第78話 神託の司祭様

 さっき先輩と別れたばかりなのに、もう先輩に会いたくなりました。先輩が読書をしている様を横でじっと眺めて、お肉を食べたいです。

 うんざりした気分で説明を聞いているのを察してか、短い時間で差配は終わりました。前は足先で蹴られていたものですが、今回は足先まで見えているのでそういうのもないという話です。

 そのまま、家族用の談話室に。お母様がため息をついています。どうも私のやる気のなさにがっかりしているようです。がっかりする気持ちは分かるのですが、正直政治にはなんの興味もありません。お兄様がやりたがっていたのですから、わざわざ処刑しないでも、と思わなくもないのですが、お母様は第二夫人であるミランダお母様をとても憎んでいました。

 お兄様は、そのついで、というか。おそらくはミランダお母様に絶望を与えるために先に殺したとか、そのためだけに死んだような気がします。

 自分に当てはめてみれば、王女が第二夫人になったようなものですので理解はするのですが、何とも言えない気分になります。

「ところでお母様、先輩に会いたいのですが」

「かのお方はこれから大急ぎで婿入りの用意をしなければなりません」

 母は前もって用意していたような返事をしました。さっき失望のため息をついていた人が言う言葉としては、違和感がありました。

「本当でしょうか」

「私が嘘を言うわけがないでしょう」

 反乱を起こした人がそんなことを言うのです。私は微笑んだ後、壁を睨みました。

 壁の向こうで何人も倒れる音がします。

「完全武装の騎士がなんで何人も控えの間にいるのですか?」

「貴方はもう当主なのです。護衛が足りたいということはありません」

 それは嘘です。と声が聞こえました。紋章が薄く輝いています。だれの声だかは分かりませんが、余計なお世話です。

 そんなこと、言われなくても分かっています。お母様は、お兄様の次くらいには、遅く生まれ、女だった私を憎んでいると。

「今すぐ先輩を連れてきてください」

「駄目です」

「お母様。これは議論ではないのです」

 私は手でそっと灯りの一つを消しました。離れた距離でもこれくらいは斬れるのです。すると直ぐに無数の血だらけの手がお母様を捕まえました。

「なんてことを!!」

 すぐに幽霊が出てきます。それこそ何十も。中にはお兄様の隠し子でしょうか、小さな赤ん坊もいます。それらが取憑き、母に恨みを述べています。遠からずして発狂でしょうか。もっとも、幼子まで殺してしまっているわけですから、もうとっくの昔に正気を失っていたのかも知れません。

 母が口の中を霊たちに蹂躙されながら言葉を発しました。目が血走っています。

「実の母親に……」

「実の母親なら、娘に何をやってもいいと思っていましたか? 先輩を人質に、私を傀儡にしたかったのでしょう?」

 母は金切り声をあげて助けを求めました。私になにかしら返事をして欲しかったのですが、まあその程度だったのでしょう。

 面倒臭いので全部殺すつもりで待っていると、執事のセバスチャンが掃除用具と灯り魔法道具と美の女神神殿の司祭を連れて来ました。

「あら。完全武装の騎士が来ると思っていたのですが」

「そちらは控えの間で全員が気を失っておりました。さておき失礼。お嬢様、そろそろこれらが必要なのではないですかな」

「ええ。そうね。準備が良すぎる気がするのだけれど」

「司祭様はそこで拾って参りました!」

「なるほど。完璧な準備ではなかったというところかしら」

「さようでございます。まだこのセバスチャン、修行が足りておらぬようで」

 一切の嫌味もなく、セバスチャンはそう言いました。さすが当家で一〇〇〇年も執事をしている怪物執事だけはあります。

「わざわざ司祭様なんて……母のやることを償わせてもよいとは思うのだけど」

 掃除をしながらセバスチャンは恭しく頭を下げました。

「幽霊たちが復讐を成した後にも葬送の祈りは必要でしょう。ただ。司祭様は別の御用事かと」

「なるほど」

 美の女神神殿の司祭様は当然見目麗しい方です。もっとも、私は先輩の方が好きです。見てくれはさておき、あの人はいつも私に接するときに裏も無ければ見返りも求めていませんでした。今更ながら、良さを再認識したところです。

 ちょっとセバスチャンにも似ているところがありますね。先輩の教育はセバスチャンに任せてもいいかもしれません。

「司祭様は。何用ですか?」

 悲鳴を上げてのたうち回るお母様を無視して、司祭様は膝をつきました。この方は母と近年深い仲だったようなのですが、それでも母を無視する、というのはただ事ではありません。

「さきほど、女神様から神託がありまして、急ぎ馳せ参じた次第です」

「美の女神様が、ですか」

「はい。わたくしめにはよく分からないのでそのままお伝えしますと、先輩が殺されそうだと」

「なるほど」

 私は動かなくなった黒い塊を見ました。お母様は痛みに耐えながら私は悪くないと呪文のように呟いています。

「ところで、司祭様はこれをどうするおつもりですか?」

「女神様は何もおっしゃっておられません。全ては当主様の思うがままに」

 お母様、聞いていますか。聞こえてはいないでしょうけど。

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