呪霊も呪詛師も殴り飛ばします!物理最強女子高生は謎の特級呪具の欠片をきっかけに死闘へ巻き込まれ、退魔術専門校へ転入して仲間と共に拳に宿る呪力を磨き上げ、封印された闇を打ち砕いて友情と日常を守り抜く。

旅する書斎(☆ほしい)

第1話

 春の風が吹き込む夕刻、東京郊外にある私立魁征(かいせい)高校。その校門前で、夜見(やみ)千花(ちか)は小さく伸びをした。


 両親の顔を知らず、幼い頃から祖母に育てられた彼女は、高校一年生になったばかり。新生活に胸を弾ませながらも、どこか物足りなさを感じていた。生まれつき身体能力が高く、体力測定でも上級生を上回るほど。けれど、“それ”を誇るよりは隠すように暮らす毎日だ。


 「ばあちゃんが言ってたっけ……“あんたは強い。それを人のために使え”って」


 柔らかい声で自分に言い聞かせる。大好きだった祖母は、千花が中学を卒業する頃に亡くなった。最期の言葉は、「千花、困っている人を見たら放っておくんじゃないよ」だった。


 その言葉の意味を、千花はまだはっきりとは理解していない。誰かを助けるために何をすべきか。とりあえず部活動を通じて友だちを作ろうかと思っていたところだ。


 今日も放課後、軽く校内をぶらついていた。その途中、第一体育館の裏手にある空き地で、不思議な札のようなものを拾った。それは古びた紙片で、中央に妙な記号が描かれている。


 「なんだろ、これ。……オカルト研究会の落とし物かなぁ」


 好奇心が先に立って、捨てるのも悪いし、保管しておくかとポケットにしまった。


 「さてと、帰ろうかな」


 空は夕焼けに染まり始めている。千花は一人暮らしをするアパートへ向けて歩き出した。祖母がいなくなった今、自分で料理をし、自分で起きて学校へ行く生活だ。寂しくないといえば嘘になる。


 校門を出たところで、何かが胸にチクリと刺さるような不安を覚えた。まるで背後から誰かが見ているような、陰湿な視線。振り返ったが、誰もいない。


 「……気のせい、か」


 首をひねって歩き出すが、胸のざわつきは治まらない。夕闇が深まるにつれ、心拍数だけが早まっていく。


 駅に向かう途中、千花はコンビニに立ち寄った。夕飯用の食材を買い込み、エコバッグを肩に下げて店を出る。もうあたりは暗く、街灯が点き始めている。


 「重いな……運動部でも入れば筋トレになったかも」


 そんな独り言をつぶやきながら、ふと視界の端が揺らいだ。まるで空気の波紋が見えたように、透明な“何か”がうごめいているような感覚。


 コンビニと道路の間にある小さな公園。そこは暗がりに包まれ、人気もない。千花は思わず足を止めた。


 「……? 気のせいじゃ……ないかも」


 もう一度、公園の奥に目を凝らす。すると、そこに人影らしきものがある。が、それは人……とは言い難い形をしていた。


 「う、嘘……これ、何? 見間違い?」


 心臓が大きく跳ねる。黒い靄が人型のように立ち上がり、異様な気配を放っていた。まるで絵の具を水に垂らしたような、不鮮明な輪郭。その“存在”がゆっくりと千花の方へ向き直った。


 「ぐ、うぅ……」


 耳障りな低い唸り声。まるで怨嗟の塊のようにねっとりした空気が広がり、千花は思わず後ずさった。


 (何あれ……化け物? 幽霊? いや、人じゃないのは確かだけど……)


