死の船出
立て続けに鳴り響いた銃声にラビドは何事かあったに違いないと人足達の一部を連れて密林をカルデラに向かって駆けていた。
そろそろ拠点からカルデラまで半分あたりに来た時だった。ラビドの鼻を異臭がついた。
「うっ、何だこの臭いは? 肉の溶けたような酷い臭いだ」
少し先行していたラビドが鼻を手で覆い立ち止まったので追い付いた人足が声をかける。
「どうかしましたか?」
「酷い臭いだ。わからないか?」
「? そういえば何か甘い芳香が……」
「甘い? これは腐臭、いや死臭だろう」
顔をしかめたラビドが他の人足にも尋ねたが誰も彼も甘い芳香がすると返す。
自分だけが違う匂いを感じていることにラビドはそんなバカなとさらに顔をしかめた。
異臭はだんだんと強くなっていくようで、人足達は酒に酔ったようにふらふらとしてどこか覇気が無くなっていた。
この匂いは何か良くないとラビドが異変に前身を躊躇っていると、密林の奥に人影が見えた。ハウゼンの隊が戻ってきたかとラビドは胸を撫で下ろしかけたが空気をつんざく銃声がその安堵を搔き消した。
頭のすぐ脇を弾丸が抜け人足の1人が頭を撃ち抜かれた。
「撃つな! 人だ! 獣では……」
そこまで言いかけて密林を掻き分けて姿を現したモノをはっきりと目にしてしまったラビドは目を見開き声に鳴らない喘鳴のごとき呻きを漏らした。
それらは死人だった。一目で生きていることがあり得ないとわかるような致命傷を負ったハウゼン隊の隊員達がその内からだくだくと青い液体を滴らせていた。
死人達は生前の彼らがそうであったように秩序だった動きでマスケットを構える者と弾込めをする者に別れた。それは獲物を狩る為の動きだった。
咄嗟に身を屈めたラビドの上をさらに銃声が突き抜け人足が撃ち倒される。
しかし人足達は逃げることもなく、それどころか手を伸ばして死人達に近づこうとさえした。
その虚ろな視線の先には鮮やかな青い薔薇が死人の1人の手の中にあった。
ラビドは地面に這いつくばりほうほうの体で這うようにその場を離れんと必死で手足を動かした。
銃声と肉を引き裂く湿った音が聞こえなくなった頃ラビドは死人の一団の中にハウゼンの姿が無かったことにようやく気がついたが、確かめに戻る勇気は微塵も沸いてこなかった。
ただ死人達の青い顔が自分が隠れている木のウロを覗き込みにこないよう十字を切り続けて祈っていた。
どれほどそうしていたか、一度夜を迎え再び朝が来たことだけは確かだった。
ラビドは恐る恐る縮こまらせていた手足を伸ばしウロから這い出ると目をギョロつかせて密林を掻き分けて野営へと足を進めた。
「なんと言うことだ……船が……船が」
ラビドが野営に戻れば、特に荒らされた様子もなく出てきた時そのままであった。しかし、浜に繋いでいた小舟と係留していたマリー・ディアリング号だけが忽然とその姿を消していた。密林からは浜へと続く足跡が無数に続いている。
置き去りにされたことか、あるいは死人達が旅立ってしまったことか、何に嘆けばいいか分からずラビドは呆然とその場に立ち尽くした。
やがてラビドは浜に額を擦り付け己が信じる神へと祈り始めた。
普段であれば船旅の安寧を願うその祈りは真逆の、どうかあの船を沈めてくれと願うものだったが、雲一つない青い青い空がずっとずっと遥か西の果てまで続き水平線で海と重なって一つの青色になっていた。
それでもなお地に臥して祈るラビドの鼻を甘い甘い芳香が仄かにくすぐった。
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