第11話
森の奥深くは、生半可な覚悟では通れないほど鬱蒼としていた。重なり合う枝葉が陽の光を遮り、足元はぬかるみだらけ。つい先ほどまでイノシシ魔物が出現したばかりということもあり、常に警戒を要する状況だ。
だが、思ったよりも大きな魔物の襲撃はなく、時々小動物の目撃例があるくらいで済んだ。たまにメイが「わっ」と悲鳴を上げることもあるが、それは倒木につまずいたり、小さな虫が飛んできたりした程度のものだ。正直、助ける必要がないくらいの些細なトラブル。
「ふう……結構歩いたけど、まだ森を抜けられないのか。そろそろ昼だろう?」
「そうね。地図によれば、この辺りは森が広くて一日では抜けきれないみたい。もう少しがんばりましょう」
「は、はい……ボク、足手まといになってないですか?」
メイが恐縮するように聞いてくる。彼は小柄で体力的にも厳しいだろうが、懸命に頑張ってついてきてくれている。
「足手まといなんてことはないさ。お前、魔法がうまく使えないって言ってたけど、杖の扱いはちゃんとしてるじゃねえか」
「えっ、本当ですか?」
確かに、メイはまだ魔法らしい魔法を見せてはいない。が、移動中も杖を身体に密着させて歩く姿勢は、変なブレがなくしっかりしている。
「最初の段階で身体と杖が離れる人は多いのよ。メイはきちんと“魔導具”としての杖を大切に持ってるわ。制御はこれからだけど、基礎はできているんじゃない?」
エリスが優しく微笑むと、メイは嬉しそうに顔を赤らめた。なんだか弟を見ているようで微笑ましい。
その後も俺たちは森の中を進み続け、ようやく夕刻、開けた場所に出た。ちょっとした泉があり、水がこんこんと湧き出している。すぐそばには大きな岩があり、風雨もしのげそうだ。
「ここで一夜を過ごすか。メイ、お前は大丈夫か?」
「はい……ちょっと疲れましたけど、平気です」
俺とエリスは手分けして焚き火の準備をする。メイにも木の枝拾いを頼むと、素直に「はい!」と返事してくれた。
こうして三人で役割を分担できると、作業がスムーズだ。テントを立て、簡易バリアを敷き、獣除けの煙草の葉を火にくべる。少し独特の香りが辺りに漂い、虫や小動物を遠ざける効果があるらしい。
「ご飯、どうする? 持ってきたパンと干し肉を食べるか、それとも泉で何か獲れるかな」
エリスが泉を覗き込みながら言う。俺も覗いてみると、小さな魚影が確認できる。これはありがたい。
「魚を少し獲ってみるか。まあ、俺はあまり上手くはないが……メイ、お前は釣りとかできるのか?」
「釣り……村でお爺ちゃんに教えてもらったことはあります。もし道具があれば試してみます」
メイは控えめに言うが、目はキラキラしている。どうやら自然の中での生活に少しずつ馴染み始めているようだ。
「じゃあ、やってみろよ。ロープと針金みたいなもんならある。うまくいったら夕飯が豪華になるぞ」
メイが嬉しそうに釣り道具を作り始める。エリスは火を起こして調理の準備。俺は周囲の警戒と、ついでに薪を割る役だ。こうして誰かと分担しながら旅をするのも、なんだか悪くない。
(……昔は俺一人で突っ走ってばかりだったのにな。エリスが来て、今度はメイまで増えて。なんつーか、家族ってこういう感じなのかもな)
そうしてしばらくすると、メイが「釣れました!」と喜ぶ声を上げる。見ると、小さな魚が数匹かかっていた。サイズは大したことないが、塩焼きにすれば十分おかずになるだろう。
「すげえじゃねえか、メイ! よくやったな」
「えへへ、ありがとうございます。でも、あんまり大きくないですね……」
「いやいや、これだけ獲れれば大したもんさ。三人で分け合えばいいんだから」
エリスも嬉しそうに微笑みながら、魚を下処理してくれる。メイはその手元を興味深そうに覗き込んでいた。どうやら家事や料理は村任せだったのだろう、勝手が分からない様子だ。
「メイ、見てなさい。こうして内臓を出して、ちゃんと血抜きして……少し塩をふると臭みが減るのよ」
「はい、勉強になります!」
なんとも微笑ましい光景。俺は薪の準備を終え、焚き火の炎が高く立ち上るのを眺めながら、ふと遠くを見つめる。そろそろ日も暮れ始め、森の木々がシルエットになっている。
