30 ジルベール騎士爵 アニエス その10

ジルベール騎士爵領の財政が、もはや崖っぷちで奈落の底だという事実を突きつけられた翌日。

私は早速、一歩踏み出すための行動を開始していた。

共産主義ジョークではないぞ。


新たに我が領地へと編入された村の一つ、コリン村。


昨日エロディから聞いた森の産物と特別な織物。それらがこの絶望的な状況を打開する、蜘蛛の糸になるやもしれぬ。

あまりに細く頼りない糸ではあるが、何もしないよりは遥かにマシだ。

仏陀が寝ていたら終わりだが。


まあ本当に頼りにならないにしても、やはり自分の目で現地を見て、自分の耳で住んでいる人の言葉を聞かねばならん。

数字の報告で得られる情報は客観的な事実だけを知り得るには有効だが、その数字をどうすれば動かし増減できるのか、ということなど分かろうはずもない。



「アニエス様、本当に、これでよろしかったのですか?」



私の背後から心配そうな、そしてどこか咎めるような響きを帯びた声が聞こえた。


声の主は、私の後ろを徒歩で従う、忠実なる家令パトン。

その眉間には深い皺が刻まれ、その表情は「私は納得しておりません」と雄弁に語っていた。


彼の視線の先にあるのは私と、そして私の背後にしがみつくように座る侍女エロディの姿だ。


ノワールの広大な背中には、私とかいうクソデカ図体の女を乗せてもなお、小柄な彼女を一人乗せるだけの十分な余裕があった。


ノワールは私が合図を送るまでもなく、私の意図を汲んで歩みを緩めている。

その知性はもはや馬というより、賢明な臣下と呼ぶにふさわしい。ただし女好きの。



「何がだ、パトン。お前もノワールに乗りたかったのか?悪いが、ノワールは女性2人用なのだ。お前が女装をすればもしかしたら誤魔化せたかもしれぬが……」


「違います!兵の数でございます!たったこれだけの手勢で、元は敵地であった場所へ赴くなど、あまりにも無防備すぎます!せめて、私以外にもあと3名は……!」



彼の言い分は実際もっともだった。


今回の視察に、私はパトンとエロディ、そして数名の供回りのみしか連れてきていない。


ラパン村とコリン村が元はテネブルシュール騎士爵領であったことを考えれば、いつ、どこで、誰が、どのような形で反旗を翻すか分からぬ。

反旗とまではいかぬとも、単なる嫌がらせであればいくらでもやって来よう。


実際に私が村の代表者たちに新しい報告書の様式を提示した際、元テネブルシュール領の役人からは、あからさまな抵抗を受けたのだ。

「我々は長年、このやり方でやってきた」だの「ジルベール家のやり方を押し付けるおつもりか」だのなんだの。


その生意気な口が自発的かつ物理的に閉じるまで、少々の手間を要した。


流石に私を暴力で排除しようなどと考えては居ないと思うが、念を入れるべきなのは間違いない。

極まった阿呆は何をしでかすか解らんから阿呆なのだ。



「お前の心配は分かる、パトン。だが、大勢の兵を連れて行けば、どうなる?村人たちは我々を新たな圧政者と見なすだろう。恫喝と受け取られても仕方がない。彼らは、我々を恐れ、心を閉ざすだけだ」



