第47話 ファンダルク公爵


「何故お前を助けたか、だったな。恐らくだが………大した意味は無いのだろう。お前への報復はもう終わった。だからあの部屋で倒れていたのは、うつけに刺された被害者女性だ。悪人に刺された被害者を助けるのは当然のことだろう?」


「………そんなに、割り切れるものですか?」


「お前に対する悪感情が清算できていればな。だがもしも、もう少しお前を痛めつけてやれば良かった、と少しでも思っていれば助けていないかもしれん。………そうだな、あ奴の言いそうな言葉に直すとすれば………『マーガレットは謝った。アルフレッドは謝ってねえ。アルフレッドみたいな野郎に害された人が居て助けなかったら、俺があいつを手助けしたみたいで気分が悪いだろ』と、いったところか」


「それは、きっとあなたたちが善人だからだよ。あたしたちとは違う………」


「エシルナートが以前言っていたのだがな。世のほとんどの人は、善でも悪でもない人たちなんだそうだ。そしてそれは恐らく、常に真ん中にいるわけでは無くて、善と悪を行ったり来たりするものなのだと思う」


 セトゥスさんは言う。ゆっくりと自分の言葉を飲み込みながら喋るみたいに。自分の過去と向き合うみたいに。


「私とてそうだ。親や友を捨てて故郷を飛び出し、剣で人を傷つけ、時には殺した。怒りに我を忘れそうになることもある。これらは神官たちに言わせれば、まごうこと無き悪だろう。だが、決して己に恥じることはしていないつもりだ」


 それでも真っすぐにあたしを見ながら語ってくれる。

 この人は、本当にそう信じて貫けているんだろうな。


「それでもいつも悩み、惑う。やり過ぎてはいないか、止めた方が良かったのではないか、できることがあったのではないか、とな。それは恐らく、一生をかけて問いかけ続けなければならんのだろうさ。それがきっと、普通の人間というものなのだろう」


「………あなたってけっこう喋る人なのね」


 眩しかったなんて本音は恥ずかしくて言えなくって、こんな言い方をしてしまう。

 セトゥスさんは肩を竦めながら少し笑った。


「相棒がよく喋る男だからな。楽が出来て助かっている」


「フフッ………。羨ましいな。あたしはもう、あの2人のことをそんな風には話せないと思う」


「私も似たようなものだ。私は故郷を捨てて来た人間だからな。かつて友と呼んだ人たちのことを考えると、忸怩たる思いはある」


 優しくて強い人。あたしもこんな人になりたい。


「悪ガキの英雄様も、悩むのかな?」


「どうだかな。あ奴は何処か超然としたところがあるからな。そうかと思えば楽観的で、向こう見ずで、すぐにどこかからトラブルを引っ張って来て、それでいて嬉々としている。生きていることを楽しんでいるのは間違いないな」


