Day 1 戻らぬ子 上


 「お師匠様! もうお昼近くですよ、起きて下さい!」

 

 一階から弟子の声がする。

時計を見ると時間は……まだ11時じゃないか、あと1時間は眠れるな。

最近ようやく魔術の研究が進んだんだ、その為には夜更かしは仕方ない。

むしろ夜更かしすべき所でしてる。

夜に備えてもう少し寝よ……。


「お師匠様、起きて下さい!」

 

 私の決意をぶち壊すかのような階段を上がる音がして、鍵をかけていたはずの部屋の扉が開く。

そこにはエプロン姿の弟子、ラタがいる。

腰まである薄い紫色の髪を揺らし、手には木べらを持っていて、何百回と使うのをやめろといったにも関わらず、エプロンには"お師匠様ラブ"と書かれているのが見え、ため息が嫌でも漏れてしまう。

黙っていればクールな美少女として人気も出るだろうに……もったいない。

 

「はぁ……あと少しだけ眠らせてくれ」

 

「寝るなら絶対に起きないで下さいね……よいしょっと」

 

「おいラタ、何してんだ」

 

 ラタは私の足元の布団に手を入れて、小さな空洞を作っている。

そこから冷たい空気が流れ込んできて心地よい睡魔を吹き飛ばし、体温を奪い去る。

 

「何って言われても、お師匠様の布団の中に入ろうとしているだけですけど」

 

「それは見れば分かる、それで何をしようとしてんだ?」

 

「お師匠様の香りが充満した布団の中で深呼吸しようかなと思いました! あとは眠ってくれるならそのままそのお肌に触れたいなと思いまして!」

 

「起きる! 起きるからへんな気持ちを私に向けるのは止めろ! 私からすればお前は娘みたいなもんだと何度も言ってるだろうが!」

 

 私の弟子、ラタ・ルリラ。

実の娘ではないが、10にも満たないぐらいの頃に拾ったから今は多分14歳ぐらいだろう。

本人も自分の年齢を覚えていないみたいだが、まぁそれはあまり気にするべきことじゃない。

少なくとも成人はしていないが、仕事には影響しない。

 

「お師匠様! 抵抗してもムダですからね、わたしの開発してきたこの拘束魔術で縛ってそれから……ぐふふ……」


 朝から身の危険を感じた所で、ラタは魔術を使って黒色のロープらしき物を作り出した。

コイツまた教えてないのに変な魔術を覚えやがったな……。

 

「お前の魔術が俺に通用する訳がないだろ、バカ弟子」

 

 私を縛ろうとするロープは魔術で作られた物、だから物に込められた以上の魔力を流し込んでやれば簡単に内部から壊す事ができる。

逆に紫色のロープ状にした魔力で彼女をぐるぐる巻にしてから部屋を追い出して、着替える事にした。

 

「お師匠様ー! この魔力が邪魔です、これではお着替えの手伝いが出来ません、せめて覗きたいので、動けるようにして下さいよぉ!」

 

「ダメ、あと何回も言ってるけどその趣味を早く直せ」

 

「お師匠様に拾ってもらった時からずーっとお師匠様に惚れているので、それは無理ですね、えっへん」

 

 魔術には自信がある。

それは魔王と戦って逃げ延びた過去と、神の力を得た転生者を殺した実績が裏付けてくれている。

しかし、人を育てる才能にはラタを見ていると……恵まれなかったみたいだ。

実の親ではないが、家族のように愛情を込めて、ラタの為に色々頑張って育ててきたつもりなんだけど……。

 

「お師匠様ー! 大好きです!」


「……育成失敗だな」

 

 それに、私は弟子が師匠に恋する事の危険さと、その最後の悲惨さを知っている。

恋は盲目とはよく言ったもんだが、それでも……今思い返すと、師匠に喜んで欲しくて、自分だけを見て欲しくてどれだけの罪を重ねてきたか……姉妹達の断末魔が、ずっと頭から消えないような思いはして欲しくない。

