第2話 婚約破棄は基本のき
広大な薔薇園の中心に建てられたガゼボ──日本人である
「ローズさん、もう身体は大丈夫なの? 痛いとこはない? ローズさんが酷い目に遭ったと聞いて私、本当に生きた心地がしなかったのよ」
アメジスト色のふわふわの髪にリンゴのような赤い頬、ローズと同じ17歳でありながら、まるで中学校の新入生のような幼さがなんとも可愛らしいと、小里は自然と頬がゆるむのを抑えられない。
ローズが目を覚まして1週間後、ローズの親友であるリリー・バーロン伯爵令嬢がお見舞いに駆けつけた。
2人は同じ伯爵家の娘として、また同年齢であることからも、幼少の頃より習い事先やお茶会で一緒になることが多かった。天真爛漫を絵に描いたようなリリーは、何事もそつなくこなすローズに尊敬の念さえ見せており、ローズも子犬のように慕ってくるリリーを大切に思っていたようだった。
しかし、これは……ローズの中にいる小里はむず痒い気持ちになる。以前の世ではアラサーだった小里にとって、リリーは親友と呼ぶにはあまりに幼い。
そのふわふわの髪を思い切りわしゃわしゃと撫でて、良い子良い子と褒め散らかしたい。
ローズは努めてすまして、優雅に紅茶を一口飲むと、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとう、リリーさん。身体はもう大丈夫よ。心配をかけてしまったわね。ごめんさい」
記憶の中にあるローズの口調と物腰で接すると、リリーもまたニコリと微笑んだ。
ローズが皿に置かれた小ぶりの薔薇のケーキをリリーに勧めると、小さなお口にカプリと頬張る。
もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ。
「薔薇の香りがすごく素敵! 薔薇をケーキにするなんて、さすがアデラート家ね」
この国の貴族は家ごとに、トレードマークとなるような花を決めているのがならわしだ。アデラート家は薔薇、バーロン家は百合である。
そのため、ローズの持ち物には薔薇をモチーフとしたデザインが多い。また、家の紋章にも花があしらわれることが多かった。
可愛い友人とのお茶会は、ローズにとって最高の気晴らしとなった。
───――――
朗らかなリリーが帰り、自室に戻ったローズは、静かな部屋で1人、思索にふけっていた。
目が覚めて体力を回復するこの数日、ローズに入り込んだ小里は、状況を把握することに努めた。幸いにして小里には生前のローズの記憶が残っていた。故に家族関係や世界情勢の把握に問題はない。
居眠りの車両に撥ねられて気を失い、次に気がついた時には、異世界の貴族の少女に転生していた。
前世の身体はどうなっただろう。自分は転生前の、現代の日本に帰ることができるだろうか。
そう考えて首を横に振る。ブレーキも踏まずあれほどスピードの出た車両に、正面から衝突されたのだ。自分の身体はもはや葬式でも棺をあけて参列者に見せられないほどの惨状であると考えるのが妥当だろう。
両親を泣かせてしまったな、そう思って小里は小さくため息をついた。職務に殉じた娘を、少しは誇ってくれていれば嬉しい。親は喜びはしないだろうが、多くの賞じゅつ金を残せて良かった。老後については兄さんにお任せするしかない。
残してきた家族を思い、痛む胸をなんとかやり過ごすと、小里は気を取り直してこれからのために状況を整理する。
警察官としての経験から、事案が発生した時には、まず関係者の人定から確認する。
現在小里が使用している身体の元々の持ち主の人定を、小里は改めて声に出して確認した。
「氏名ローズ・アデラート。性別は女。17歳。レアルカント王国の貴族アデラート伯爵の長女。家族構成は父母と10歳離れた弟のみだが、クレァード公爵家の長男、ギルベルトと婚約している」
