第46話 勇者の最期と
「うおおおお! この野郎っ! 俺の息子を返せェッ!」
「この恥知らずの卑怯もんがァッ! テメエだけ安全なところに籠って妻をッ! お前が死ねェェェッ!」
「早く死ねェッ! いや死ぬなっ! 少しでも長く苦しめェッ!」
「アンタが泊まったせいでうちの宿の評判が下がっちまったよ!」
「他人に冤罪をかけまくってたらしいなクソ野郎がっ! 俺たちの英雄にまでッ! テメエ如きがようっ!」
「同じ村出身の女を殺したらしいぞこいつッ!」
両手だけでなく両足も失って、エルポリスの広場に
一様に怒りと憎しみに染まった顔で、僕の死が願われている。
顔は腫れているようで右半分の目が上手く開かない。
体中がズキズキと痛み、下帯だけ身に着けることを許されているため、体じゅうに青痣が出来ていることが分かる。
(………僕が何をしたっていうんだ………)
僕の心の言葉は住民たちの怒号が無くても、もう誰の耳にも届かない。
誰も僕の言葉に耳を傾けるものはいない。
僕は正しいことをしたのに。
ガツッ!
拳よりやや小さい位の石が僕のこめかみに当たって血が垂れる。
痛い! 痛い!
身を捩るが幾重にも縛られた縄はびくともしない。
こんな時、エレインだったら僕を庇って叫んだはずだ。
「何してるのよ! 止めなさい!」ってね。見た目の割に気が強いからなあ。
ボグッ!
腹に尖った石が食い込む。
太った女性が投げたものだから勢いは無かったが、尖った部分が命中して血が滲む。
ぐうっ………。
………マーガレットは何て言うかな。意外と怖がりだから震えながら「もう止めて」っていうくらいかな。
ああ、でも2人とも、もう死んだんだっけ。
ガツッ!
つぅっ! 小さな石が脛を打つ激痛。投げたのはあの「姉ちゃんを返せ」って叫んでる少年か。馬鹿だな。殺したのは僕じゃない。巨人騎士じゃないか。それも自業自得だろう?
ゴリッ! バツッ!
痛い! 痛いよ馬鹿ども! いい加減にしろよ! クソがっ!
「あー、あー、うあー!」
叫びたいけど、真面な声が出ない。
不快なことしか言わないから、と舌を切られた上に喉を焼かれてしまったから。
密かな自慢だった整った顔も、騎士たちからの拷問の際に半分焼かれて醜くなった。半分なのは、刑を執行されてる人間が誰だかわかるように、らしい。
両手両足を切り落とされてるから、もう自分からは何もできない。
あの赤い薬を飲んだ僕は酷く頑丈になっていて、そう簡単には死ななくなってるらしい。
「この状態からも傷が治る化け物になってるから、生かしておきたいなら傷付け続けないと駄目だな。傷と再生力が拮抗するあたりを見極めないと」
あの憎い傭兵の男が僕を狭い部屋で殴り倒して、見下ろしながら言っていた。
手に入れた聖剣は扉がこじ開けられたと同時に、あの男の銃で撃たれて粉々になった。
同時に僕の身体も光る弾丸に数か所撃ち抜かれて、身動きが取れなくなってしまった。
「天の使い! 僕にまたあの薬を!」
「えーめんどくさいなあ」
小さなぼやき声が聞こえて僕の顔の近くに手が通るかどうかくらいの小さな銀の輪が現れた。その輪に、いつの間にか近寄っていた傭兵の男が、持っていた銃の銃口を突っ込んだ。
「アスタ・ラ・ビスタ、フェアリー」
傭兵の男がよく分からない言葉を呟きながら引き金を引く。
ドウッ! ゴバアアアッ!
「ギャアアアアアアア!」
銀の輪の向こうから、轟音と共に天の使いの絶叫が聞こえ、輪から青白い炎が溢れて僕の頬を焼いた。
ドウッ! ドウッ!