 

「それよりお師匠様、お客様が来てますよ」

 

「客だと? こんな早い時間から?」

 

「もうお昼ですってば! なんでも出発後緊急契約についての話だそうで、めちゃくちゃ焦ってますよ、回収師の仕事の中でも一番儲かるやつが来ましたよ!」

 

 ダンジョンや危険な場所。

 外の海の外からやってきた悪魔と呼ばれる人類の敵に征服された大陸に行ってしまった人を安全地帯まで連れ戻す、それが私達回収師の仕事だ。

つまり、人々の緊急時の保険役だな。

通常はもしもの時は助けてくれって契約を結ぶんだが……今回は事が起こってからの契約、出発後緊急契約だ、通常の回収師には難易度の高さと危険さ、不確実性から頼めないだろうし、依頼主はかなり焦ってる。

そして、私の店はこれまでどんな回収も失敗した事がない。

フフッ、これならどれだけふっかけてもいい。

 

「分かった、まずはお前が依頼内容を確認しろ、それで脅せるだけ脅して金を払わないと命が危ないって事を再認識させるんだ」

 

 着替え終わった後で拘束魔術を解き、部屋の椅子に座って濁った水晶に軽く魔力を流し込む。

そこには見慣れた一階が映り、30代ぐらいの女性が落ち着きなく椅子に座っている姿も見える。

 

「わかりました、では行ってきます」

 

 ラタが階段を降りる音が聞こえてからすぐ、一階でラタとその客が会話を始めた。

水晶では見る事はできても会話までは聞こえない。

いちいち降りて話を聞くのが面倒なので、一階に置いてあるぬいぐるみを通して話を聞くか。

 

「三日前に幼馴染を助けに行くと行って飛び出した息子がまだ帰ってこないんです! 助けて下さい!」

 

「息子さんの回収依頼ですね……あっ」

 

「ダメなんですか!?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。当店、回収専門店ルリラの回収率は100%ですから安心して下さいね」

 

 ラタが私の魔術に気づいたみたいで、ぬいぐるみに向けてウインクをしている。

客の前だぞ、ったく。

もっと接客は丁寧にやれ。

 

「行き先は分かりますか?」

 

「北部の宝石洞窟に幼馴染が向かったから自分もと言ってましたので、多分そこかと……」

 

 宝石洞窟か。

悪魔が出没する未だ果ての確認されてない未開拓の場所だから……料金割増だな。

 

「多分ではダメです、正確にお願いします」

 

「すいません、正確には分かりません……あの、助けてはもらえないんですか!?」

 

 正確な場所不明。

特定作業をしないといけないから割増できるな。

ただ特定はオプションだからな、多分大丈夫だと思うが……。

 

「いえいえ、では向かった洞窟かダンジョンの特定からになりますが、それは有料オプションとして当店に注文可能です! でもお客様が宝石洞窟だと言うならそこに向かいますが、そこに居なくてもこちらで調べた訳ではありませんので助ける保証は出来かねますが……どうしますか?」

 

 上手いセールストークだ。

追い込まれた相手、特に家族の事で悩む母親だと自分の記憶よりも確実な救出を好む傾向にある。

これはオプション代金も取れそうだ。

 

「わ、分かりました! そのオプションもお願いします!」

 

「ありがとうございます! それでは息子さんの名前、特徴、血液型、年齢をここに記入して下さい」

 

 女性が急いでラタの用意した用紙に指定の項目を書いている。

さてと、私はその息子とやらを見つけるとしますかね。

 

「ありがとうございます、では次にこれを書いて下さい」

 

「あのっ! 息子を早く助けて貰いたいのです、後でお金なら支払いますから……早く助けて下さい!」

 

