だし巻き玉子のサンドイッチ
サンドイッチと言えばどの具材を思い浮かべるだろうか? ハム? きゅうり? エレインはきっと、こう答えるだろう。
カズヤの作るだし巻き玉子!と。
「サンドイッチの具材?」
「そう、ここだとハムやきゅうり、レタスが主流だろう?」
「そうだけど、お兄さんのところは違うの?」
「んー……違うというか、食に関しての執着がすごいから魔改造をしてたというか……」
「この間のオムライスみたいに?」
「そうそう。……実際作った方が早いか。お昼時だし」
「いいの?」
「ああ、任せろ」
「やったあ!」
嬉しそうに両手を上げるエレインの頭を撫で、カズヤは奥に引っ込んだ。わくわくしながら待っていると材料を持ったカズヤが戻ってくる。卵にパン、あとは調味料だろうか? じっと観察していると彼はボウルを取り出し卵を割る。調味料を注ぎ卵と混ぜ合わせ、熱したフライパンに卵液を注いだ。ジュウと焼ける音がその場に響く。
「何作ってるの?」
「だし巻き玉子」
「だし……?」
「俺の国の料理だよ。これをサンドイッチにするんだ」
「美味しそう!」
焼きあがっていく姿に涎が止まらない。エレインは調理するカズヤとだし巻き玉子を交互に見ながら完成を待つ。
「よし」
できあがっただし巻き玉子をまな板に移し、端の方を切る。切れ端を小皿に乗せるとエレインの前に置いた。なぜ切れ端を? とエレインが思っていると、カズヤは味見だよと笑いながらフォークを渡す。味見、聞き馴染みのない言葉だ。ちょっと悪いことをしているみたいで、ドキドキしながら切れ端を口に運ぶ。咀嚼すれば、卵と魚介の風味が口いっぱいに広がった。何より切れ端だけなのに卵がふわふわで、少し濃いめの味だからか噛めば噛むほど味が深まる。
「ふわっふわ……! すごく美味しい!」
バン! と机を叩きカウンターに乗り込むエレインをカズヤは宥める。だがエレインの興奮は収まる気配はない。
「だって! この間のオムライスみたいにふわふわしてるのに味が全然違うんだもん! どうして違うの?」
「味付けが違うからな。オムライスはバターライスに合わせて作ったからバターを少し入れただけど、こっちは出汁を入れてるから味の違いはあるよ」
「出汁ってなに?」
「簡単に言うなら魚や肉、野菜を煮て旨味を抽出したものかな。今回は魚」
「へぇ!魚ってこんなに美味しいんだ」
「魚は嫌いか?」
「あんまり好きじゃない。でも焼いた魚は好きだよ!」
「今度機会があれば魚料理を作るよ」
「美味しいの?」
「エレインが気に入りそうなの作るよ」
「わぁい! 楽しみ!」
「玉子焼きもいい感じに冷えてきたし、そろそろパンに挟むか」
カズヤはだし巻き玉子をパンに挟み、ペーパーで軽く包む。そして分厚めの本を重しにしてしばらく放置した。
「しばらく置いたら完成だ。できたら声掛けるから好きなことしてていいぞ」
「じゃあ店に飾る絵のラフを見てよ」
エレインはそう言うと鞄の中に入れていたスケッチブックを取り出し中身を見せる。風景画をメインに描かれたそれらはラフとはいえ街の様子が見てわかるものだった。
「おお、やっぱすごいな」
「へへーん、でしょ」
「俺としては街の絵が二枚くらいあればいいと思ってたけど、全部良すぎるな。全部飾るのはダメ?」
「ダメだよ。多くても四枚くらいがいいと思うよ」
「っす……」
スケッチブックをぱらぱら捲っていると、一枚のラフが目に留まる。周りに木々が生い茂り、中央に澄んだ湖らしきものが描かれたそれ。よくある風景なのに、どこか神秘的に見えた。
「……ここは?」
「あ、ここはね。ヒュドール湖って言うんだ」
「ヒュドール湖?」
「女神様がこの湖で水浴びをした伝説があるんだよ。お兄さん知らない?」
「あ〜……」
カズヤは申し訳なさそうに目を逸らし、困ったように笑った。
「知らない、かな」
「そうなの?」
「ああ」
「ふぅん?」
