第30話 あやかし【ソレイユ書房】

 お兄ちゃんのところに遊びに行った。

 お菓子を持って、るんるんで。

 今夜はお兄ちゃんのキッチンを借りてご飯を作ろうとも計画していた。

 それなのに。


「私も、あやかし物語書くぞー!」


 なんだか、触れてはいけないところに来てしまったみたいだった。



 いや、自分で物語を書くことに反対はしない。

 むしろ大賛成だ。

 読者ならではの視点から描かれる物語は、わたしの大好物だ。

 ただ、それはとある人物を除いて大賛成だ。


「別に、物語を自分で書くことに反対してる訳じゃないのよ。問題はあのお嬢様なの。『物語をより忠実にするためには取材が必要なのですわ!』とか言って、わたしを連れ回すのよ。侯爵家の庭に忍び込んで、夜のお忍びデートの臨場感を味わうのに付き合わされたこともあったっけ」

「さすがアイリス!」


 わたしの愚痴に、サラさんは拍手喝采だ。

 いやいや、今の話のどこに拍手をするところがあったのよ!


「……とりあえず」


 目を輝かせているサラさんと、イライラしているわたし。

 それを宥めるためか、お兄ちゃんが口を開いた。


「物語を書くことはいいことだよ。ただし、きちんと節度は守ってね。アイリスとは違って、ここは人間界だ。魔法界の者が何かやらかしたら、罰が待ってるからね」


 人間界では、魔法界の者だとバレてはいけない。

 加えて、人間界に存在していないものを作り出してはいけない。

 それらタブーを犯せば、待っているのは重罪なのだ。


「わかりました!」

「本当に守ってね? 貴女が罰を犯すと、それを対処するのはお兄ちゃんなの。これ以上、お兄ちゃんを困らせないで」

「そっか、この世界の守り神のような存在ですもんね。そこは分かりました……っから、手離して!」


 魔法界の者が罪を犯せば、対処するのはお兄ちゃん。

 お兄ちゃんだけでは収まらなかったら、わたしも必要になる。片野さんの事件のように。


 だから、お兄ちゃんを困らせる奴は許さない!


 鬼の形相でサラさんの手首を掴み上げると、サラさんはこくこくと頷いた。

 うん、よろしい。


「じゃあ、行ってきます! お土産、楽しみに待っててください!」


 サラさんは、元気よく飛び出していった。

 残されたのはわたしとお兄ちゃん。

 お兄ちゃんは、力なくあはははは~と笑っていた。


「あー、『きっと自費出版で!』とか言ってくるんだろうなぁ。あのぶっ飛んだ物語を人間が見つけちゃったらどうすんだよ」

「……お兄ちゃん、ドンマイ」


 それしか言えなかった。



 *



 シャルディア王国の王都には、3つの学校が存在する。

 まずは、王立学校。これは、5歳から12歳の少年少女が義務教育として通う学校。王室が運営しているから、一般知識などをほとんど無償で受けられる。

 次に、魔法学校。これは、年齢を問わず魔法を学ぶことができる学校。魔法を研究している機関が運営している。

 最後に、貴族学校。とは言っても、ほとんどお嬢様学校だ。貴族の令嬢が花嫁修業をするところで、貴族が運営している。


「私たち、『セント=リリー学園』の文芸部だったのよ」


 そのお嬢様学校の文芸部。

 何を隠そう、アイリス・レイチェル・サラの3人が設立者なのだ。



「楽しかったわ。やっぱり物語には臨場感が必要だもの、あちこちに行ったわね」

「その活動に、なんでわたしは付き合わされたのかな」


 お兄ちゃんのところから帰れば、アイリスが来店した。

 サラさんに会ったことを伝えると、「まぁ」と顔を綻ばせたのだ。


「こちらに戻って来たら、文芸部を再開したいわ」

「まだまだ物語が書けてないことを祈るよ」


 3人が集まれば、厄介なことになること間違いなしだ。

 物語のためならどこにでも行くような彼女たちだから、きっと面倒なことに巻き込まれるはず。 

 それだけは絶対に回避したい。


「それで、サラはどんな物語を書いているの?」

「あやかしだって。ほら、あやかし研究者やってるでしょ? 研究し尽くしたから、今度は自分で書くみたい」

「あやかし! こちらではいない存在だから、私も大好きよ!」


 アイリスは、腰かけていたスツールから身を乗り出した。


「河童に、鬼に、不知火もいたっけ。どれもこれも、本当に不思議な仲間たちで素敵なのよね」

「魔法界にはいないからね」


 人間は物語を通して、使うことができない魔法に憧れる。

 反対に、魔法界の者は物語を通して、存在しないあやかしに憧れるのだ。


「あやかしみたいな存在っていないのかな」

「あら、いるわよ」


 アイリスは、にこりと笑った。


「変身魔法は化ける魔法になるし、操作魔法は命のない物体を操ることができる。捉え方を変えれば、色々な魔法が『あやかし』になるわね」


 あやかしは、人間ならざるものだ。

 それは、魔法界の者も一緒だという捉え方もできる。

 人間ではないから、それはもう大きく『あやかし』になってしまうのだ。


「そう考えるとおもしろいね」


 わたしは、人界書の棚に魔力を向けた。

 あやかし関連の本を数冊抜いて、カウンターへと引き寄せる。

 どの表紙にも、あやかしと思われる存在が人間と微笑み合っていた。


「あやかしは人間とは違う存在で、その正体を知られるのはまずい。そう考えると、わたしたちは『あやかし』になるんだ」

「そうね。そう捉えることもできるわ」

「なんか、そういう物語あればおもしろそうだけど」


 そこまで言って、はっとした。

 ま、まずい。

 もしかしたら、アイリスのスイッチが入って──。


「それ、いただくわ!」


 ──入ってしまった。


「アオイって、実は私に物語を書いて欲しいのよね!」

「い、いやそんなことは……」

「遠慮しないで! 分かるわ、その恥ずかしいって気持ち!」


 アイリスは、がたんとスツールから立ち上がった。


「読みたくても、その物語がなければ書くべし! それが、私たちセント=リリー文芸部の掟よ!」


 ああああぁぁ。

 またやっちゃった。

 わたしも本好きなものだから、読みたいって吐露するのは無意識のうちにやってしまう訳で。

 そんなこんなだから、何かと巻き込まれるのだ。


「あやかし物語を書くなら、やっぱり人間界に行かないと。執筆旅行として人間界に行こうかしら。もちろん、レイチェルも一緒に」

「い、行ってらっしゃい」

「なに言ってるの。アオイも行くのよ」

「えぇ!?」

「アオイはパスポートいらないから簡単よね。大丈夫、ヒナタと遊んでていいから」


 お兄ちゃんと一緒……?

 それなら行ってもいいかも。





「という訳で、ごめん。巻き込まれました」

『旅行って……。葵はいつも人間界来てるじゃん』

「一緒に出かけよ。なにかおごる」


 なんか、めんどくさいことになりそうだ。

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