「(闇の魔術師……今はどこで何をしているんだろう。俺たちがこうしてほのぼのしている間にも、奴はさらに強大な闇を生み出しているかもしれない。それでも、焦って無謀に突っ込むわけにもいかないし……)」
俺は握り締めた剣の柄を軽く叩く。自分の力はまだまだ未熟だ。それは分かっているが、いつかあいつを倒す――その目標を胸に、毎日地道に鍛えるしかない。
焚き火の前で三人並んで、焼き上がった魚や干し肉を頬張る時間は至福だった。メイはまるで初めてこんなに美味しい魚を食べるような勢いで、大きな口を開けて食べている。エリスはどこかお姉さんのような表情でメイに料理のコツを教えている。
「ねえ、メイ。さっき魔法が暴走するって言ってたけど、具体的にどんな感じで起こるの?」
エリスが問いかけると、メイは焼き魚を飲み込みながら答える。
「えっと、ボクが杖を振ると、たまに周りのものが勝手に浮いたり、光が閃いたりするんです。それで村の人がびっくりして……」
「へえ、それは念動系の魔法かしら。それに光……もしかしたら潜在的に複数系統を持っているのかもね」
「ぼ、ボク、才能があるんですかね……?」
メイは目を輝かせる一方で、不安そうでもあった。きっと村では「不吉な力」だの「災いをもたらす」と言われてきたのだろう。
「才能はあると思うぞ。それをどう扱うかは、これから学べばいい。俺だって昔はただの熱血バカだったが、エリスに教えてもらいながら少しずつ魔力を使いこなせるようになったんだ」
「ふふ、最初は何度も暴発して私まで巻き込まれそうになったしね」
「そ、そこは掘り返さないでくれ」
三人で笑い合う。夜の森は静寂と不気味さがあるはずなのに、不思議と俺は安心感を覚えた。こういう時間があるからこそ、危険な旅にも耐えられるんだろう。
やがて食事を終え、焚き火の火が落ち着いてくると、メイはコクリコクリと舟をこぎ始めた。まだ子どもだし、緊張の糸が切れたのかもしれない。エリスがテントに寝かせてやっている間、俺は周囲の警戒をするために立ち上がる。
「やれやれ、今日はメイがいたおかげでいい魚が食えたな」
「本当に。あの子、やればできるタイプだと思うわ。これから楽しみね」
エリスが柔らかい表情で微笑む。その横顔を見ていると、胸がじわっと温かくなる。まるで本当に小さな家族になったような、そんな錯覚さえ覚えるのだから不思議なものだ。
「エリス、悪いが今夜は俺が見張りを多めにやるよ。お前はゆっくり休んでくれ」
「いいの? あなたも疲れてるでしょうに」
「メイも含めて、今はお前らにぐっすり寝てほしいんだ。俺はこう見えて、夜更かしには慣れてるからさ」
エリスは一瞬ためらったようだが、やがて「ありがとう」と小さな声で感謝を伝え、テントへ向かった。俺は残った焚き火にくべる薪を足し、じっと炎を見つめる。
「(さあ、俺にできることはまだまだある。メイの面倒をみつつ、エリスとともに修行も積んで……いつかは闇の魔術師を倒さなきゃならねえ。俺が強くならなきゃ、誰がやるんだ?)」
その夜は、時折遠くで小動物の気配がする程度で、大きな襲撃もなく静かに過ぎていった。森の奥では時折風が唸るような音を立てているが、俺の心は不思議と穏やかだ。
朝になり、二人を起こすと、メイの寝癖だらけの頭がボサボサと揺れる。エリスがそれを笑いながら整えてやる光景は、ちょっと笑えるくらいほのぼのしていた。
「さあ、今日も移動だ。早めにこの森を抜けて、町のある場所まで行くぞ!」
「はいっ!」
「ええ、出発しましょう」
テントを畳み、装備を確認し、森を抜ける道を進む。メイも最初に比べれば足取りがしっかりしているし、何より顔つきが明るい。
(よし、この調子で少しずつ成長していけば、メイは立派な魔法使いになれるかもしれない。俺も負けてられねえな)
そう思いながら踏み出す一歩が、やけに爽快に感じられた。ここ数日は魔物との戦闘も多かったが、こうして仲間が増え、食事を分かち合い、夜を共に越える。それがたまらなく楽しいのだ。
俺たちはまだまだ未熟な三人組だが、きっと強くなれると信じている。
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