 怖い。だけど逃げなきゃと思う一方で、妙な好奇心が抑えきれない。祖母から教えられた“人を守りなさい”という言葉が頭をかすめるが、今は自分の身が危ない。


 そう思った瞬間、その黒い影はぐねりと腕を伸ばしてきた。遠く離れているはずなのに、その腕が空間を裂くように迫ってくる――。


 「キャッ……!」


 千花は思わず声を上げた。と同時に、別の声が公園の入り口から響く。


 「そいつから離れろ!」


 勢いのある少年の声。制服姿の男子生徒が、何か小さな護符のようなものを放り投げながら走ってきた。護符は黒い影に命中し、バチバチと火花を散らす。


 「こいつ……思った以上にタチが悪い呪霊だな」


 その少年は強張った顔つきで、千花をかばうように前へ出る。背丈は千花と同じくらいか少し高い。目つきが鋭く、髪は短く刈り込まれている。


 「ちょ、ちょっと、何が起きて……?」


 混乱する千花に、少年は苛立ちを抑えつつ言った。


 「詳しい説明は後だ。今は下がってろ。死人が出る前にこいつを封じる」


 ぐぐっと影がうごめき、さらに腕を増やして少年に襲いかかる。少年は鋭い動きでそれをかわし、護符を連続で投げつけるが、どうも威力が足りていない様子だ。


 「こいつ、封印が解けかかってる呪物を食ってやがるな……。厄介だ」


 少年が口走った「呪物」という言葉に、千花ははっとする。そういえば自分が拾った紙片があった。――あれを思い出すと、胸騒ぎがより一層強くなる。


 「待って、それもしかして……」


 千花がポケットから紙片を取り出した途端、黒い影がぎょろりと千花を振り返る。まるでその紙片を狙っているかのようだ。


 「危ない!」


 少年が焦った声を上げるが間に合わない。黒い腕がうねって千花へ伸び、紙片をひったくろうとする。千花は本能的に身を引いたが、逃げきれず腕を捕まれそうになる――。


 瞬間、千花の体が熱くなった。どこから来たのかわからない力が、心臓の奥から湧き上がる。グッと握り拳を作り、思い切り腕を振り払った。


 「……なに?」


 少年が驚いたように目を見開く。千花は無意識に“呪霊”の攻撃を振り解き、しかもその勢いで黒い腕を打ち壊していたのだ。


 「ちょ、ちょっと待って……これ、どうなってるの?」


 自分でも理解できないまま、呪霊の半身が崩れ落ちる。ひしゃげた黒い肉片から嫌な臭いが漂い、地面に溶けていく。


 「君……なんでそんな馬鹿力……。いや、馬鹿力ってレベルじゃないぞ?」


 少年が呆然としながらも、護符を再度投げつけて残った呪霊の本体を封じにかかる。


 「危ないから後ろに下がれって言っただろ!」


 「ご、ごめん。でも、私は大丈夫……多分」


 呪霊は弱まっているが、まだ形を保っている。少年は舌打ちすると、ポケットから別の札を取り出し、今度は自身の手首に巻きつけた。


 「コイツの存在そのものを断ち切るしかない。半端な祓いじゃ生き残る……いっけええっ!」


 右拳に巻きつけた札が淡い光を放ち、少年が渾身の一撃を放つ。バチンという閃光とともに、呪霊の本体が粉々に砕かれた。


 「ふう……何とかなったか」


 少年は息をついて護符を外す。地面には黒い滲みが残るだけ。さっきまでの恐怖が嘘のように、公園はしんと静まり返っている。


 千花も安堵の息をついた途端、力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。心臓がドキドキとまだ高速で脈打っている。


 「やばかった……あれ、本当に何? 妖怪みたいなもの?」


 少年は青ざめた顔のまま、そっと千花を立たせる。


 「俺の名前は貴京(ききょう)刃(じん)。“専門校”の一年生だ。ああいう呪霊を祓うのが仕事。……で、君は?」


 「私は夜見千花。普通の高校生、のはずなんだけど……」


 「夜見千花ね。……おかしいと思わないか? 普通の高校生なら、さっきの呪霊の攻撃をあんな風にぶっ飛ばすなんて無理だろ」


 刃の言葉に、千花は思わず沈黙する。確かに、自分でも説明がつかない。それどころか、自分がどうやって呪霊の腕を砕いたのかさえ理解していない。


 「あ、それ。君が拾った紙片をちょっと見せてくれ」


 千花はポケットからそっと紙片を取り出す。刃はそれを手にして目を細めた。


 「これ……見覚えがある。封印術式がかけられていた“呪具”だ。誰かが外へ持ち出したんだろう。封印が不完全になってて、そのせいでさっきの呪霊が力を増してたのかもしれない」


 「呪具? 呪霊? 専門校? 何のことかさっぱり……」


 千花の頭は混乱の渦だ。呪いだの封印だの、自分とは無関係のファンタジーみたいに思える。


 刃は小さく息を吐き、「まあそうなるよな」と呟く。


 「詳しい話は、あとで俺の“先輩”から聞いた方がいい。ここで立ち話するには危険すぎる。もし他の呪霊が寄ってきたら厄介だ。――とにかく、君を連れて行く」


 「へっ、連れて行くってどこに?」


 「決まってる。“霊能専門校”の東京分院だよ。……君みたいなのを放置したら、また変なのに狙われるからな」


 千花は思わず絶句する。まさかこの一夜で、こんなに妙な事件に巻き込まれるとは想像していなかった。


 「一旦家に帰ることもできないの……?」


 「うーん、まあ一度連絡する。ちょっとスマホ貸して」


 刃が電話をかけ、誰かと話し始める。千花はその間、呆然とするしかなかった。


 こうして、千花の運命は大きく動き始めた――。

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