 ラタが真っ白な売却可能資産一覧表を取り出した所で、客がなにやら騒ぎ出した。

後で払う、先に助けてくれ。

これらの信用力ゼロの言葉を並べてやがる。

もしかしたら他の回収師は同情や人情で動くのかもしれない。

だが、私の店じゃそれは一切通じない。

 

「その言葉を何人が言って、何人が払えない、ボッタクリだって言って支払い拒否したと思いますか?」

 

 よし、ラタはちゃんと分かってるみたいだな。

さてと、捜査用の水晶は……あった、これこれ……まず男の子、年齢は12歳、特徴は……。

 

「私は違います! お金だってこれだけ用意しました、必ず払います!」

 

「それじゃ足りないから言ってるんですよ」

 

「……え、でもこれは結婚前から貯めてきた貯金ですよ、これだけあれば数年は遊んで暮らせ」

 

「お客様の所持金はこの店に入った時には分かってます、その少ない金額では全然たりないので、お客様の資産を売却していくらになるかを査定しないといけないんです、家はどこにありますか? 土地の所有証はありますか? 築何年ですか? 両親はまだご存命ですか? そこの資産も見ないといけないので……あ、お客様がこちらの言い値で了承するならすぐにでも助けに行きますよ」

 

 ラタは客の話を遮って、さらに脅しをかけていく。

だがウインクはする必要が無いだろう。

 

「ッッッ! ふざけないでよ! この……やっぱり噂どおりの守銭奴の店だ! 子供の命を救おうとしない、こんなにも頼んでいるのに……自分達の利益の事しか考えてない!」

 

 あー、これは特定しなくてよさそうだな。

ラタが圧をかけた途端、怒りやがった。

つまり、あの母親は自分の息子よりも金のほうが大切なんだろう。

一度金で怒った客は、賢い一部を除いてほぼ確実にうちには依頼してこない。

しかしまぁ、薄情な母親だ。

全財産を渡すだけで子供の命が保証されるのに、助けようとしない、ああ、なんて酷い母親だろう。


 ってかそもそも全財産すら捨てられないのに、守銭奴の店だって分かってるのに来るなよ。

もしくは普段から契約しとけよ、事前契約なら安いのに……そんな契約料すらケチる奴に守銭奴とか言われたくないね。

 

「もういい! 別の店に行きます!」

 

「まって下さい、このままだと死んでしまいますよ? お客様の息子さんは悪魔に食べられながら、苦しんで死にますよ? お母さんお母さんと泣き叫び、誰も助けに来ない場所で死にますよ?」

 

「まだ小さな子供もいるのに、全財産を支払ってどうやって生きていけるというのですか!」

 

「小さな子供……お客様、それは男の子ですか? それとも女の子ですか?」

 

「な……急に何、女の子だけど」

 

 あーあ、脅しすぎだ。

確かに支払いとして認めてはいるが、それは本当に最後の手段だろ。

支払い拒否した奴に対して使うやつなんだって。

もっと別のやり方で追い込めっての。

例えばそうだな、あの女にはまだギリギリ女として価値があるからな、娼館に売り飛ばすとかあっただろうに。

 

「なら早く言ってくださいよ! それなら全財産なんて必要ありませんよ」

 

「え……ほ、本当ですか?」

 

「はい! 小さな女の子は貴族に高値で売れるんです!」

  

 ラタの笑顔を見た女性は怒り狂って椅子を蹴り飛ばし、扉を勢いよく開けて店を出ていった。

ま、そりゃそうなるわな。

 

「あぅ……すいませんお師匠様、お客様を逃がしてしまいました」

 

 ラタは涙を流しながら、ぬいぐるみに頬ずりしている。

感覚までは共有されないはずだが、見ているだけでも暑苦しい。

ラタの提案や脅しに未熟な所があったのは事実だが、あの女が薄情な守銭奴なのもまた事実。

ラタを励ましてやるか。

  

