第22話 転げ回る上に百面相の剣聖さん

 その日の夜。私は寝台の上で転げ回っていた。

 やはり先輩は私のことが好きなのではないだろうか。恋愛経験がない私に分かるくらい好意がだだ漏れだ。多分。きっと。

 まったく、なんとはしたない人だろう。庶民というものは乱れに乱れた生活をしているに違いない。


 うわー、どうしよう。大変です。大変ですぞ。


 落ち着け私。深呼吸。


 戦利品二号である先輩の上着の上で深呼吸してしまった。これはいけない。癖になってはいけないので封印することにした。五日……いや二日に一度くらいの使用にしなければ。まあでも封印は明日からにしよう。

 先輩の匂いは香料の香りだった。石鹸に良く使われているものだ。実際に石鹸を良く使っているのかもしれない。肌荒れは大丈夫なのだろうか。肌から脂分が根こそぎなくなってしまう気もするのだが。

 だいたい、変な話だ。上着なんて向こうが見えそうなくらいに使っているのに、石鹸を使うなんて。髪に椿油も使っているような気もする。

 チグハグすぎて謎だ。ありそうな話はなんだろう。


 婚約者が、いる? は? あんな弱い人はとてもおすすめできませんけど?

 落ち着け。まだ先輩ごと学園を惨殺するのはまだ早い。落ち着け私の右腕。まだ目覚めのときは来ていない。赤く光るな。

 そもそも石鹸贈るより先に婚約者なら上着を贈るはず。婚約者を飾って自慢するのは古来からの女の趣味だ。それを放棄する女がいるとは思えない。まあ私はお詫びで偶然上着を送ったんだけどね!!


 ……疲れた。身が持たない。草を毎日食べているせいだ。落ち着こう。先輩になんらかの女性関係があるならば、一応の用心で王女殿下の学友にはならないだろう。 


 ええと。いや。

 そもそも先輩はお茶と称して肉スープを出すような人だ。そんな人を好きな女性なんているわけがない。

 上着を取り出して詳細に観察する。繕いはあるがおそらく男の手によるものだろう。雑だし、面倒くさくて途中で諦めたような形跡がある。先輩が自分でやった可能性が高い。それにこういうときはこっそり自分の名前などを刺繍しておくものだ。それがないということは先輩は無罪寄りだろう。良かったですね、先輩、殺すのはちょっと待ってあげます。

 そのままつらつら考えるものの、先輩が女性と仲良くしているなんて、ちょっと想像ができなかった。暇があれば本を読んでいる気がする。

 よし、次に先輩にあったら詳細に調べよう。別に他意はないけど。一応調べるのは貴族令嬢の嗜み。

 ところがその日から、しばらく雨が降らなかった。一週間も降っていない。この時期としては極めずらしい。このまま今年は雨季こないかもねえという噂を聞いて、席を立ったところで数名が倒れていた。この学校、栄養不足の人が多すぎる。

 まあ放課後の先輩についてはずっと校庭にいることを確認しているから大丈夫。問題は私が先輩とおしゃべりをしていないことだ。

 は? 全然問題ありませんが? でも雨季が来なかったら太陽神斬る。斬り倒す。


 そう思っていたら、にわかに雨が降ってきた。雨季ではなく、乾季最初のほうの雨の振り方だ。雨季が来ないのは困る。どうしよう雨の女神なんかいるのだろうか。神殿では見かけたこともないのだけれど。

 右手が赤く光っている。嘘、実在しているか怪しい存在に紋章が動いたらどうなるか、残り一生存在しないものを探し回ることになりそうで私は焦った。そう言えば先輩に知恵を貸してもらおうと思っていたことを思い出す。あらゆる意味で先輩のところへ行こう。

 騎士科の校舎に向かうと、遅い時間だったせいか、人影はもうまばらだった、先輩は部室にいるだろうか。いないと困る。ぜひいてほしい。

 小走りになりながら歩いていたら、廊下に女子生徒が倒れていた。見知った顔だ。確か同じクラスのハスコ様。

 まあいいかで放って置くことも考えたが、流石に未婚女性を意識不明の状態で置いておくのもよくないと運ぶことにした。ところが全然動かない。困った。この娘重い。鎧でも着ているのだろうか。それとも庶民はこんなものなのか。

 難儀をしていたら、王女殿下がすっと姿を見せた。

「イオリ嬢、ついに我慢できなくなったのかい」

「なんのことを言っているのかわかりませんが、欠礼することをお許しください。今介抱してまして」

「うんうん。僕もそれで寄ってきたところ」

 王女殿下はハスコ様の腕を取って持ち上げようとして私を見た。声が低く、小さくなる。

「え、この子、重くない?」

「お気づきになられましたか」

「この年齢でこの重量だと結婚とか心配だけど、さておき、二人で運べると思う?」

「引きずるなら、なんとか」

「それは……さすがに悪い気がするね」

「はい」

 王女殿下はしばし考えたあと、新しいいたずらを思いついたような顔をした。

「じゃあ、アリマに頼んで運んでもらおうかなぁ。イオリ嬢、すまないがアリマを呼んでくれない?」

「分かりました」

 王女殿下は毒花が咲き誇ったような顔をしている。良くわからない方だ。先輩の許へ急ぎながら、笑顔の理由を考えた。

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