第12話 取引の開始と迷宮初の「お試し営業」

商人との取引が成立して数日、迷宮内では早速彼の提案を基にした準備が進められていた。商人が持ち込んだ外部のノウハウは確かに役に立つ。温泉エリアや庭園エリアの利用者向けに、簡易的な休憩スペースや看板が設置され、迷宮全体が少しずつ整備されていった。


「こういう細かい工夫が客を呼び込むんだよ。見ろよ、この看板、立派だろ?」


商人は自慢げに掲示板を指さす。そこには迷宮の掟と、提供するサービス内容がわかりやすく書かれていた。温泉の利用時間や料金、庭園で採れる花を観賞する際の注意事項――全てが整然と並んでいる。


「確かに、こうしておくと分かりやすいな」


「だろ? これで客も安心して来られる。あとは営業初日にどれだけの人間を呼べるかだな」


商人は計画の仕上げとして「お試し営業」を提案してきた。周辺の街や冒険者ギルドに癒しの迷宮の噂を広め、最初の客を呼び込むのだ。


「ここからが本番だぞ、ダンジョンマスター」


お試し営業の初日。迷宮の入り口には数組の訪問者が集まっていた。冒険者風の二人組、街の商人、そして若い女性のヒーラーらしい三人組――総勢十人ほどだ。


「思ったより集まったな」


俺は温泉エリアの入り口から様子を伺いながら呟いた。商人が事前に配った宣伝チラシの効果があったのだろう。訪問者たちは迷宮の入り口に設置された看板を眺め、好奇心を持って奥へと進んでいく。


「さて、これからが大事だ。迷宮がどう迎えるかで、この試みが成功するかどうかが決まる」


俺はゴブリンたちに各エリアを見回らせ、インプを偵察役として配置した。シャドウハウンドには訪問者の安全を見守る役割を与えた。


訪問者たちは迷宮を進み、温泉エリアや庭園エリアを満喫していた。温泉に浸かり、庭園の美しさを堪能しながら、彼らの顔には満足そうな表情が浮かんでいる。


「すごい……こんな場所が本当にあるなんて」


「癒されるだけじゃなく、迷宮内の雰囲気も落ち着いていて安心できるな」


ヒーラーたちの会話を聞きながら、俺は胸を撫で下ろした。この迷宮が彼らにとって特別な体験を提供できているのは間違いない。


だが、順調に進む営業の中、ある問題が起きた。


「おい、これはどういうことだ!」


庭園エリアの片隅で、冒険者風の二人組が怒鳴り声を上げている。近づいてみると、彼らは庭園の一角にある花畑の中に足を踏み入れていた。


「その場所は立ち入り禁止だ。看板にそう書いてあるだろう?」


俺が注意すると、二人組は不満げな表情を浮かべた。


「でもよ、この花、すごく珍しいだろ? ちょっとくらいいいじゃないか」


「ダメだ。この花は迷宮にとって重要な存在だ」


俺が厳しく言い返すと、彼らは渋々引き下がった。しかし、この出来事は迷宮運営の課題を再認識させるものだった。迷宮を利用する客全てがルールを守るわけではないのだ。


営業初日が終わる頃、商人が訪問者たちから集めた感想を俺に見せてきた。そこには、迷宮の魅力や改善点が詳しく書かれている。


「温泉の時間をもう少し延ばしてほしい」

「庭園の案内をもう少しわかりやすくしてほしい」

「次回はもっと友達を連れてきたい!」


良い意見も課題も混ざった内容だったが、全体的に訪問者たちは迷宮を気に入ってくれたようだった。


「よし、まずは成功ってところか」


俺はほっと息をつき、温泉エリアに戻った。だが、これで満足してはいけない。迷宮の発展にはまだやるべきことが山積みだ。


「お試し営業は成功だ。だが、本番はこれからだな」


商人が笑いながら言う。その言葉に俺は軽く頷いた。


「迷宮を守りながら、どう発展させるか。そのバランスが大事だ」


癒しの迷宮を特別な場所にするための道は、まだ始まったばかりだ。この挑戦がどこへ向かうのか――俺は期待と不安を胸に抱えながら、次の一手を考え始めた。

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