「気にすんな、つまりあの客は息子より金を取ったって事だろ、私達が守銭奴ならむこうは薄情者だな」

 

 着替えを終えて一階に降り、ラタの隣に座る。


「わたしとお師匠様なら必ず助けるのに……まったく」

 

「そう怒るなって、それより昼飯は何だ?」

 

「今日は特製のシチューです! いっぱい作りました!」

 

「シチューか……前みたいに変なもん入れてねぇだろうな」

 

 この間のシチューは酷かった。

まさか自分の髪の毛を刻んで入れてくるとは……過去の私が師匠にした事をそのまま私にしてくるとは思わなかったよ。

教えてないのに自分の過去を覗かれたような気がして、もう本当にゾッとした。

 

「入れてませんよ! 今日はですね……フフッ」

 

 怖っ!

何で笑ったのお前、いや怖っ!

 

「あっ、お師匠様、またお客様です」

 

 入口が開き、白髪のなんとも綺麗な身なりの男が入ってきた。

あの感じはどこかの付き人か教育役か、どちらにせよかなり裕福な家庭の人間だな。

立派な白髪をきっちり整えて、ヒゲも整えられてやがる。

 

「お昼時に失礼、今よろしいかな」

 

「はい! どういったお話でしょうか」

 

「わたくし、フランソワーズ家より遣わされております」

 

 この町一番の貴族の家のフランソワーズ家の所の……ああ、コイツあのバカの家の使用人だったのか。


「フランソワーズ……契約台帳を確認しますので、少しお待ち下さい」

 

「ラタ、その必要は無い」

 

 フランソワーズ家は私と契約している。

かなりの長期間、冗談半分でふっかけた契約金をあの親バカは私にすでに支払っている。

そしてソイツの所の使用人が来た。

つまり……。

 

「この店に連絡せよ、そうすれば何も言わずとも分かるだろうと旦那様から言われていますが、よろしいですか?」

 

「ああ、居場所はこっちで特定するが時短のために聞く、何処に行ったか分かるか?」

 

「おそらく、宝石洞窟かと」

 

「宝石洞窟? ああ、もしかして幼馴染の男とかいるのか? そいつが助けに行ったって話をさっき聞いたんだが」

 

 男は首を横に振って、ため息交じりに。

 

「アテにならぬ物の事なぞ気にはしません……仮にそこに居たとしても、大魔術師タリラ様は"契約通り"に働く方だと、信頼に足る方だとお聞きしておりますので……お分かりですかな?」

 

「わかってる、一時間で助けるが届け先は何処にする? ここでいいか? 屋敷まで送り届けるぐらいなら無料でしてやってもいいが」

 

「いえ、宝石洞窟の入口で迎えと医療班を待機させておきますので、洞窟から回収してくださればそれで結構です」


 へぇ、随分と手厚く、随分と私は信用されていないみたいだな。

そんな警戒しなくても大丈夫だってのに、まったく。

 

「わかったよ……ラタ、契約者に結びつけた魔力を探知しろ」

 

 ラタが膝に乗せた水晶でそのお嬢様の姿を見ている。

剣で悪魔と戦っているが、その足元には護衛だった者と思わしき死体がいくつか転がっている。


「はい、まだ生きてますね」

 

 あのお嬢様の胸のブローチにあの剣……相当な値打ち物だ。

さっさと仕事を終わらせれば、もしくはこの使用人の意図を読み取ればアレ貰えたりしねぇかな……ムリかな。

 

「よし、んじゃ爺さん、さっさと洞窟前行って待ってろ」

 

 ラタは自分の使う大杖と懐に入れる魔術の補助用の杖を装備して、外部からの物理攻撃を受け流し無効化するローブに着替えている。

私は回収用のいつものローブだ。

 

「それじゃあ爺さん、50分後に入口で」

 

「よろしくお願いします、大魔術師タリラ様」

 

「ラタ、行くぞ」

 

「はい! テレポート!」

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