「そんな人、一緒に居たら大変そう」


「大変だとも。お前はもう解放されたようで羨ましいよ」


 解放された。そんな風に言える日が来るのかな。


「でもきっと………楽しいんでしょう?」


「ああ、そうだな」


「あたしも………楽しかった、なあ………」


 ぽろり、と涙が零れた。

 最初の一粒が零れたら、後から後から涙が零れ続けた。

 色々あって後悔ばっかりで、言いたかった文句はたくさんあるけれど。だけど、もうあの2人の人生は終わってしまった。もう関わることはできない。何もしてはあげられない。

 これが、あたしが幼馴染たちのために流す最後の涙にしようと思った。

 セトゥスさんは無言であたしが泣き止むまで待ってくれた。



▼▼▼



「いい夜だな、ファンダルク公爵。邪魔するぜ」


 私が公務を終え、私室に戻って護衛を下がらせ、寝酒を嗜んでいた時に、その男は現れた。

 もちろん室内には誰も居なかったはずだ。窓も扉も開いた気配は無い。

 それなのに、この男は私の背後に現れて声を掛けて来た。


「………誰だ」


 内心の驚愕を押し殺した私の誰何の声を聞きながら、その男は私の正面へ歩いてきて、無遠慮に椅子に座った。

 無頼めいた言動の割に、整った顔と上流の貴族を思わせる黒い礼装。

 皮肉気な表情は憎たらしくもあり、妙な人懐っこさも同時に感じさせる。


「エルポリス代官のカルカート子爵から連絡が来てるはずだが? エシルナートという開拓傭兵が邪魔をする、と」


「貴殿があの、竜殺しの英雄か」


 昨日届いたエルポリスを見舞った惨事の報告は、複数の経路から通信の『遺物』による急報で受けていた。

 その表沙汰にはできない背景や関りの深い人物についても。


「英雄なんて柄じゃあないが、竜殺しは俺で間違いない」


「随分と到着が早いな。先触れも無く直接とは、礼儀を知らんと見える」


 カルカート子爵からエルポリスを救った男が私に会いたいと言っている、という連絡がきたのも昨日の話だ。エルポリスからこの領都までは馬を潰す覚悟の早馬でも3日は掛かる。

 この傭兵の持つ武力が報告の通りであったなら。そしてこの異常に速い移動の手段。この邸にこともなげに侵入する技術。どれをとっても、決して敵に回してはならない相手だ。どれにも『遺物』が関わっているのは間違いない。恐らく複数の。

 それほどの『遺物』を個人が所有して維持しているとは考え難い。報告に有ったような『生きた遺物』とは、維持や管理が非常に難しい物なのだ。他の公王国にゆかりの者である可能性が最も高い。

 これは外交だ。これくらいは言わせてもらわなければならない。最悪でも対等な関係にくらいは持っていかねばならないのだから。


「開拓傭兵なんでね、せっかちで礼儀知らずなのは目をつぶりなよ」


 飄々と応じる男に心中でやや呆れる。私に対してこうも堂々と無礼を働く男は初めてだ。だが不思議と不快さは感じない。それは恐らく、このエシルナートという男が、誰に対しても根本的にはこうなのであろうと感じられたが故だろう。

 それは、必要に応じて礼儀が示せるという技術とは別の話だ。嫌味が無い、というのが最も近い。


 泰然としたこの態度、ひょっとしたら他の公王家の縁者である可能性すらあるな。髪と目が貴族の色ではないが、妾腹なら色が無くても強い竜骨持ちである可能性はある。その出自故に影働きを受け持っているのかもしれない。

 そうした内心の推測を表に出さないよう、言葉を紡ぐ。


「………まあいい。自己紹介は互いに不要だろうから省こう。エルポリスの件については報告を受けている。私の任命した代官と騎士が貴殿に無礼を働いた件については謝罪を。竜の襲来と巨人騎士の暴走からエルポリスの街を救ってくれたことには礼を言おう。信賞必罰について私と話したいのだと解釈しているが、間違っていないかね?」


「半分はそうだ。だからまずはそっちの話を済ませよう。そちらから提案して見せてくれ」


 私に提案しろとは剛毅なことだ。だが実際にそれが筋ではあろうな。


「カルカート子爵とハミルトン騎士爵の罪状は、君から『遺物』を奪おうと画策し、開拓傭兵を差し向けたこと。その罰として彼らは現在の役職を罷免して最前線に送り、開拓村の統治とその補佐に任命する。任期は両名ともに10年とする」


「いいだろう」


 あっさりと頷くエシルナート。

 この処置は、平民から『遺物』を徴収しようとした罪に対する罰としては重すぎるが、他国の重要人物に対する罪と考えるとやや軽い。

 エシルナートは英雄的偉業を打ち立ててはいるが、身分を明かさない以上、これ以上重い罪を課すことは難しい。さりとて軽くするわけにもいかない。

 折衷案に近いが、受け入れてもらえたらしい。

 公爵領に最前線は無いため、他領、しかも辺境へ回されることになる。誰が見ても懲罰が理由であると分かるだろう。預け先はアルゴン領のヘイゼル伯爵が適当だろう。隣領であるし、カルカートはやや辺境の貴族を侮っているきらいがある。政治力の不足から辺境伯になれないヘイゼル伯と刺激を与えあう関係になればいいのだが。

 問題は―――。


「君への謝礼については難題だ。騎士爵ならすぐにでも与えられるが、それ以上となると少し準備が必要になる」


「貴族になる気は無い」


「では金は?」


「余るほど持っている」


 予想できた答えだ。

 彼の目的次第では、厳しい要求を突きつけられることが予想される。


「金と名誉以外となると難しいな。希望は無いのか?」


「そこで残る半分の話になる。公爵、俺を雇う気は無いか?」


 ………本気か?

