十三話 海に来た

 お祭りのタイミングはとうに過ぎたが、夏休みのイベントはそれだけじゃあない。イベントが盛りだくさんなのは、シーズンの特徴である。

 夏休みと冬休みには、それぞれのシーズンにあったお楽しみやらがあるわけだが、夏休みのお楽しみの一つといえば、やはり水浴びだろう。


 屋内外問わずプールがあり、海だってある。特に俺の住む街は海沿いで、多少自転車を走らせればすぐに海岸だ。歩きでもそこまで時間は掛からない。

 そこまで有名な海水浴場ではないものの、それでも地元民からは知られている場所だ。

 大きい場所が混んでいて行けなかった人たちは、そこから車で数分で着けるこの場所にやってくるため、それなりに賑わっている。

 浮き輪の貸し出しや海の家だってあるので、遊ぶにはもってこいだ。


 そんな海水浴場にやってきて着替えを終えた俺は、更衣室の前で芽凛衣めりいを待っていた。

 先日水着を買いに行ったときは、どんな水着を選んだのか見ていなかったのでとても楽しみだ。

 きっと似合うに違いない。


 着替え終えて待つこと五分、待っている俺の後ろから肩を叩く人物がいた。誰かと思って振り向くと、そこには丈の長い黒いラッシュガードを身に着けて、髪を団子にしてまとめた芽凛衣がいた。そういやコイツはメリーさんだったな。


「おまたせ!遅くなっちゃった」


「いや早いだろ。五分くらいしか待ってねぇぞ」


 女の子の着替えに詳しいわけでも、今のような状況で待ち合わせをしたことがあるわけでもないが、それでも身に付けているものが男より多いのは知っている。

 いくら水着に着替えるだけとはいえ、男子更衣室より混んでいると言うのにそこまで早いものだろうか?


「そうでもないよ。すぐに着替え始めたし、本当ならそんなに待たせないと思ってたんだけどね。五分も待たせちゃったのは失態だよぉ……」


「そんなに気にするなよ。芽凛衣と一緒に来れただけで充分だからさ」


 気にしすぎな芽凛衣を安心させるためにそう言うと、彼女はボンッと音を立てて顔を真っ赤にした。

 心なしか煙が出たように見えたが、もしかして照れているのだろうか?


「えへへ、更斗さらとくんってば本当に素敵だね♪そんなこと言われちゃったらもっと好きになっちゃうよ♪」


 照れた様子でそう言った芽凛衣が、周囲の人間の視線を集めながらそう笑った。そんな笑顔を向けられた俺も、思わずドキッとしてしまう。

 なんだか、出会ったときに比べて可愛さに磨きがかかったように思える。


 それこそ、先日の買い物の後に話をしたあの後から。


 このまま芽凛衣と話をしているのもいいが、ここは更衣室前なので人の目を引くし、何より邪魔になる。

 せっかく場所取りもしてあるのだし、喋るならそこが良いだろうと思い彼女の手を握ってそちらに向かう。


「取り敢えず、行こうか。ここじゃあ人の目もあるしな」


「あ……うん、えへへ♪」


 芽凛衣は にへらと口角を上げて、そっと腕を抱くように隣に立った。片方の胸がニの腕に当たり、むにっと柔らかい感触が刺激してくる。ちょっと気持ち良い。

 水着特有の固さは感じるものの、心地よさは変わらない。


 俺たちの確保していた場所に到着し、二人で腰を下ろす。ビーチパラソルをレンタルしたので、ある程度の暑さは気にしなくて良さそうだ。


「あの、ごめんね?ラッシュガード着ちゃって」


「え、あぁうん。他の人にあんまり見られたくないんだろ?べつにそんなことで怒ったりしないよ」


「えへへ、ありがとね」


 芽凛衣の可愛さは相当なものだ。それは身内びいきもあるだろうが、それにしたってレベルが高いだろう。

 サラサラと腰あたりまで流れる銀の髪と、翡翠色に輝く瞳。透き通るような心地よい声を奏で、その手もスベスベとしていて真っ白だ。

 顔立ちは少し幼く見えるが、身長は俺とそう変わらない。俺の身長は成長期なのもあって165cm前後だが、それと同じくらいなのでスタイルは良く見えるだろう。


 つまりなにを言いたいかというと、芽凛衣は目立つのだ。男女問わず、彼女を見た者たちはその足を止めていた。

 つまり、誰も彼もが芽凛衣に一瞬たりとでも見惚れていたのだ。

 パラソルの下に来たので、多少はその視線もマシにはなったのだが、それでもなくなったわけじゃない。


 だから、芽凛衣はラッシュガードを脱げずにいた。とはいえ、彼女の銀髪と黒のラッシュガードの組み合わせは、思いの外見映えが良くとても似合っている。


 ちなみに、丈の長いラッシュガードではあるが、下を見れば白っぽいような水着がこちらを覗いた。良く見ると花柄っぽくも見える。


「どんな水着か、気になるよね」


「あぁごめん、そうだな。見すぎた」


 気になっていたからと、不躾な視線向けすぎてしまったようだ。芽凛衣のことだから気にしていないだろうが、咄嗟のことでつい謝ってしまった。


「ううん。せっかく買ったんだもん、見たいよね。私ばっかり更斗くんに見せてもらってるわけだし……いいよ」


「いいのか?無理はするなよ?」


 心配になって芽凛衣の肩を掴んで止めるが、彼女は大丈夫と俺の腕をそっと撫でる。そして、彼女は胡座あぐらをかく俺の上に向かい合うように腰を下ろした。


「ラッシュガードはまだ脱げないけど、更斗くんにだけ見えるようにするね。それじゃあ……いくよ」


 頬の赤みを強くした芽凛衣が、ラッシュガードのファスナーのスライダをつまんで、それをゆっくりと下ろした。

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