アホウドリ
有座ハマル
アホウドリ
20XX年1月某日。
日本サッカーリーグ1部ナガシマ・ユナイテッドFCのチームカラーで
市内のホテルに用意された新加入選手記者会見の会場には緊張感が漂っていた。
「はじめまして、
バックパネルの前でマイクを持つ順番が回って来た滝澤隼暉が司会者に促され口を開いた。
――今のお気持ちをお願いします
「プロになれてうれしいです。本当にわくわくしています」
――ナガシマ・ユナイテッドFCへの加入を決めた理由はなんでしょうか?
「チームの雰囲気が自分に合うと思ったからです。大学時代に練習参加した時、キャプテンの緑川選手から大学生としてではなく一人のサッカー選手として真剣に要求してもらったことが印象に残っていて、お互いに高め合えると感じましたし、ここで一緒に闘いたいと思いました」
――大学屈指のミッドフィルダーと言われていることについては?
「評価はうれしいですが、プロの世界でどれだけやれるか、それだけです。今までも僕は自分自身をサッカーに捧げて来ましたし、これからも続けていきます」
――目標はなんでしょうか?
「リーグ優勝です。カップ戦もタイトルを狙いたいと思います。個人的には将来の日本代表、ワールドカップで勝つための選手になりたいと思っています」
はっきりと落ち着いた表情で質問に答える滝澤は大学生ルーキーながら余裕さえ感じる。さすがサッカー強豪の新星学院大学のキャプテンを務めていただけのことはある。
最後の質問になった。
――ファンから何と呼ばれたいですか?
「アルバトロスでお願いします」
――え? アルバトロス? ……それは、どういう?
「アルバトロスはアホウドリのことです」
――……もうちょっと詳しく教えていだだいてもよろしいでしょうか?
「僕もそれ以上詳しくないんですけど……」
――滝澤選手はゴルフなんかもプレーされたりするんですか?
「しません」
――じゃあ…… どうしてアルバトロスと呼ばれたいんですか?
「かっこいいからです」
司会者はその言葉に黙り込んでしまった。
数秒の間、会場は気まずい沈黙に包まれた。
ハッと気を取り直した司会者が戸惑いを隠すために取り繕った明るい声で、滝澤隼暉選手ありがとうございました、と次の選手へマイクを持つよう促した。
スケールがでかいのか、ただのとんちきなのか、とにかくとんでもないルーキーが現れた。
呼ばれたい愛称の質問には、普通は自分の苗字か下の名前またはそれを
その頃、会見の様子を
――アルバトロス!!!
――かっこいいからです(キリッ)
――サッカーできても頭アホなんかwww
――流れ変わったな
――滝澤くんかわいい
――何でもいいから活躍してくれ
――さすが絶滅危惧種
アルバトロス。
日本語では、アホウドリ。人間から逃げず捕獲が容易なことからアホドリ、バカドリとも呼ばれる。乱獲と環境破壊で激減。一時は絶滅したと考えられたが特別天然記念物に指定され、保護活動により生息数は増加、回復傾向である。
滝澤は事前に送られて来た質問表の中で、「ファンに呼ばれたい愛称/ニックネーム」の項目だけは最後まで悩んだ。
せっかくだからかっこいい名前で呼ばれたい。自分の言ったとおりに呼ばれることになると思えば思うほど深みにはまり、記者会見前日の夜までなかなか決められずにいた。
ふと、どこかで聞いたことがあった「アルバトロス」という単語が頭に浮かんだ。スマホで検索すると「アホウドリ」という鳥の名前だった。鳥に興味はなかったが、ゲームのキャラクターや専門用語ではなく、実際にいる鳥の名前ならいいと思った。サッカーしか知らない滝澤でもどこかで聞いたことがあるほど有名な鳥なのだろう。
何より、響きがかっこいい。
ナガシマ・ユナイテッドFCサポーターは期待の大学生ルーキー滝澤隼暉の加入を待ち望んでいた。
加入内定のリリースが出たときには他のチームとの争奪戦に勝った強化部の仕事ぶりを称えて仲間たちと喜びの祝杯を上げた。
滝澤隼暉は長年優勝から遠ざかっていてうだつの上がらないナガシマ・ユナイテッドFCに射した一筋の希望の光そのものだ。
新加入記者会見で普通とは違った風変わりなニックネームで呼ばれたいと言ったくらいでその光が陰ることはない。
サポーターたちはルーキーらしい若さを感じる滝澤を微笑ましくあたたかく見守り、アルバトロスという名を愛を込めて呼んでやることにした。
滝澤隼暉はアルバトロスになった。
アルバトロスは渡り鳥である。
大きく美しい鳥で非常に優れた飛翔力を持っている。風に乗りノンストップで15,000キロもの距離を飛ぶといわれている。
滝澤は何も知らなかった。
ナガシマ・ユナイテッドFCサポーターもまだ何も知らずにいた。
自分たちの希望を背負ったこの新人選手が、ナガシマ・ユナイテッドFCに新しい星をもたらすことを。
遠くない未来、彼がファン・サポーター達の手を離れ力強く世界に羽ばたいて行くことを。
その胸に日の丸を抱いて、ナガシマ・ユナイテッドFCサポーターだけではなく、日本中、世界中に感動を与えることを。
スタジアムのスタンドを埋めつくす大観衆。
世界中から選ばれた者しか立てないワールドカップ決勝のピッチを見つめる人々はゲームの動向に一喜一憂して歓声を上げる。その映像と音声は電気信号やデータとなり、全世界の視聴者の元へ届けられる。その何十億もの瞳がボールを持ったアルバトロスを追う。
歓声のボルテージが一段上がった。
――日本の心臓、アルバトロス! 落ち着いている! 鮮やかなターンからのミドルシュートが決まった!!
その瞬間、歓喜と興奮の渦で世界はひとつになる。
アホウドリ 有座ハマル @ari_1-12
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