 これほどの戦力を抱え込めるのならば………いや、王都へのポーズとしては武力を高め過ぎるのは悪手かもしれない。

 だが、本気だとすれば、非常に魅力的だ。リスクを負う価値はある。

 真意を、知らねばならない。


「………願っても無い話だが、何故だ? 金も名誉も不要と言い切る男が、何故私にすり寄る?」


「俺の目的のためにヨハン公王家に近付く必要があるからだ」


 狙いは公王家だと?! だがそれは、その話を何故よりにもよって私に持って来る? 王都の政治に疎いのか?


「………その目的とは何か、聞いても?」


 まだだ。情報が少なすぎて何も判断できない。見極めろ。エシルナートの目を見つめる。

 私の目の前に座る男は、態度を崩すことなく、決して見過ごせぬ危険な提案を口にする。


「それを説明するには、貴方に俺の協力者、いや共犯者になって頂かねばならない。それが嫌だということであれば、俺を直属の護衛に加えて、あとは知らぬ存ぜぬでも構わない」


「………そういう訳にはいかん。これでもヨハン公王国に仕える身だ。公王国に仇為す者を王家に近付かせるわけにはいかない」


「王家の敵になる気は無いが、言葉だけでは信じられないだろうな。だがそれは俺の方も同じでね。貴方の胆力と紳士的な対応には敬意を表するが、まどろっこしいのは苦手だ。少々強引な手を使わせて頂く」


 そういうエシルナートの指先には、いつの間にか1匹の蜂が留まっていた。

 それに気付いた途端、私は周囲を無数の蜂に取り囲まれていることに気付かされた。エシルナートの指からつい、と浮かんだ蜂は驚愕で固まっている私の身体に移動し、まるで液体でも飲むように、唇の隙間からつるりと体内へ入り込んだのを感じた。


「何を………! グッ!」


 喉を強引に嚥下させられる不快な感触。

 何者かから突き落とされて溺れかかった、幼き日の辛い思い出が脳裏を過ぎる。

 幸い、溺れるようなことは無く、不快感は一瞬でそれ以降は体に異常は感じられない。


「何を飲ませた?!」


 立ち上がって激高する私を宥めるように、落ち着いた態度と声音で私に語り掛けるエシルナート。だが、内容は到底穏やかとは言えない。


「俺の眷属だ。これによって貴方は俺の監視下に入り、俺に不都合な真似をすれば罰を受けることになる」


「眷属だと? 罰とは何だ?」


「軽い叛意には痛みを。重い裏切りには死を」


「呪いか………」


「そう思ってもらって構わない。代わりと言ってはなんだが、永遠にこのままではないし、俺は貴方を守り、場合によっては手を貸そう。俺の目的に反しない限りは、な」


 あまりに重い枷を嵌められたものだ。

 同時に、私を守り、手を貸すだと?

 分からない。ここまでして私を利用し達成しようとする、この男の真意は何だ。


「貴様の目的は、何だ」


「側妃アメリアとその4人、いや3人の子たちの鏖殺。貴方の希望にも適うと思うが? 貴方が王位を弟に譲り、宛がわれた領地に籠っているのは、弟王、もっと言えば側妃アメリアとの政争に敗れたからなのだから」


 そこまで知ってなお、いやそこまで知っているからこそ、私を選んだのか、この男は。


「何故、連中の命を狙う? 公王家の乗っ取りでも企んでいるのか?」


 ローテーブルの上のグラスの氷が解けて、からりと音を響かせる。

 恐らく、これは何かの始まりだ。

 穏やかに腐りかけている私の人生を激変させる何かが、いま動き始めている。


「いいや。連中が人外の化生で、人間の敵だから、さ。俺の目的は人間の敵を公王家から一掃することだ。だから俺に協力しろ、ファンダルク公爵。いや、王兄アルドリス・アーサー・ヨハン」






※次回更新は8/29 21:00を予定しています。







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