第20話 気を使ってるですが後輩が自由気ままで可愛いです

 思えば徳川とくせん幕府開闢から今まで、猫は人気であった。あの世でもそうだ。まあ猫はかわいい。最近は猫又もよほど術がうまくなって、うまく人に化けている。

 あるいは猫に似すぎているんだろうか。あの娘は。

 娘というのは剣聖の後輩だ。初代は名前からして私と同じ、前世の記憶を持ってしまったのだろう。その小倉の家老がいまや侯爵、大大名の格ではないか。あっぱれである。

 とまあ、思いはするが、その子孫であるこの娘は……

 嫁入り前の娘が男と二人きりで部屋にこもったとあれば外聞も悪かろうと、性悪王女に頭を下げて王女殿下とお茶をしていた、という話でまとめたが、本人というか本猫は一切お構いなしに自由気ままに部屋に出入りして丸くなって寝たり、私の姿を見てにゃーと言いながらよってきたりしている。何だ猫か。いや、完全に猫である。

 大名の息女とあれば問題だらけなれど、猫と思えば、それはまあ、かわいいものだ。ガラシャの気持ちも分かろうというもの。うっかり頭など撫でてしまいそうでいけない。

 あまりにやせ細っていたので飯を分けたが最後、というやつだ。どうしてこうなった。いや、後悔はしていない。何度でも同じ道を通ってしまうであろうとは、自分でも分かっている。猫は猫なのがいいのだ。人間の理を身につけた猫なんざ、痛々しくて見ていられぬ。

「先輩、こちらへ」

「ん。ああ」

 私のまわりにはべり、仕方ないなあ、上着やぶけたんだろう、みんなで金出して買ってやるよと言っていた者たちが全員倒れた。唐突な攻撃であった。やった当猫はけろりとして捕まえた獲物を見せびらかす風情である。やれやれ、すまん、ともがらたちよ。あとで肉の一つも贈ってやるからな。

 それで奢侈な上着を貰った。別に金に困っているわけでもないのだが、ヒノモトの人間としてはまだ使えるものを破棄して新品に変えるとはどうにも座りが悪い。吝嗇は経済に良くないというが、使えるものを次々捨てていくのは朱子学にもとるのではなかろうか。まあ、明治の御代の先のことはとんとわからないから考えを進めるのもなんだが。

「ところで古い上着だが」

「駄目です捨てました」

 慌てて嘘をついた様子で、後輩はそんなことを言っている。おおよそ涎がついてしまったとか、粗相をしたのであろう。それが恥ずかしいのは分からんでもない。

 後輩は荒い鼻息でフーフーと言っている。絶対に渡さんぞ、という風。これはあれだな。上着の上に丸まって寝るのが気に入ってしまった風情だな。ならいいか。

 無駄遣いは好むところではないが、施しをするのは徳を高めることだ。徳はいくらあっても良い。徳を積むことで見える世もある。案外記憶を持って生まれてきたのも、徳があったからかもしれぬ。だとするならさらに徳を積むべきであろう。そのうち佛になれるやもしれぬ。

 しかし飢饉をなあ、どうにかしたかった。

 益体もないことを考えつつ、おそらくこのあたりだろうと見当をつけて椅子を蹴る。椅子に暗器が刺さったが、黒猫は気づいた様子もない。剣聖は強いが万能ではない。老いにも弱いが飛び道具にも弱い。実際島原一揆で剣聖は怪我を負っている。そのあたりはそのままのようだ。

 見れば王女殿下が険しい顔をしている。嫉妬、というのともまた違うのが面倒くさい。人の心はわからぬものだ。余人は皆、私のことを人の心が分かってないとさも自分は分かっているように言っているが、実際の処あやしいものだ。

 眼の前の後輩など完全に猫だしな。王女はさしずめ性悪女か。いや、それも違うな。殿下は性格は悪いが性根までは悪くない気がする。本気になれば回避できなくもないくらいの暗殺を仕掛けてくる。しかし私以外を狙ったのは初めてだな。これは少しばかり教育せねばなるまい。

 黒猫は下手くそに話題を変えて上着を自慢している。話に乗ることにした。上着が人の価値を決めるとは思わないが、この国の宮廷は蛇蝎の巣である。着飾らなければ失脚のおそれすらあると王女殿下も言っていたものだ。

 所変われば品変わる。ヒノモトでは着飾ることこそが改易の理由にすらなっていたというのに。

 まあいいか。私は前のままでいこう。記憶を持って生まれてきたことに意味があると推定するほうが、性に合っている。

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