2度3度と引き金を引くたびに青い炎が輪から激しく漏れだして、向こう側を焼き尽くしていることが分かる。
僕を蹴飛ばして退かして、小さな銀の輪を覗き込む傭兵の男。
僕は部屋の壁まで吹っ飛ばされて顔から突っ込み、口から白い歯が2本転がり落ちた。
「良し。鬱陶しい害意もろとも綺麗さっぱり燃え尽きたな」
傭兵の男の目の前で銀の輪はしぼんで消えていった。
信じられない。天の使いに向かってなんてことを。
「こいつはオマケだ」
憎い傭兵の男が―――そういえばあいつの名前は何だったっけ?
まあいいや、あいつが何かを僕の口に押し込んだ。
吐き出そうとしたけど、押し込まれた何かはするりと僕の喉を通り抜けて体の中に消えていった。
「じゃあな、卑怯者」
それっきり興味が失せたようにさっと僕に背を向けて、部屋の出口に向かって去っていった。
「こいつに死は救いになりかねん。死なない状態にして法の下で被害者たちに見守られながら、厳正な裁きを受けさせろ」
入れ替わりに現れたあの女剣士は、一緒にやって来た騎士たちにそう言って、僕の手足をなんなく斬り落とし、騎士たちから借りた剣を僕の腹に3本も突き立てた。
僕の血は頑張って僕の身体を癒そうとしていたが、手足を生えさせるほどには治してくれなくて、内と外から苦痛を先延ばしにされてる気分だった。
女剣士は布を掛けられたマーガレットの死体を抱えて去っていった。
それがあの2人組を見た最後だった。
それから僕は厳しい監視の下で拷問を受け、洗い浚い僕がやったことを喋らされた。
痛みが薄れそうになるたびに殴られて剣で斬られた。
どんなに助けを求めても、誰も助けてはくれなかった。
僕の血が僕を治療し続け、死ぬことも狂うこともできない。
血が行っている僕への治療も、何故かちょっと鈍くなっている気がする。まるで体内に入り込んだ何かが邪魔しているみたいに。
手足が無いから糞尿も垂れ流しだ。水をぶっかけられ、ついでとばかりに槍で刺された。
食事も与えられず、ただただ痛めつけられ続けるだけのものになっていた。
「石打ち刑、そこまで!」
刑場に居た刑務官が号令を掛けて石投げを止めさせた。
それでも散発的に石が投げられ続けたが、刑務官は止めようともしない。
「そこまで! 次の刑に移る!」
ゆっくり待ってからの2度目の号令でやっと石が止み、僕の足元に藁束が積み上げられ、油が撒かれた。
衛兵たちはてきぱきと行動して、僕を生きながら焼く準備を整えていく。
住民たちは無言だ。作業を固唾をのんで見守っている。
作業の最後に衛兵たちは僕の身体を左右から槍で刺した。
痛いよ! クソ! せっかく少し治りかけていたのに!
「
足元に積み上がった藁束に火がつけられ、あっという間に油に火が回って僕の身体にも火が絡みついてきた。
「あー! あー!」
僕の口から言葉にならない呻き声が漏れ、燃え盛る炎の熱さに体を捩る。
血が僕の身体の焼けた個所を治そうとしているのが分かる。それでも火が回る勢いの方が強く、僕の身体は焼けて焦げて黒い炭のようになっていく。
「あー! あー!」
僕は耐え難い熱さに苛まれ続ける。
まるで地獄だ。ここが地獄なんだきっと。この世が地獄なんだ。
ああ、ならもう僕はこんな地獄に居たくない。
僕を侮辱し、石を投げ、身体に火を付けて、耐え難い苦しみを与え続けるこの世は、きっと僕の世界じゃなかったんだ。
こんな世界から去って生まれ変わったら、別の世界できっと―――。
そう考えていたら、何かが僕の喉をさかのぼって口にせり上がって来た。
たまらず口を開くと、何故か口から蜂が飛び出て来た。蜂は僕の口から耳へ這い上ると、年老いた女性の声で耳元で囁きかけて来た。
死ぬ間際に悪い夢でも見ているのか?
