第3話
「うわぁ、美味しいです! 日本の料理が美味しいというのは本当だったのですね」
リアの普段の薔薇色が少し色濃くなり、興奮と満足が足されているのを見ながら、
「俺の手作りでもねぇが、そんなに喜んでもらえたら嬉しいもんだな」
「ええ! これだけでも日本に来た理由の一つが解消されました!」
「いや、安いな……なら明日はもう少しいいもん食べに行くか」
「これよりももっと美味しいものがあるんですか?!」
「あるある……というかそれ普通のもんだから」
随分と感激しているリアに、
「ところで、日本に来た理由ってのは? そもそもリアはどこから来たんだ?」
「イギリスからですね……更に祖父母は北欧系なんですけれど。そして私が日本に来た理由は3つです。でも1つはもう叶いました」
「いや、明日食べるまでまだ日本食は取っておいてくれや。で、後2つは?」
「ヒビキ、一つは貴方に会いに来ました。その、色を見ることが出来るという、貴方に」
「………………くそ親父は全く、口が軽いな」
リアの言葉に、
「あ、私は誰にも言いませんから! それに、その、もう一つの理由もあって」
「すまん、ちょっと親父へのヘイトが漏れちまった……リアが悪いわけじゃねぇさ。それにしても信じるんだな、親父の与太話だとは思わなかったのか? または、気持ち悪くねぇか?」
リアは、どこか自嘲気味に言葉を告げる
「いえ、全然そんな事思わないです……」
そして、そこに偽りの色はなかったことに少しほっとしてしまう自分が、少し
そんな
「オトハが言ってました。あいつは優しいから、他のやつがくすんだ色してるのが悲しいんだって……会って、確かにヒビキは優しいです。目の見えない私に対しても、歩幅や色んなサポートがすごく自然でしたもん。普段のマネージャーさんと変わらないくらいでした!」
「……随分と褒めるな。ん? マネージャー?」
「ふふ、そうやって照れ隠ししてるところは、オトハによく似てますね」
続いたリアの言葉にその疑問は上書きされた。
「似てる? 俺があのクソ親父と……? はは、上げた後にどん底まで落とされた気分だぜ」
「ええ!? そんなつもりは……ってそんな悪いこと言ってないですよね私!?」
ずーんと凹んで見せるとあたふたとするリアに、
「で? 最後の一つは? 俺のこれが何か役に立つのか?」
すると、リアは真面目な表情を作って
「はい……私が歌う時の、聞いてくれている人たちの色を、私に教えてほしいんです。お願い、できますか?」
そう言った。
◇◆
[アイ:ヒビキ、本当に知らなかったのですか?]
「お前のくれた情報にも、名前と顔と年齢くらいしか書いてなかったじゃねぇか。第一俺が把握してることはお前も知ってるだろう?」
[アイ:ヒビキの聴き流している音楽の中にも楽曲は含まれているのですが……]
「まじで?」
昨日の、リアの歌を聞いている人の色を知りたいというお願いを聞いて、軽い気持ちで安請け合いした
車に乗りながら、どこに行くんだと尋ねて驚き、実際に入ってその大きさに驚き、今また、改めてリアについて聞かされて驚いている。
「ヒビキ様、こちらへ…………」
「あ、すみません。すぐ行きます」
「……リアは、あの子の歌声は至宝です」
「そうみたい、ですね。すみません、俺は全然知らなくて……」
盲目の歌姫、ノエリア・クラングヒルド。
美少女であることも、盲目であることも話題性になったが、何より彼女が世界的に人気となったのはその歌声によるもの……らしかったことを、
「彼女を知らないというのはこの業界にいる私からすると信じられませんが……確か貴方はオトハの息子なのでしたね?」
「ナターシャさんも親父の事を知っているんですね」
それに気づいているのかいないのか、ナターシャは続けた。
「はい、彼は優れたアーティストですから。リアにも何曲も楽曲を提供頂いていますし、今回の日本公演についても彼の尽力もかなりの影響があります……悩むリアに貴方の事を紹介して提案してくださったのも彼ですし」
「俺の能力のことは?」
「伺っています。正直なところ、頭から信じられているわけではありませんが」
ナターシャさんの色は怜悧冷静の青。
しかし、冷たさはなく、リアを大事に思っているのが感じ取れる。そのため
「ふふ、そうだろ……いえ、そうでしょうね」
そして、にやりとした口元に釣られて言葉遣いが普段になってしまった
「オトハと似ていますね。口調は気にしなくて大丈夫ですよ? 彼も敬語というものが苦手です」
リアに続いて、ナターシャにも似ていると言われたことで、再びぐぬぬ、となりながら、
「すまんね、翻訳でいい感じにしてくれれば良いんだけど、ニュアンスも変になっちまうから……じゃあ楽にさせてもらうとして、リアの悩みってやつのために俺が役に立つってことかな」
「リアは、不安に陥っていました。唐突に世界的な歌姫に祭り上げられてしまった事に。誰もが彼女を褒め称える。でも一方で、様々な方向から貶す言葉も彼女の耳に入ってしまう」
「…………人気者の宿命だろ、そのためにあんたらがいる、違うか?」
誰もに称賛されることなどはありえない。だからこそリアのような人間のメンタルをコントロールするために大人がいるはずだ。
「ええ、その通りです。ですが、コントロール出来ないほどに彼女は急激に人気者になってしまいました。歌うことを恐れるほどに。彼女の歌声は、本当に素晴らしいのに」
「なるほどな、じゃあ、俺はリアに自信をつけさせてやればいいのか?」
「そうですが、あなたは見たままを伝えてくれればいいかと思います」
「それは…………なるほど、随分と自信、いや、確信があるんだな……でもまぁそうか、音楽に関しちゃ嘘はつかない親父がこうして段取ってくるくらいだ。随分と入れ込んでるな」
「ええ、あなたも生で聴けばわかると思います。それに、オトハさんがこうしたのはそれだけでもなく――――」
「ん………?」
「いえ、他人が、それも本日初めて会ったばかりの私が言うべき言葉でもないでしょう。さぁ、こちらから見ることが出来ますので、どうぞご覧になって下さい」
そう告げるナターシャに案内されて、
空が見える吹き抜けのコンサートホールは、満員だった。
普段見ている景色より少し色づいているが、総じて視ると灰色の、空と、人々。
そして、今朝も美味しそうに味噌汁を飲んでいたリアが、同一人物とは思えないほどに堂々と、真ん中に配置されたマイクの前に立つ。
先ほどナターシャに聞いた不安などはどこにも感じさせない。
そして、
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