私の言葉に、パトンは渋々といった様子で押し黙った。


彼は伝統を重んじる男だ。

領主たるもの、威厳をもって民に臨むべきだと考えている。


その考えが、決して間違っているわけではない。

というかこの時代の常識はそうである。


舐められたら殴り、名誉を傷つけられたら蹴り、侮辱されたら殺すのが騎士である。

どこに自らの立場を鑑みて民目線でものを話そうとする貴族がいようものか。


私の行動が異常であるのだ。

私の存在自体が異常であるので今更ではあるが。


しかし今のコリン村に必要なのは、威圧ではなく、対話だ。


彼らが何を必要とし何を望んでいるのか。それを、私自身の目と耳で確かめねばならぬ。



「それに……」



私は背後で私の服の裾を固く握りしめているエロディの小さな手に、そっと自らの手を重ねた。

彼女の体が、びくりと小さく震えるのが伝わってくる。



「この村には、案内役がいる。違うか、エロディ?」


「は、はい!アニエス様……!」



私の問いかけに、エロディは緊張と、そしてそれ以上の喜びと誇りが入り混じった、上擦った声で答えた。

彼女はこの村の出身、この村の村長の孫娘である。


里帰りさせてやろうという親切心……というのは建前で、連れて行かれた孫娘の顔でも見れば村長の態度も和らぐだろう、という打算である。

紹介した通り村の案内役の仕事もあるが。


やがて、緩やかな丘を越えると、眼下に小さな村の全景が広がった。



コリン村。

それが私がこれから向き合わねばならぬ、新たな現実だった。



以前、挨拶のために訪れた際にも感じたことだが、改めてじっくりと観察すると、その荒廃ぶりは想像を絶していた。


コリン村に足を踏み入れてまず目に飛び込んできたのは、見渡す限り広がる、荒れ果てた畑。


土は固くひび割れ、生命の息吹を感じさせない。

かろうじて残っている畝の間からは、逞しい雑草が好き放題に伸び、本来そこで育つべきであった作物の居場所を奪い尽くしている。


いや、そもそも作物の姿すら満足に見る事が出来ぬ。

去年のものと思われる小麦の茎が、刈り取られることもなく、力なく折れ曲がり、黒く変色して朽ち果てていた。


この土地がもはや人の手による管理を完全に放棄されていることの、何より雄弁な証だった。



「……ひどいものだな」



私はノワールの上から、思わず溜息混じりに呟いた。


いや本当にひどいな。

数字で見て絶望していたが、こうして生で見せられるとなんだか笑いすら浮かんでくる……諦めの笑顔というヤツだが。


私の背後でエロディが暗く沈んでいる気配がする。


彼女にとってこの光景は、ただの荒れた畑ではない。

失われた故郷の姿そのものなのだ。


村へと続く小川には、板橋が一本かかっていた。

だがその橋もまた、無事ではない。


もともと粗末な作りであったろうそれは、今や数枚の板が腐り落ち、ぽっかりと大きな穴が空いている。

子供が渡るのは当然ながら、大人でも尻込みするレベルで危ない。



「この橋は……私がいた頃は、まだ、もう少し……」



エロディが、震える声で呟く。


畑を抜け村の中心部へと続く道を歩んでいくと、やがて石造りの建物が見えてきた。


この貧しい村の中では、不釣り合いなほど立派な教会だった。

壁には過度な彫刻こそ施されていないものの、その堅牢な造りは、信仰の揺るぎなさを象徴しているかのようだ。


まあ教会はね。

ここを粗雑に扱おうものなら、教会のみならずあらゆる方面から袋叩きにされるから多少はね。


どこの領でも教会は領主の館に匹敵する程度には荘厳であるからな。

それ故に私の目を引いたのは、建物の荘厳さではない。


教会の入り口や窓辺に、いくつも飾られている、色鮮やかな青い布。


それは、この灰色の村の中で、唯一、鮮やかな色彩を放っていた。



「エロディ。あれは?」


「……はい。あれが、コリン村で昔から作られている、青い染め物でございます。かつては、収穫の感謝を捧げるのと共に、この織物を教会に奉納するのが、村の習わしでございました。ですが……」