『お前が死んで生まれ変わったら、次はネズミだ』
は? 僕がネズミ?
『ネズミとして死んだら、次はバッタ。その次はミミズだ』
何を言ってるんだこの蜂は!
「うー! うー!」
僕は人間になる! 生まれ変わったら今度こそ………!
『お前はもう人間に生まれ変わることは無い。大切な人を裏切り、多くの無辜の民を殺したお前は、未来永劫許されない』
そんな! そんな! ウソだ! ウソだぁぁぁ………。
蜂は暴れる僕の耳元を離れて空へ飛んでいった。
身体を癒され続ける僕は、もがきながらゆっくり、ゆっくりと燃え尽きていった。
▼▼▼
(言われた通りに伝えて来ました)
(さんきゅー。偉大な先生の真似だけど、効いたみたいだな)
(流石に来世に干渉する能力などありませんが)
(奴に生まれ変わりがあるのかは知らねえし、死に際に何を思ってたかも分からねえが、あの様子ならしっかり絶望してくれたろうさ。それでいい)
(それと彼女が目を覚ましました)
(………虎ちゃんに丸投げでヨロシク)
(まったく)
▼▼▼
「目が覚めたか」
あたしが目を覚ますと、そこは見覚えのない綺麗な部屋だった。
何処を見てもピカピカの部屋にたった一つだけあったベッドにあたしは横たえられていて、ベッドの脇には虎の顔をした女性が椅子に座っていてあたしに話しかけてきていた。
「え………と、ここは何処ですか? あたしは………」
虎さんのお顔にちょっとびっくりしながら、なんか最近こういうことが多いなと思いながら体を起こす。
あたしは見た目は質素だけどとても肌触りの良い服を着ていて、体は問題なく動くようだった。
でも体を起こすと途端に眩暈がして体が傾く。
「おっと。まだ無理はするな。血を随分失っていたから体がまだ落ち着いておらぬのだろう」
虎の女性があたしの身体を支えてくれて、優しく体を押して横たえさせられる。
この女性の綺麗な声にどこか聞き覚えがあるんだけど、思い出せない。
それに血を失ったって、どういう………あ。
―――子供みたいに叫ぶアル。あたしの胸から生えていた白い剣―――。
「あ………そうか、あたし、アルに刺されて………」
「ああ。あのうつけがお前を刺したそうだな。何があったかはあのうつけが粗方喋ったから把握している。………大変だったな」
虎の女性の優しい言葉を聞いて、あたしの目からぽろりと涙が零れた。
ああ、そっか。これが普通なんだ。あたしの幼馴染たちは、やっぱりちょっとおかしかったんだ。
それに、思い出した。この人の声。
「あ………あの、貴女はあの男、いえ竜殺しの英雄様のお連れの、顔を隠していた剣士さんで合ってますか?」
あたしがそう言うと、虎の女性は目を瞠って口に手を当てて考え始めた。
「英雄………ひょっとしてエシルナートのことか? あれが英雄、英雄ねえ………」
そう言えば英雄様は初対面の時、大声でそう名乗っていたっけ。
虎の女性はククッと笑ってあたしに向き直る。
「たぶんお前が言うところの英雄の連れの剣士が私だ。そう言えばこの顔を見せるどころか名乗っても居なかったな。私の名はアラニ族のセトゥス。見ての通りだが、獣人族の戦士だ」
そっか。あの今となっては懐かしい気さえする衛兵詰め所に居た時も、この人は顔を隠したままだった。見せたらあたしたちから何を言われるか分からないから、衛兵さん達も配慮していたんだろうと、今になって気付いた。
「あ、あたしはセルビエ村のマーガレットです。この度は、多大なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。それに助けて頂いたようで、ありがとうございます」
あたしは上半身を起こして頭を膝につくくらい深く下げた。
そんなあたしを、虎さんはちょっと分かりにくいけど、何とも言えない表情で見つめた。
「ふむ………あの2人が居なければ、こんなにも真面に話せるのだな、お前は」
