第5話 同期「B」捜査員2人を警察署に連行する

 自分の同期に「B」という男がいる。同期30人の中で、この年は珍しく報道に9人が配属された。

 自分もBも新入社員として配属された9人のうちに入る。

 当時は一連のオウム真理教事件の発端となる坂本弁護士失踪事件、幼女連続誘拐殺人事件などがあり、社会部がフル回転していた。


 Bは1年目から警視庁記者クラブに配属され、幼女連続誘拐殺人事件を追いかけ、東奔西走。同年容疑者としてMが逮捕される。事件は東京都から埼玉県にまで及んでいたため、まずは東京から、そして埼玉県警にMの身柄は移された。


 当時、ワタナベはBとともに埼玉県警狭山警察署の取材にあたり、二人は日々ホテルのフロントでエロビデオを借り、暫し。そして申し合わせたようなちょうどいい頃合いで、二人は部屋を出て、相手の姿を認めると、無言でお互いのエロビデオを交換し合い、何やら目と目を見つめ合い、お互いうなづき合ってまた自分の部屋へと戻っていく日々を送っていた。


 こう言うと、何やら、取材もしないで不謹慎な、と思われるかもしれないが、夜回りもしたし日中は現場に何度も足を運びながら、警察よりも自分の方が先に糸口を見つけてやる、くらいの若気の至りで取材を重ねていたのである。


 あれは確か警視庁城東警察署から埼玉県警狭山警察署にMの身柄が移送される日であった。前日からエロビデオとは無関係に高熱を出していたワタナベはホテルのベッドでうなされながらM容疑者の移送の中継という事態に、情けない思いをしながら、弊社ニュースの画面を眺めていた。


 ちょうど、1130の昼ニュースの時間帯に、M容疑者が移送されてくるというではないか。Bよ、病に倒れるワタナベの分まであまりにタイミングの良いその中継を成就させてくれ。そう願いながら、弊社の中継をホテルで高熱に見舞われながら見ていた。

 ニュースのタイミング、生中継でM容疑者は捜査員に両脇を抱えられながら狭山警察署に入ってきた。


 乾坤一擲、中継映像に合わせて、Bの一世一代の生リポートが響く。


 「あ、ただいま、M容疑者が、捜査員を両脇に抱えて入ってきました!」


 ん?

 捜査員を両脇に抱えて?


 映像を見ていなければ、M容疑者が二人の捜査員を両脇に抱えて、運送会社よろしくお届け物を狭山警察署に渡し、ハンコをもらって帰っていく様が、視聴者の脳内に繰り広げられていたであろう。


 Bの一世一代の渾身の生中継。

 Bが枕を濡らしたのは夜露のためばかりではない。(山月記風に)


 しかしながら、ホテルで高熱にうなされていたワタナベには何の関係もないし、何の罪も無いのである。




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