彼女の言葉が途切れる。


染め物を生業としていたのは事実であった。

しかし働き手と、そして染料の原料を採る畑も荒れ、その伝統もまた途絶えかけているのだろう。


教会の扉は固く閉ざされ、司祭は留守のようだった。

この村の惨状に、神に仕える者すら、愛想を尽かしてしまったのだろうか。


教会の隣には、小さな墓地が併設されていた。


古びた石の墓標が並ぶ中に、ひときわ目立つ、真新しい土の山がいくつかある。

まだ草も生えていない、掘り返されたばかりの土。


ギヨームの圧政の下で、力尽きていった者たちの墓標だった。


重い沈黙が私とエロディ、そしてパトンの間に落ちる。

ノワールだけが、不機嫌そうに鼻を鳴らし、早くこの陰鬱な場所から立ち去りたいとでも言うように、蹄で地面を掻いている。


村の広場にたどり着いた時、私の口から漏れたのは、もはや何度目かも解らん溜息だけだった。

もはや「こりゃ酷い」と口に出す気力すら湧かん。


広場を囲むように並んでいるのは木組みの家々。

その列は、まるで虫歯で歯が抜け落ちたかのように、ところどころが更地になっている。


家が朽ち果て、崩壊した後なのだろう。


残った家々も、満身創痍だった。


かつては白い石灰で塗られていたはずの壁は、長い年月の雨風に晒され、その白さを完全に失っている。

縦横に走る栗の木の梁が、まるで骸骨の肋骨のように黒く浮き出て、不気味な模様を描いていた。


屋根は、本来ならば厚く葺かれているはずのライ麦の藁が半分以上も崩落し、空に向かって無残な骨組みを晒している。

残った藁も、湿気と腐敗で、鈍い灰色に変色していた。


いくつかの煙突からは、か細い煙が上がってはいる。


それは、この廃墟のような村にも、まだ人の営みが残っていることの、唯一の証だった。

だが、その煙もあまりにまばらで、今にも消え入りそうに見えた。


これが、人が最も集まっているだろう広場の様子なのだ。

村のその他の部分はきっと想像通り……いや、想像よりもう二回りは酷いんだろうな。



「改めて、じっくりと見ると……なんという有様だ」



私戦の時や、領地編入の挨拶で訪れた時は、ここまで詳細に村を観察する余裕はなかった。


だがこうして領主として、責任と覚悟を持って村の隅々まで見渡すと、その惨状は、私の想像を遥かに超えていた。

これはもはや「貧しい村」ではない。「死にかけている村」だ。


いやもう、マジで何をどうすればこうなるのだ。

ギヨームには騎士や領主としては落第点だが、ギリギリ死なないように村を衰退させることについては天賦の才があったと認めざるを得ない。


私の呟きは、誰に言うでもなく、ただ虚空に溶けて消える。

いやもう、独り言でもいいから愚痴を出さんとストレスでやってられん。


私がこの村を何とかせねばならないらしい。


マジで?


私が荒廃した村の光景に言葉を失っていると、広場の向こうから何人かの人影がこちらへ向かってくるのが見えた。

そのほとんどが女性だ。

着古して色褪せたワンピースを纏い、その顔には深い疲労と、諦観の色が刻まれている。


ギヨームによる徴兵で、この村から若い男がいなくなった結果だろう。

働き手も恋人も夫もおらぬのに、どうやって生活をしろというのか。


その集団を先導していたのは、一人の老人。



「村長……おじい様……」



私の背後で、エロディが小さな声で呟く。


彼がコリン村の村長である。

私が彼と顔を合わせるのは、これで3回になるか。


一度目はギヨームが仕掛けてきた私戦の最中、混乱の渦中で。

二度目は、この村が正式に私の領地となったことを告げる、儀礼的な挨拶の場で。


そして、今日が三度目だ。


村長は私の前に進み出ると、おぼつかない様子で、深く、深く頭を下げた。

その皺だらけの顔には領主に対する畏怖と、そして拭い去ることのできない不信感が複雑に混じり合っていた。



「これはこれは、ジルベール騎士様。本日はいかなる御用で、このような辺境の地まで……」



その声は乾いた木が擦れ合うかのようにか細く、力がない。

私はノワールから静かに降り立つと、彼の目をまっすぐに見据えた。


儀礼的な挨拶や、回りくどい言葉は不要だ。

そういうことやりにここに来たのではないのでね。



「村長。単刀直入に聞く。この村に、今、最も不足しているものは何だ?」



私の問いに村長は一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。

まさか新しい領主が開口一番、そのようなことを尋ねてくるとは思ってもいなかったのだろう。


悪いな村長、私は女騎士という常識外の存在だからな。

もういっそ開き直って常識に囚われずに支援するぞ。


……教会に目をつけられない範囲で、だがな!


彼はしばらくの間、逡巡するように口ごもっていたが、やがて、堰を切ったように、その口から言葉が溢れ出した。



「不足しているもの、でございますか……?それは……」



彼の声は最初はか細かったが、語るうちに、徐々に熱を帯びていく。

それは胸の内に溜め込んできた、悲痛な叫びだった。



「まずは食料でございます。今年の冬を越すための穀物が、全く足りませぬ。畑を耕すための種籾も、農具も、何もかもがございません。家を修繕するための木材も、藁も……。そして何より、男手が、若い働き手がおりませぬ」