その言葉にあたしは苦い顔をして答える。
「………どうなんでしょうか。色々あったから、かもしれません。少なくとも、お2人を『試練の道』で襲う前のあたしだったら、どんな態度だったか分かりません」
「………そうかもしれんな。だが、今のお前とはちゃんと話ができる。それが現状だ。卑下する必要はない」
「ありがとう、ございます………」
少しは変われたんだろうか、あたし。
それきり、無言になるあたしたち。
しばしの沈黙を破ってセトゥスさんが立ち上がりながら言う。
「………お前は2日眠っていた。腹も空いているだろう。食べやすいものを貰ってこよう。しばし待っていろ」
そう言うとセトゥスさんは部屋から出て行った。
あたしはベッドに上半身を横たえて、ため息を吐く。
「はあ………あたしが、あの人たちに助けられるなんてね………」
何がどうしてこうなったのかは分からないけど、ちゃんとお礼は言えて良かった。
戻って来たセトゥスさんはワゴンを押しながらやって来て、わたしに食事を差し出した。
「食べると良い。味は保証する」
見た目はただのお粥にしか見えないけど、すごくいい匂い………。
「………頂きます」
口に入れて驚いた。すごく複雑な味がする。すごく美味しい。
ただのお粥にしか見えないのに、たぶんお魚とか柑橘とかいろんな味が混ざってる。すごい。
あっさりと一皿食べきってしまった。
「良い食べっぷりだ。お代わりを出してやりたいが、今はあまり量を摂らない方がいいらしい。今のところはそれで我慢してくれ」
「………はい。あの、ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。これセトゥスさんが?」
「いや、あー………料理人だ。礼は私から伝えておこう」
「? お願いします」
何か歯切れが悪かったけど………まあいっか。
それよりも、ちゃんとお話をしておかないと。
「あのう………ここはどこで、どうしてあたしを助けて下さったんですか? あたしたちは、あなたたちにいっぱい嫌な事をしたり言ったりしたのに………それと、アル、アルフレッドは、今どうしていますか………?」
「ふむ………そうだな………まず場所はエルポリス上階の『遺跡』の一室を借りている。アルフレッドは………お前を刺したのち『遺跡』の機能を使って身勝手に傲慢に振舞った。そうして、騒乱を招いた罪と多くの人を
そっか………。
あの後、何か許されないことをしちゃったんだね。
また、止められなかったんだ、あたし………。
「それと、なぜ助けたかについては………お前を助けると決めたのは私ではなくエシルナートだ。だが、あ奴は恐らくお前とは会うまい。だから私の目から見ての推測になるがそれでも良いか?」
「………はい。お願いします」
やっぱりもう、許してはもらえないよね………。
直接お礼と謝罪をしたかったけど、会いたくもないんだろうな………。
「まず最初に言っておかなくてはならないが、エシルナートはもうお前に対して害意は持っていない。アルフレッドを支えて生きろと言った時点で、お前への裁きは済んだ、と考えていると思う。あ奴が今のお前に会わないのは、ただ単に………顔を合わせづらいからだろう」
「え? あたしが合わせづらいなら分かりますけど………英雄様が?」
「ああ。さっきも少し言いかけたがあれは英雄などという柄ではない。本人もそう言うだろう。どちらかと言えば、あれは悪ガキの類だ」
「わ、悪ガキ?」
「好き放題やって、やりたくないことは避ける。まあ悪ガキの所業だな」
「り、竜と戦うこともですか?」
「そうだ。生き生きとした顔で戦いに赴いていたぞ」
「そ、そうなんですか」
「話が逸れたな」
※次回更新は8/23 21:00を予定しています。
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