第7章:『二つの世界の交差する場所』

 文化祭から数週間が経ち、秋の気配が濃くなってきた。


 放課後の生物実験室で、空央は研究の追い込みをかけていた。顕微鏡をのぞきながら、時折メモを取る。


「まだ残ってたんだ」


 月詩が、そっと部屋に入ってきた。


「ああ、論文の締め切りが近くて」


「お邪魔しちゃうかな?」


「ううん、来てくれて嬉しいよ」


 月詩は空央の隣に座り、彼の研究ノートを覗き込んだ。


「相変わらず、細かいスケッチだね」


「うん。でも最近は、美咲さんみたいに、もっと感性的な部分も大切にしようって思うんだ」


「え?」


「ほら、この蝶の翅。単に構造を記録するだけじゃなくて、その美しさも表現したいって」


 月詩は嬉しそうに微笑んだ。


「私も変わったよ。以前は感情的な表現ばかりだったけど、今は科学的な正確さも意識するようになった」


 二人は顔を見合わせて笑う。


「ね、葉山くん」


「うん?」


「私たち、最初は全然違う世界にいると思ってたよね」


「そうだね。理系と文系で、話が合うはずないって」


「でも今は……」


 月詩の言葉が途切れる。空央は、彼女の目に映る夕陽を見つめた。


「今は、その違いが大切に思えるんだ」


「え?」


「だって、違うからこそ、お互いの知らない世界を教えあえる。それって、すごく素敵なことじゃないかな」


 月詩の目が潤んだ。


「私も、そう思う。葉山くんと話すようになって、世界がもっと広く、もっと美しく見えるようになった」


 二人の間に、柔らかな沈黙が流れる。


「美咲さん」


「うん?」


「僕、美咲さんのことが……」


 その時、実験室の窓を大きな蝶が舞った。


「あ、アオスジアゲハ!」


 二人は思わず立ち上がる。夕陽に照らされた蝶の翅が、虹色に輝いていた。


「きれい……」


 月詩の囁きに、空央は静かに頷いた。


「ね、美咲さん」


「うん?」


「この蝶の翅の構造は、特殊な光の干渉で虹色に見えるんだ。でも、その科学的な説明以上に大切なのは……」


「この瞬間の、美しさそのもの?」


「うん、その通り」


 空央は、月詩の手をそっと握った。


「僕は、美咲さんの感性が好きだ。物事の本質を、美しい言葉で表現できる力が」


 月詩は、その手をしっかりと握り返した。


「私は、葉山くんの探究心が好き。世界の神秘を、真摯に理解しようとする姿勢が」


 夕陽が二人を優しく照らしている。理系と文系、科学と文学、異なる視点を持つ二人は、その違いを認め合いながら、確かな絆で結ばれていた。

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