第2話

 翌日、千花はいつものように早起きして学校へ行こうと思ったが、昨夜の出来事が頭から離れない。あの黒い呪霊、貴京刃という少年が語った「専門校」。そして、謎の紙片。


 「まるで夢だったみたいだけど……ちゃんと腕も痛いし、現実なんだよね」


 そう呟きながら、制服に着替えて鏡を見る。自分はまだ普通の女子高生の外見だ。だが、これからどうなるのか全く予測がつかない。


 スマホをチェックすると、昨日刃に教えたLINEアカウントにメッセージが届いていた。


 〈今日は昼過ぎに“専門校”の先生と会うから、午後は学校サボって来てくれ。場所は昨日の公園近く。〉


 「え……いきなりサボれって言われても……」


 千花は困惑するが、どうしても放っておけない気持ちがある。祖母の遺言通り「人を守る」ためには、あの不思議な力を知る必要があるのかもしれない。


 結局、千花は昼まで学校に出て、それから早退届けを出して下校することにした。教師には「急病の祖母が……」と適当な言い訳をしたが、実際はただの嘘。


 公園近くの路地で刃と合流すると、彼はやや不機嫌そうに腕を組んでいた。


 「遅いぞ。まあいい、車で迎えが来るから乗れ」


 「車? どこに連れて行かれるの……?」


 「だから、“専門校”の東京分院だって言っただろ。俺はそこに籍を置いてる一年生。呪霊を祓う術を学ぶんだよ」


 「呪霊を祓う……?」


 千花が戸惑っていると、黒いワンボックスカーがやってきて停まる。後部ドアが開き、落ち着いた雰囲気の女性が降りてきた。


 「貴京刃くん、そして……あなたが夜見千花さんね。初めまして、私は榛名(はるな)教諭。専門校の教員をしています」


 すらりとした長身にスーツ姿の彼女は、どことなく知的で品のある雰囲気を漂わせている。


 「昨日の件、刃くんから聞いたわ。手短に言うと、あなたは“呪力”を持っている可能性が高い。しかもかなり強い素質ね。だから私たちは見過ごせないの」


 「呪力……って、本当にそんなのが?」


 榛名教諭は微笑を浮かべる。


 「あなたは昨日、呪霊を殴り飛ばしたそうね? それは普通の人間じゃ不可能よ。誰にでも“呪力”があるわけじゃないの。今後、さらに強い呪霊に狙われるリスクが高いと思って」


 「……なるほど」


 千花は自分が置かれた状況を少しずつ理解していく。危険な力を持つがゆえに、危険な存在に目をつけられる。だからこそ、この“専門校”が保護をするということらしい。


 「これは強制ではないわ。あなたが嫌なら帰っていいの。ただ……帰ってからの安全は保証できない。呪霊はあなたが生きてる限り狙ってくるでしょうね」


 榛名教諭の声に温かみはあるが、内容はとても重い。千花は唇を噛みしめた。


 「……もし専門校に行ったら、私があの力をコントロールする方法とか、学べますか?」


 「ええ。もちろん。私たちの目的は“呪霊から人を守るための術”を継承し、実戦で活かすこと。それを専門的に教えるのが私たちの学校よ」


 千花はやや迷いながらも頷く。祖母の言葉が後押しする――「あんたは強い。それを人のために使いなさい」。


 「分かりました。行かせてください、お願いします」


 榛名教諭は安心したように笑い、車の後部座席を示した。


 「じゃあ乗って。外にはいろんな呪霊が潜んでるし、あまり長居できないわ」


 千花は緊張しながら車に乗り込む。刃も隣に座った。すぐに車は走り出し、都心部とは逆方向へ向かっていった。


 車窓を眺めると、見慣れない景色が次々と流れていく。雑居ビルの合間を抜け、川沿いの道を通り、やがて高い塀と大きな門が見えてきた。そこに掲げられた看板は「東京霊術専門高等学院 分院」と書かれている。


 門をくぐると、中は意外と広いキャンパスのようになっていた。コンクリート造の建物がいくつか並び、庭園のような場所もある。


 「え、ここが学校?」


 「表向きは宗教系の私立学院ってことになってる。実際は呪力の訓練を行う特殊な養成機関だよ」


 刃が説明するが、千花はただただ圧倒される。普通の学校とは全く違う雰囲気だ。


 やがて車が校舎前に止まると、榛名教諭が先に降りて二人を促す。


 「さ、降りて。あなたには学長とお会いしてもらうわ。入学手続きの話もあるから」


 「入学……?」


 「ええ。転校みたいな形になるかもしれないけど、そこは話し合いね」


 千花はため息をつきつつも、覚悟を決めた表情で車を降りる。まだ自分の中で消化しきれていないが、どうせ危ない目に遭うなら、ここで力を身につけて対抗する方がいい。


 校舎の中は外観とは違い、近代的な設備が整っていた。廊下の壁には呪術関連の図や難しそうな文字が書かれたポスターが貼られている。学生らしき姿もちらほら見受けられたが、皆どこかピリッとした緊張感を漂わせていた。


 会議室のような一室に通されると、そこには初老の男性が座っていた。白髪をオールバックにまとめ、いかにも学者風の眼鏡をかけている。


 「ようこそ、夜見千花さん。私はこの東京分院の学長、加瀬(かせ)と申します。大変だったようですね」

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