カズヤから出る空気が重い。これ以上は聞かない方がいいと察したエレインは切り替えるようにサンドイッチが食べたいと言った。カズヤはハッとしたあと、包丁を取り出す。切り分けていく様子を見ながらエレインは自身の発言を振り返っていた。
(言っちゃいけないこと行ったかな……)
どう声をかけたらいいのか分からず俯く。カズヤを傷つけるつもりはなかったのに。カズヤに嫌われたらどうしよう。一人ぐるぐるしていると目の前にサンドイッチが置かれた。顔を上げると、カズヤはエレインの頭を撫でながら言う。
「さっきはごめんな。俺この国に来たばかりでなにも知らないんだよ」
「そうなの?」
「ああ、だから怒ったわけじゃないんだ。知らないことがあって恥ずかしかったんだよ」
「……本当?」
「ああ、だから今度俺にいろいろ教えてくれないか?」
「……お兄さんがいいなら」
「ありがとう」
そう笑うカズヤはいつも通りでエレインは安心する。怒ったわけじゃなかったんだ。そう思っているとカズヤにサンドイッチを食べようと声を掛けられる。エレインは頷くと目の前に置かれたサンドイッチに手を伸ばす。手にしてみればパンはふわふわしており、期待が高まる。おそるおそるサンドイッチを口に運べば、彼の中で衝撃が走った。
柔らかいパンがふわふわしただし巻き玉子と合う。濃いめに味付けしたのにパンの甘みが上手く溶け込んでいる。噛めば噛むほど甘みが増し、初めて食べるサンドイッチにエレインは多幸感に包まれていた。気がつけばサンドイッチは目の前からなくなっており、かなりがっついたことが分かる。なくなったサンドイッチにしょんぼりしているとカズヤが笑う。
「かなり気に入ったみたいだな」
「うん! すごく美味しかった!」
「これをメニューに入れる予定なんだが、エレインはどう思う?」
「絶対入れるべき!これは人気が出ると思うよ!」
「そうか、じゃあメニュー表に追加しておくよ」
「やったあ!」
エレインは嬉しそうにしながらスケッチブックを開き鉛筆を動かす。今日食べたサンドイッチを忘れないようにと必死に描いていると、その様子を見ていたカズヤがスケッチブックを覗く。しばらく考え込んだのち、彼はエレインに言った。
「なぁ、エレインが良ければだがメニュー表に絵を描いてみないか?」
「メニュー表に?」
「ああ、ほら俺の店は名前だけだと分からないものが多いだろ? 絵とかあれば分かりやすいと思ったんだ」
「確かに、オムライスとか今日のサンドイッチとか想像つかないね」
「な? だから描いてくれると嬉しいんだが……いや本当は子どもに労働させるのはよくないんだが……」
ブツブツ話すカズヤを見て、これは長くなると察したエレインは気にせずスケッチブックに向かうことにした。最近わかったことだが、カズヤは独り言をはじめるとなかなか終わらないらしい。なのでこういう時は絵を描いておいた方がいいと学んだのだ。しばらくすれば落ち着くので余計なことを話さないようにエレインは絵を描くことに集中する。パンとだし巻き玉子のふわふわした質感を出すにはどうしたらいいか試行錯誤しながら描き進めていると、目の前でうめき声がする。
こんなにも分かりやすい大人ってやっぱり初めてだ。やがて満足のいく絵ができ、振り返るとカズヤはまだひとりの世界にいた。埒が明かないと思ったエレインは前に教えてもらった方法でカズヤを呼ぶことにした。両手を合わせ、パンと大きな音を響かせる。ハッとした顔でカズヤはエレインを見つめた。
「またやってた?」
「うん」
「いつもごめんな……」
「いいよ。お兄さんみたいな人初めてで面白いって思ってるから」
「うーん、素直でよろしい」
こんな大人になったらダメだよ。と笑いながらカズヤは皿を片づける。見計らって彼にメニュー表のことは後で聞いてみよう。
鉛筆を片付け、スケッチブックに描かれたサンドイッチを見る。また食べたいな、サンドイッチの味を思い出しエレインは微笑んだ。
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