村長の言葉は、止まらなかった。


薬、冬を越すための薪、家畜の餌、衣服を繕うための布や糸……。


彼が口にするものは、村を運営し、人々が最低限の生活を営む上で、必要不可欠なものばかりだった。

そして、そのほぼ全てが、この村には致命的に不足しているのだ。


私は彼の言葉を、ただ黙って聞いていた。


何もかもが、足りない。


この村は生命を維持するための血液すら、枯渇しかけているのだ。


だよね。

知ってた。


この村を救うということは、傷口に薬を塗るような生易しいことではない。

死の淵から力ずくで引きずり戻すに等しい……いや本当に力づくで行えるならば、どれだけ楽なことか。


村長の悲痛な訴えがようやく途切れた。


彼は懇願するような、それでいてどこか挑戦的な眼差しで私を見つめている。

「さて、お貴族様。この惨状を見て、一体どうなさるおつもりか」と、その目が問いかけているようだった。


いや本当にどうしようねマジで。

どうすりゃ良いんだよほんと。


私は、ゆっくりと息を吸い込み、そして、静かに吐き出した。


ここで、安易な約束はできぬ。


適当なことを述べて空手形を切り、糠喜びをさせることほど邪悪なことはない。

民主主義の選挙と違い、掲げた約束事を後になって出来なかったとすっとぼけるのは騎士にあるまじき行為である。


騎士は舐められたら相手を殺さねばならんのと同様、舐められぬように自分を律さねばならん。

自分が自分を誇れるようにならねば、騎士とは言えぬ。



「村長。お前たちの窮状は、よく分かった。物資については、私の権限と財産の及ぶ限り、最大限の努力をしよう。ソーヌ村やクリール村から、緊急の支援物資を融通させる手筈も整える。だが……」



私は一度言葉を切る。



「すぐに全てを用意するのは、不可能だ。村が自立できるようになるまでには、長い時間がかかるだろう。それを覚悟してもらわねばならん」



私の言葉に、村長や周囲の村人たちの顔に、再び深い絶望の色が過った。

やはり、この新しい領主も、口先だけなのか、と。



「だが、今すぐにできることもある。エロディから聞いた。ギヨームは、お前たちが森へ入ることを禁じていたそうだな?本日より、その禁を解く。食料の足しになる木の実やキノコ、家を直すための木材、燃料となる薪……必要なものは、森から自由に採るがいい。ただし、根こそぎ奪うような真似はするな。森もまた、我らの大切な財産なのだからな」



私の言葉に、村人たちが顔を上げる。


森への立ち入り許可。

それは急場しのぎではあるが、とりあえずの腹の足しにしてもらうしかない。



「そのほかに、何かあるか。すぐに、この場で、私が許可を出せるようなことは」



私がそう問いかけると、それまで村長の背後で静かに成り行きを見守っていた一人の女性が、おずおずと一歩前に出た。

彼女は、顔中を涙で濡らしながら、私の前に、どさりと膝をついた。



「騎士様……!どうか……どうか、息子の罪を、お許しください……!」



彼女は、地面に額をこすりつけんばかりに、何度も、何度も頭を下げる。

その悲痛な声に、周囲の村人たちも、固唾を飲んで私を見つめていた。



「顔を上げよ。事情を話してみろ」


「は、はい……。私の……私の息子は、ギヨーム様に無理やり徴兵され、ジルベール様を襲った者の一人でございます……。あの日、騎士様の恐ろしいお力から、命からがら逃げ帰ってきたのですが……村に戻ることもできず、今、どこでどうしているのか……」



あーなるほど。


私のソーヌ村への襲撃に加わった、テネブルシュールの兵たち。

彼らの多くは、このコリン村や、隣のラパン村から徴兵された若者たちだったんだろうな。


この様子を見るに、彼らは村に戻って来ていないようだ。

逆にジルベール騎士爵領内で残党を見かけたとの報告も聞かぬ。


戦に敗れ、故郷に帰ることもできず、かといってジルベール領に投降する勇気もない。


……ん?そいつらは今一体どこで、どうしているんだ?

野垂れ死にしたやつも居るだろうが……ああ!そうか!