彼女は殺人事件の被害者でもある。事件のあらましはこうだ。ローズが外出先から帰宅中、人気がない道で騎士の格好をした男から馬車を止められた。この先で衛兵が賊と揉み合っているということだったが、被疑者は突然御者に切り付け左腕に傷を負わせたのち馬車内に侵入、ローズの左脇腹をナイフで一突き、そこに割って入った護衛の騎士と揉み合いになり、何も取らずに逃走したもの。
なお、本殺人事件とは別に、小里はローズ・アデラートの死体を本人の許可なく占有している状態であり、死体領得罪にあたるのではないかとも考えるが、この国この時代と現代の日本では法の有り様が異なるうえ、魂が入れ替わるという超自然的な現象を立証することは不可能であるため、これ以上深く考えないことにすると決めた。
「そもそも、この世界では被害者本人が裁判所に訴えでないと、刑事事件であっても裁判にならないんだよねぇ」
つまり、17歳のローズ・アデラート本人が「この人私の身体を勝手に使ってます」と訴えなければならないのだ。
殺人事件も同じことで、その被害者の親族が被疑者を見つけ出し訴えでなければならないのである。
「まあまあ無理ゲーだわ」
どうにか被疑者を特定したのち、各都市に設置された裁判所に訴えが上がると、裁判所に雇用された警吏が犯罪者の逮捕や捜査を担うが、警吏の捜査は、あくまで当事者の訴えの補完をするだけで、主体的に行われるものではない。
審議が終わると、被疑者が平民であれば裁判官が判決を下すが、貴族であれば王族が裁判官となる。判決の主要な材料はやはり自白と証人の証言だ。裁判所の正義を疑うわけではないが、どうしたって判決は裁判官の胸三寸なのである。
また、この国では法よりも王令が優先される節があり、法律や司法が日本ほどは身近にはないという事情もある。
一通り状況を整理・認識した所で、このローズの身体に転生した小里はどう生きれば良いのかと考える。
その答えはすぐには出ないものの、やらなければならないことがある。
ローズは殺されたのだ。これは殺人事件である。警察官として、小里は17歳の少女を殺害した被疑者を逮捕しなければならない。
「そのためにはまずは事件現場の鑑識からだな」
目が覚めてすぐに、ローズが襲われた現場となった馬車は清掃などしないように、間違っても馬車を叩き割って薪にしたりしないように命令してある。現場保全だ。
しかし証拠物を採取したところで、どこまでの科学捜査が期待できるのかはわからないなあと、肩をこきっと鳴らした時だった。
ドアがノックされ、ローズ付きの侍女であるターニャの声がつげる。
「お嬢様、ギルベルト様がお見えです」
ギルベルトはローズの婚約者である。
未来の花嫁が生死の境から生還したのだ、そりゃあ見舞いにもくるというものだろう。
「どうぞ、お部屋にご案内して」
「いえ、それが……本日はギルベルト様のお父上、公爵閣下も一緒にお見えでして……大切な用向きがおありの様子、よって応接室にてご当主様と共にお話を伺うようにと」
「お父様も一緒に?」
ローズは小首をかしげたが、逆らう理由もない、了承の意を伝え、応接室へと向かった。
ローズの婚約者となるギルベルトは、まるで女性向け恋愛ゲームの攻略キャラのような整った容姿で、金髪に碧眼という、まさに絵に描いたような美青年である。
その隣に座る公爵閣下に至っては、ダンディズムの化身、ハリウッド俳優の佇まいだった。見目が麗しいだけではない、公爵は国の防衛を担う大臣の職にあり、王立騎士団の団長職も務めていた。当然、本人も腕が立つ。
ローズの懇切丁寧な挨拶のあと、公爵が咳払いをしたのち、第一声を発した。
「実は……本日は愚息ギルベルトと、ローズ嬢の婚約破棄のお願いに伺ったのだ」
ローズの父がポカンと口を開けて固まった。
ローズは思わず口の端で小さく笑い、胸中で思う。
(ははっ、そうきたか)
さて、心が傷ついた少女の演技をするのは大変そうだ。
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