっせと積み荷を降ろしている男たち。皆が上半身裸で、日に焼けた身体と、筋肉で盛り上がった太い腕が特徴的だ。中には腰にシミターを佩いた者の姿も見える。


 そして、波止場に積み上げられた木箱やら麻袋を担いでは馬に曳かせた荷台に乗せ、一際大きく目立つ木造りの建物に運び込む者達。その後を追い、建物に掲げられた看板を見上げれば。


「やっぱり、ここだよな」


 バラッド商会との名が見える。記憶の中でも際立っていた大きな建物に、きっと商会が入っていても不思議ではないだろう。そう見当をつけていたオクラだった。




 建物の中、羊皮紙の束を持ち、運び込まれる木箱と麻袋に目を光らせている恰幅のいいオヤジがいた。手が空いたのを見計らい、西の洞窟で鉱物の運搬役に就いていた者について尋ねてみれば――


「――あぁ、そんならオイロンのこったな……。魔物どもが居つく様になってすぐ、行方知れずのままだで」


 眼鏡を外し、禿げあがった頭を撫でながら、どこか寂しそうなものを顔に浮かべる。


「その、オイロン。城塞都市メルガンに住んでいて、犬を飼っている者か?」


「ん? お前さん、オイロンの知り合いだったかね?」


「いや、違うんだが。犬が飼い主の帰りを待っている様でな」


「そうかい。でも、きっと、おっ死んじまったんだろう……」


 仕事熱心でよく働く男だった、少なくとも無断で何日も休む様なヤツじゃない。どこか遠くを眺めながら、オヤジは噛みしめる様に言った。


「――もしかしたら、まだ生きてるかもしれないんだ」


「ほえっ? なんでまた」


「洞窟を牛耳ってた魔物が、逃げ出したヤツがいるみたいな事を話していてな」


 熊面鬼が言っていた事を掻い摘んで話して聞かせれば、ふむふむ、と頷くオヤジ。


「だが、あいつに魔物を追っ払える様な腕っ節はないはずなんだがなぁ」


 ――だとしたら、竜魂石が何か手助けに。


 恐らく竜の力の様な物が宿る特別な石。漠然とその様に考えながらオクラは尋ねる。


「逃げ出せたとして。オイロンが身を隠しそうな場所に心当たりは?」


「それなら、真っ先にここに、姿を見せてよさそうなものだがのぉ」


 オヤジは首を捻るばかりだ。


 ――だが。


 竜魂石は魔王軍にとっても大事な何かの様だ。それを持って逃走しているならば、そう簡単に姿を現わせない理由がオイロンに生じたのかもしれない。オクラの胸の内に、その様な思いが巡る。


「何でもいい。そうだな、オイロンにとっての思い出の地とか」


「さぁな」


「じゃあ、こうしよう。仮にあんたが誰かに追われる身だったとして、この辺りならどこに隠れる?」


「むむむ……。そうじゃのう、わしなら。いや……」


 オヤジが何か考えに思い至ってすぐに打ち消した様だった。すかさず、言い澱んだものの正体を尋ねる。


「あくまで仮にじゃぞ。絶対に追手を寄せ付けたくないというならば、打ってつけの場所があるにはある」


 両腕を胸の前の組み、自身で何かを確かめるように、ゆっくりとオヤジはそう言った。そして、すぐに首を横に振った。だが、その目を見たまま、黙って言葉の続きを待つオクラ。


「ふう、たまらんわい」


 オヤジは諦めた様子で組んだ腕を解いた。


「バカな話だと思って聞いてくれよ。お前さん、この辺りの海の嵐は知っておるな」


「ああ」


 静かにドット絵のイベントを思い浮かべていた。


「あいつの巣なら誰も近付けんじゃろな」


 深く頷くオクラ。


 ――いよいよ、ってとこか。


 この港町ライドアを初めて訪れた際、海上で襲われ漂流する羽目になった。その時の魔物の異名が、海の嵐だった。


 オリジナル版ではイベントで登場するだけ。もし、戦いになるとすれば初めてとなる。オクラは胸の奥に、わずかな高鳴りを覚えていた。


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