私の脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。


いや可能性ではない。

ほぼ確信に近い。



「山賊か」



私の呟きに、女性はびくりと肩を震わせた。


そう、それが最もあり得る道だ。


帰る場所を失い食うに困った若者たちが、徒党を組んで旅人なり村落を襲う。

それはこの時代においてごくごく自然な営みである。

末法めいた時代なのだ。



「お前の息子の名は?」


「……ピエール、と申します」


「そうか、ピエールか」



当然だが知らん名前だ。

名前を聞き、さも今その名を聞いたことがないか目を閉じて考える素振りを見せつつ、私の頭蓋の中は今気がついた事実を本題にして今後どうするのか緊急会合を開催している。


山賊、そうだ山賊だ。

あかん、山賊はマジであかん。


私は散り散りになった連中は元いた村に帰るものだと思っていた。


しかしよくよく考えりゃ、彼らは土地勘もなく腕っぷしに優れるわけでもなし、そのまま野を彷徨けば魔物の餌になるだけなのだから、徒党を組むだろう。

それでまっすぐ帰宅できればいいが、地図もなけりゃコンパスなどあろうはずもなく、どっちに行けば帰れるかなんぞ解るはずもない。


そうなれば山賊の完成だ。

飢えてしまえば、倫理観の揮発した男の集団など、金・暴力・セックスの3単語で脳が埋め尽くされ略奪の限りを尽くさんとする。


それが我が領内で収まれば、まだ良い。

私が一人ずつ岩盤に叩きつけてやる。


問題は他領に流れた時だ。


私はそれ以上追いかけられなくなる、とかいう話では済まん。


スコットとかいう山賊のときと同じだ。

ジルベール騎士爵は自領の山賊すら討伐できずに他領に輸出なさっておられる、貴族としての責務を何と心得ておられるか、と正当な理由を持って揶揄される。

あのテネブルシュール卿がやられたようにな。


私とかいう異端中の異端の騎士がそんな泣き所を曝そうものなら袋叩きにあうのは確定的に明らかだ。

それだけは絶対に死んでも避けねばならん。


なんとかする方法はないか、なんとかする方法は!


…………。


……この手があるか。

いやしかし、ソーヌ村の民のお気持ち的には……だがこれ以上に良い案が思いつかん。


ええい、四の五の言ってはおられぬ。


私は村長に向かい、そして、その場にいる全員に聞こえるようにハッキリとした声で命じた。



「今すぐ、このジルベール騎士爵領全土に、布告を出せ。内容はこうだ。先に、我が領地を襲撃したテネブルシュール家の兵、および、その後、山賊働きなどに身を落とした者たちに、三ヶ月の猶予を与える。その間に自ら出頭し、罪を認めた者には、寛大な処分を約束する、と」



私の言葉に、村人たちが、そしてパトンまでもが、驚きに目を見開く。



「寛大な、処分……でございますか?」


「そうだ。一年間の奉公を命じる。その間は荒れた畑を耕し、壊れた家を直し、この村やラパン村の復興のために、その身を捧げてもらうおう。一年間の務めを無事に果たした者は、全ての罪を許し、再びそれぞれの村の民として、家族の元へ帰ることを許可する」



奉公一年。


それはあまりにも軽い罰。

何せ山賊なんぞ、なった時点で無法者なのだ。どういう方法で殺されても法的には文句を言えぬ立場である。


恩赦なんぞ与えられる存在ではないのだ。


だが可及的速やかに山賊を何とかしつつ、ついでに労働人口を取り戻すにはそれしかない!


ソーヌ村への申し訳は後で考える!

がんばれよ未来の私!!



「よいか、村長。この布告を徹底して周知させよ。息子や夫の帰りを待つ家族に、希望を捨てるなと伝えるのだ。……だが、猶予は三ヶ月。それを過ぎてもなお、降らぬ者は、王国への反逆者、真の山賊として、私が自らこの手で討伐する。その時は一切の情けはかけぬ」



私の最後の言葉には、鋼のような響きがあった。


ここまで譲歩してやっても山賊をするって言うなら、もはや容赦せぬ。

なかなか気骨のある山賊だと褒めてやりたいところだぁ……真っ先に血祭りにあげてくれる。



村長と、息子を案じる母親はただ、涙を流しながら何度も、何度も、私に頭を下げ続けていた。


帰れるといいなぁ……色々と打算はあるが、それだけは確かに本心である。





【法】

封建制社会において国の定める法律とは、確かに尊重されるべきではあるが、何が何でも遵守しなければならないものではなく、飽くまでも尊重すべき規範ガイドラインと考えられていた。


領内の法は領主が決め、例え騎士爵であろうと、自身の領内においては高位貴族はおろか王侯よりも強い権力を有するものであった。


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