『君に薔薇色の人生を送らせてあげる』と言っていたのに、どうして婚約破棄されたのですか!?

温故知新

前編

「アニカ、すまないが僕との婚約破棄してくれ」

「えっ?」



 よく晴れたある日。

 月に一度のお茶会で、私アニカ・ランスター伯爵令嬢は、婚約者であるジェイド・リットマン侯爵子息から婚約破棄を告げられた。



「そんな、どうしていきなり?」

「……すまない、全て僕の我儘なんだ」



 リットマン侯爵家はこの国でトップクラスの財力を有しており、我がランスター伯爵家とは先代の頃から仲良くしてもらっている。


 そのため、幼い頃からジェイドと仲が良かった私は、大きくなったらジェイドの妻になるとずっと思っていたし、彼の婚約者になったときは彼との未来は約束されたものだと信じていた。


 だから、彼から婚約破棄されるなんて夢にも思わなかった。



「私、何かした? ジェイドを怒らせるようなことをしちゃった?」



 ――大好きな彼に相応しい女性になろうと、厳しい淑女教育だって頑張って受けているし、口下手で恥ずかしがり屋なあなたの気分を害するような振る舞いをしないよう、細心の注意を心がけていた。でももし、私の知らないところで彼の怒りを買っていたとしたら……


 悲しさと不安で胸が押しつぶされそうになりながら、恐る恐る聞くと、金髪碧眼で凛々しい顔立ちのジェイドが悲しい顔をしながら大きく首を横に振った。



「違うんだ。むしろ、こんな僕のためにアニカは一生懸命尽くしてくれた。不甲斐ない僕には勿体無い素敵な淑女だよ」

「そんなことないわ。あなたのことが大好きだから、あなたの妻に相応しい女性になろうと頑張っただけよ」

「『大好きな僕のため』か……本当、僕はとても幸せ者だ」

「だったら、どうして……どうして婚約破棄なんか」



 力なく笑ったジェイドが、悲しそうな顔で俯くと、何かがプツンと切れた私は、椅子から立ち上がるとテーブル越しに彼の胸倉を掴んだ。



「私、大好きなあなたから『君に薔薇色の人生を送らせてあげる』って言ってくれたら、ここまで頑張ったのよ! 大好きなあなたが愛のある約束をしてくれたから! だから、だから……」

「アニカお嬢様……」



 ――そうよ、婚約を申し込まれた時、『君に薔薇色の人生を送らせてあげる』って他でもないあなたが笑顔で言ってくれたから、私はここまで頑張れた。それなのに、どうして……


 声を荒げた反動で我慢していた涙が溢れ、傍にいたメイドが私とジェイドを離すと、私を椅子に腰かけさせ、そっとハンカチを差し出した。

 それを見ていたジェイドは、悔しそうに小さく下唇を噛むと、深々と頭を下げた。



「ごめん、全て僕の我儘なんだ。だから、君は一切悪くない。一応、君の両親にも事情は話してある」

「つまり、お父様は婚約破棄をお認めになったというわけね」



 黙って頷いたジェイドに、涙が止まった私は静かに立ち上がると淑女教育で習ったカーテシーをした。



「分かりました。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします」

「あぁ、本当にすまなかった」

「…………」



 ――本当に、あなたのことが好きだったのに。


 幼い頃から抱いていた淡い恋心は、涙と共に流れてしまい、今はただ喪失感が胸の内を支配した。


 テーブルにつくくらいに頭を下げたジェイドを見て、何だか夢から冷めたような気持になった私は、静かに彼に背を向けるとそのままお茶会を後にした。



「兄さん、本当に良かったの?」

「あぁ、良いんだ。これで思い残すことは何もない」

「そう」



 私が去った後、双子の弟であるルカとジェイドがそんな会話をしていたなんて思いも寄らずに。

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