二輪の薔薇

コラム

***

昔々、国境にある村に、エリスという美しい少女が住んでいた。


彼女の美しさと優しさは村中の誰もが知っており、まるで赤い薔薇のように愛されていた。


特に彼女の家の庭に咲く「エルドラド」という赤い薔薇は、幸運をもたらすとされ、村人たちにとっても特別な存在であった。


広々とした庭園には色とりどりの薔薇が咲き誇り、風が吹くたびに芳しい香りが漂っていた。


特に「エルドラド」は、朝陽を浴びて輝くように美しく、花びらがまるで宝石のように見えるほどである。


ある日、エリスは村外れの森で傷ついた青年アンドリューを見つけた。


彼は盗賊に襲われ、怪我を負っていた。


エリスは彼を家に連れて帰り、傷の手当てをした。


森の中は静まり返り、葉の間から差し込む陽光がアンドリューの顔を照らしていた。


「どうしてこんなところに?」


「旅の途中で盗賊に襲われて……」


アンドリューは力なく答えた。


彼の目には、痛みと疲れが浮かんでいた。


エリスは彼の苦しみを感じ取り、何とかして助けたいと思う気持ちでいっぱいだった。


怪我が治るまでアンドリューはエリスの家に滞在することになり、次第に彼女に惹かれていった。


エリスもまた、彼の真摯な態度と優しさに心惹かれていく。


エリスとアンドリューは一緒に過ごす時間が増え、やがて恋に落ちた。


二人は「エメラルド」のような鮮やかな薔薇色の未来を夢見て、幸せな日々を過ごしていた。


しかし、アンドリューの過去が二人の関係に影を落とし始める。


実は彼は心の中で、ずっとエリスに本当のことを打ち明けるべきか悩み続けていたのだ。


庭園で手をつなぎながら散歩する二人の姿は、まるで絵画のように美しかった。


「君に隠していたことがある……」


「隠していたこと?」


「ああ、それは……」


アンドリューは重い口を開いた。


彼の心には罪悪感と不安が渦巻いていた。


内容を聞いたエリスは驚き、手に持っていた花を落とした。


「そんな……どうして……?」


実は彼は敵国の王子であり、追手から逃れていたのだ。


エリスの心は混乱と悲しみで揺れていたが、アンドリューを愛する気持ちは揺るがなかった。


数日後、どこからかアンドリューの正体が村人たちにバレてしまい、エリスの生活は一変した。


村人たちは彼女を避け、孤立してしまった。


それでもエリスは、アンドリューとの愛を貫く決意は揺らぐことはなかった。


しかし、追手が村に迫り、アンドリューはエリスを守るために自ら姿を現すことに。


「君を守るためにはこれしかないんだ」


アンドリューはエリスの手をしっかりと握った。


「どうか僕を信じてくれ」


「お願い、無事に戻ってきて……」


エリスは涙を流しながらうなずいた。


だが、結局アンドリューは処刑されることが決まった。


エリスは彼を救おうと考えたが、すべての努力は実らなかった。


村娘一人の力ではどうすることもできなかったのだ。


処刑のとき、空は曇り、冷たい風が吹き荒れていた。


何かできるわけでもなかったが、悩んだ末にエリスは、公開処刑の場へと向かう。


拘束されたアンドリューは、すぐに彼女を見つけると口を動かしていた。


“ありがとう、エリス。君との時間が、僕の人生で最も輝いていた”


その口の動きは、そう言っているようにエリスには伝わり、アンドリューは彼女の目の前で微笑みながら首を切り落とされた。


エリスの心は砕け、彼女の人生は一瞬で暗転。


彼を救えなかった無力さに胸を締め付けられる思いだった。


エリスは遠くから彼の姿を眺めながら、ただ泣き崩れた。


アンドリューを失ったエリスは、深い絶望に沈んだ。


彼女の美しさは色褪せ、薔薇色だったはずの人生は一気に灰色に変わってしまった。


村人たちはそんな彼女を避け、エリスは孤独な日々を過ごすことに。


庭にはもう誰も訪れることはなく、薔薇の花びらが次々と枯れていった。


エリスはその荒れ果てた庭を見つめ、涙を流した。


「もう、あの日々には戻れないのね……」


心にはぽっかりと大きな穴が開いたまま、時間だけが過ぎていく。


ある日、エリスはアンドリューと初めて出会った森に向かった。


彼女はそこで赤い花――かつて庭にあった「エメラルド」のような鮮やかな薔薇を見つけ、その美しさに瞳を潤ませた。


エリスはその薔薇を手に取り、それから自ら毒を飲み干した。


彼女の人生はまるで儚い薔薇の花のように、美しくも儚く散り逝った。


まるでアンドリューの後を追いかけるように。


森の中で見つけた赤い薔薇は、まるでエリスの最後の希望のように美しい。


エリスの手の中には一輪の赤い薔薇が握られ、風に揺れるその花びらは、まるで彼女の最後の息吹のように儚く揺れていた。


村人たちはエリスがいなくなった後、彼女の存在を思い出し、彼女の人生の美しさと悲しみを感じていた。


自分たちにも何かできることはあったのではないか……。


もしあのとき、エリスのためにアンドリューを匿ってやれれば……。


エリスの美しい死体を見た誰もが、心の底から胸を痛めた。


しかし、それはもう遅すぎる後悔であり、エリスの薔薇色の人生は永遠に失われてしまった。


その後、埋葬されたエリスの墓にはなぜか二輪の鮮やかな薔薇が咲き、それは村で代々大切にされることになった。


〈了〉

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