第23話 ヘビーウェイト

 答えの出ぬまま、部室に着いた。先輩の気配を感じて扉を叩いた。

「どうぞ。そして、いらっしゃい」

 先輩は優しく言いながら、肉スープをかき混ぜていた。実にお腹の空く匂いなのだが、残念ながらそれどころではなかった。まあいいかと一瞬思ったが、領地の手前もある。王家のオーダーを無下にはできない。

「先輩、王女殿下が呼んでおられます」

「自分で来ればいいのに」

「先輩時々、王女殿下にひどく冷たいですよね」

「そうかな。私ほど殿下の傍若無人ワガママに付き合っている人物もいないと思うんだが」

 逆立ちしても傍若無人なのは先輩の方だと思う。そんな態度ではいつ手打ちされてもおかしくない。首がつながっているのに本来は感謝すべきなのだ。まあ、王家は変人好きなので、生かしているのだろうけど。そのうち、先輩が粗相をしないように私が教えてあげないといけない。

 まったく手のかかる先輩だ。

「なにかいいことがあったのかい?」

「そんなわけないでしょう。急いでください」

 それで二人して件の場所へ行った。先輩と並んで早足で歩くのは、少し楽しい。

「やっぱりいいことがあったのかい?」

「むしろ逆ですが。人が倒れているんです」

「雨の日の騎士科じゃそれほど珍しいことでもないんだが」

「ところが倒れていたのは文官科で」

「面白そうだね」

「人の心とかないんですか」

「心というものは動きと働きであって、ものとしてあるわけではないんだけどね」

「心臓説や脳説ではないんですね」

「それらはいわば装置や機械だ。それらの装置が動いた……あれか」

「はい」

 先輩は無駄話をするのをやめてハスコ様の横にしゃがんだ。王女殿下は実に楽しそう。王家の役割として求められてはいないとはいえ、人の心とかないのだろうか。まったく、まともな人間は私しかいない。

「大変だよアリマくん、医務室へ連れて行かないと、さあ、さあ」

「なんで嬉しそうなんだ」

「そんなわけないだろう。この笑顔は難儀してたところに援軍が来たのがうれしいだけさ」

 先輩は胡散臭いものをみるような顔で王女殿下を見たあと、ハスコ様を見た。

「乙女的に憚られる理由で私達二人では運べなかったんです」

 私が言うと、先輩は軽く頷いた。

「何が乙女的かなのは分からないが、そうだな。ふたりとも五歩離れてくれ」

 良くわからないまま二人で下がると、先輩はハスコ様をいとも簡単に持ち上げた。おかしい、床が円形に凹むほど、家一軒に匹敵するくらいの重さがあったはずなのに。

「アリマくん、どんな魔法を使ったんだい!? 詠唱がなかったんだけど」

「そもそも魔法を使っていない。この娘は自分にヘビーウェイトをかけていたようだ」

「なんだいそれ」

「自重を高める紋章効果だな。攻撃を受け止めるために使う。これがないとふっ飛ばされて防具の効果が十分に発揮できなくなる」

 それで私は、ハスコ様が戦闘系の紋章を持っていることを知った。この人も私と同じで苦労しているに違いない。

 王女殿下が先程から私の方をちらちら見ている。面白いものを見逃さないというような、そんな顔。

「どうか、されましたか」

「いや、気にしないでくれ。うん、それよりアリマを」

 先輩を見ると、先輩はハスコ様を荷物を持つように片方の肩に担いでいる。

「先輩それは荷物の持ち方です」

「俵を運ぶような形だから、そうだな」

「そうだなじゃないです。人間として扱ってください」

「そうだそうだ。がっかりだよ、アリマくん」

「何ががっかりなんだ。王女殿下」

「いいから、ほら、お姫様抱っこしたまえ。本物のお姫様である僕が許可する」

「両手が塞がるのはどうも騎士として座りが悪い」

「御託はいいから」

「御託はいいですから」

 期せずして二人とも同じことを言った。それも仕方ない。先輩は女性というものの扱いがひどすぎる、噴飯物だ。

 先輩は面倒くささを隠さず、ハスコ様の小柄な身体を抱き上げた。

「どうした。二人とも、大打撃ダメージを受けたような顔をしているが」

「……べ、別に?」

「ぼ、僕が言い出したことだし、ね」

 私達はお互いを見なかった。というよりも、誰とも顔を合わせたくはなかった。王女殿下は分からないが、なぜ私がこんなに動揺しているのか、自分でもわからない。解せぬ。

 そうか。王女殿下も私も、最弱騎士と思っていた先輩が思いの外力持ちなので、衝撃をうけたに違いない。きっとそうだ。特に王女殿下は先輩をからかっている感じがしたから、ひょいと持ち上げられて自分の非力さを覚えてしまったのだろう。

「意外に力があるんですね。先輩」

「この娘が軽いだけさ」

「はぁ? 私のほうが軽いですが?」

「まあ、それはそうなんだろうが」

 先輩はそれで医務室にハスコ様を預けてさっさと部室に戻ってしまった。その態度は人としてどうかと思うのだが、まあ今回は大目に見るとしよう。私ほど寛大な女も中々いない。

 気づけば王女殿下もいなくなっていた。なにかあったのだろうか。いや、王女殿下が肉スープをお茶の時間に飲むわけにはいかないというのは分かる。

 では二人きりか。そうか。

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