第15話 ミルクティ

「一ノ瀬さん、最近よく紅茶飲んでるな」


 休み時間。

 教室に戻ってきた一ノ瀬さんは、両手でホットのミルクティーを挟んでいた。


「うんっ。そろそろ暖かくなってきて、ホットがなくなっちゃうからね」

「冷たいのは飲まないの?」

「あんまりかなぁ。ほとんど別物だから」

「そうなんだ」


 普段紅茶をあまり飲まないから、その辺りはよく分からないけど。

 そうなると確かに、ホットがなくなるのは寂しいものなのかもしれない。


「あれ? よく見ると少しパッケージが違うような」


 俺がそう言うと、一ノ瀬さんはパッと表情を輝かせた。


「そうなんだよっ。実はこれ限定のやつなのっ。だから本当に夏になったらお別れなんだよーっ」

「へえー」

「そうだっ、良かったら飲んでみてよ! シナモンが効いてておいしいんだよ!」


 うれしそうに、小さめの缶を寄こしてくる一ノ瀬さん。

 あ、いや、この流れってさ……。

 グッと押し出された紅茶の缶を見て、息を飲む。すると。


「……あっ」


 気付いたのだろう一ノ瀬さんが、小さく声を出した。

 そうだよな! そうなるよな!

 このまま行ったら、間接キスになるんだよ!

 俺は一ノ瀬さんが気づいてくれたことに、九割安堵して息をつく。しかし。


「――――おいしいから、飲んでみて」


 嘘だろ……?

 あらためて、缶を渡された。

 ええ……気づいてやめるんじゃなくて、そこからさらに押してくるの?

 即座に、こっちへ視線を向けてくる横野さん。

 前田さんは……鏡の反射を使って、こっちの様子をうかがってる!!


「ほらほら、飲んで飲んで」


 ニコニコしながら見てくる一ノ瀬さん。

 ……それなら、恥ずかしがったら負けだ。

 俺は知っている。

 こういうのは意識してしまって時間をかける方が、余計に弄ばれることになる。

 泥沼に引き込まれる前に、さらっと飲んでしまおう!


「そっか。それなら一口もらおうかな」


 俺は「なんてことないです」みたいな顔を作って、一ノ瀬さんから受け取った缶をそのまま傾け一口。

 もちろん、緊張で味は分からない!


「……どう?」


 一ノ瀬さんは、じっと俺を見つめながら問いかけてくる。


「なるほどなぁ。確かにこれはおいしいな」


 ……やった。

 これは顔に出さずにやり切れた!


「そうでしょー?」

「ああ、ジンジャーの風味が良く出てるな」

「ふふっ、シナモンだよ」

「っ!?」


 言われた瞬間、決壊するかのように熱くなる顔。

 しまった、余計な一言を付け足さなきゃよかった!

 結局隙を見せることになってしまった俺に、一ノ瀬さんは満足そうに笑う。


「あ、ありがとう」


 敗北を喫した俺は、ミルクティの缶を返した。


「…………あっ」


 そして一ノ瀬さん、受け取ってから気づく。

 そうなんだよ。

 これが一ノ瀬さんのミルクティーってことは、俺に飲ませた後、自分のところに戻ってくるんだよ。

 じっと、手にした缶を見つめる一ノ瀬さん。

 な、なんかこっちも、ドキドキしてきた。


「あれ、一ノ瀬それ飲んでるのか。うまいよな」

「っ!!」


 ここぞとばかりに、振り返ったのは前田さん。


「そ、そうだよね。これおいしいよねっ」


 向けられる視線に、一ノ瀬さんは恥ずかしそうにする。さらに。


「冷めないうちに飲むべき」

「っ!!」


 さらに横野さんも、ホットゆえの『冷めてしまう』というポイントを突いて追撃。

 もちろんこっちも、興味津々だ。

 さらに向けられた視線に、いよいよ耳を赤くする一ノ瀬さん。

 こればかりは俺にも、助け船の出しようがない。


「……い、いただきます」

「あははははっ、その一言要らないだろ」


 前田さんの笑い声にもっと赤くなりながら、一ノ瀬さんはそっと両手で持ったミルクティを口元へ。

 そして、口をつける。


「や、やっぱり、おいしいね」


 そして、いつも通りの笑みを浮かべて見せた。


「一ノ瀬」

「な、なにっ?」


 前田さんに呼ばれて、しどろもどろになる一ノ瀬さん。


「どんな――――味がした?」

「けほっ! けほけほっ!」


 思いっきり、むせ返る。


「ど、どんなって! そんなの分かんないよーっ!」


 一ノ瀬さんがいよいよ顔まで赤くしながら言うと、横野さんがしれっとつぶやく。


「シナモンミルクティーの味のはず」

「はっ!」


 横野さんに言われて、ハッとする一ノ瀬さん。

 一ノ瀬さん完璧に、間接キスについて聞かれたと思ってたな……。


「「あはははははっ」」


 楽しそうに笑う、前田さんと横野さん。

 二人並んで赤面する、俺と一ノ瀬さん。

 休み時間が終わっても、耳には高鳴る鼓動の音が聞こえたままだった。

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