第19話 アタシの気持ち。※鮫田ヒラリ視点
文化祭最終日の夕方、有馬から連絡があった。
――毎朝のお迎えを復活させてもいいですか。
有馬からのlimeに対し「え~? どうしようかな~?」と、名月はいたずらな笑みを浮かべる。
アタシも名月も、有馬に何があったのかは分からない。
アイツの中に何かがあって、勝手に傷つき、勝手に復活した。
……いや、違うか。
昨日の文化祭初日の後、名月は有馬の家にお見舞いに行ったんだ。
先生に住所まで聞いて行ったのだから、それなりの効果があったということなのだろう。
スマホを手に持ち
二人の仲が若干でも進展したのであれば、アタシとしては喜ばしい限りだ。
「昨日、お見舞いに行った甲斐があったな」
「ふふっ、そうだね。有馬君が何を悩んでいたのかも、検討がついたしね」
「そうなのか?」
「うん。なんか有馬君、私の元カレについて気になっていたみたいなの」
名月の元カレ。
いたのか、そんな奴。
「アタシも初耳だな」
「そうだっけ? でももう、彼とは終わってるから、全然気にしなくていいのにね。私の友人関係まで気にかけてくれるとか、本当に優しい人だよね。ヒラリちゃんも、もっとちゃんとアピールしないとダメだよ? あんな良い人、滅多にいないんだからね?」
「……なんで、アタシがそんなことをしないといけないんだ?」
「え? ダメダメ、私にはお見通しなんだからね? さてと、有馬君に返事書いておこうかな」
名月に元カレがいた、まぁ、そんな事実を知ってしまっては、落ち込みもするか。
しかし、なんでそんな情報を有馬が手に入れることが出来たんだ?
アタシだって知らない情報だったのに。
「おはようございます」
そして翌平日の朝、有馬は申し訳なさそうに名月の家へとやってきた。
相も変わらず名月は家を出ていない。
つまりこの瞬間だけ、アタシと有馬は二人きりだ。
「おはようさん、復活したみたいで何よりだな」
「すいません、鮫田さんにもご迷惑をお掛けしました」
「別にいいって、有馬の変化は分かりやすいからな」
目に見えて落ち込むとか、どんだけ惚れてんだよって思ったけどな。
でもまぁこれで、有馬も張り切って、名月に再アプローチが出来るってもんだ。
そろそろアタシの送迎も、不要になるってことかな。
後は若い二人に任せて、老兵は綺麗に去るが吉、だな。
「あの、鮫田さん」
「なんだ? 改まって申し訳なさそうにして」
「いえ、その……今日の昼休みとか、時間あったりしますか?」
「今日の昼休み?」
「その、ちょっと、大事なお話がありまして」
大事なお話。
「出来たら、校舎裏まで来ていただきたいのですが」
校舎裏。
有馬と二人きりで、校舎裏。
大事なお話。
大事なお話って、やっぱり、大事なお話ってことだよな。
「な、なぁ有馬」
「はい」
「それって、名月じゃなくても、大丈夫なのか?」
「はい……いえ、むしろ、鮫田さんじゃないとダメなんです」
アタシじゃないとダメ。
アタシじゃないと、ダメ?
……アタシじゃないと、ダメ!?
いやいやいやいや、ダメだろ! 何考えてんだこの男は!
ほんのちょっと前まで名月が好きだったんだろ!? しかも元カレを知って落ち込んでたじゃないか!
名月以外にも浴内だって有馬を好きなんだ、なんでその二人を抑えてまでアタシを!?
――――!
名月が玄関の隙間からアタシ達を見ている!
両の眼をお星様のように輝かせながら、嬉しそうにしてコッチを見ていやがる!
ここは断ったりしたら絶対にお節介を焼かれる!
とりあえず了承して、それで断れば良しだ!
「わ、わかった。今日の昼な」
「ありがとうございます、良かった」
良かったとか!
良かったとか言うなよ!
相手はアタシなんだぞ!?
アタシなんかで良かったとか、おかしいだろうが!
「おっはよー! お待たせしちゃったね!」
「
「あ、ああ、名月、おはよう」
「むっふー!」
名月、なんだよその目は!
アンタ、目で語るような女じゃなかっただろうが!
その後、今日も寒いねぇ、みたいな世間話をしながら、三人バス停へと歩き。
「じゃあ、また後で」
「最近寒いから、時間掛かってもいいからね」
「はい、ありがとうございます」
バスの扉が閉まるなり、名月はアタシに飛びついてきた。
「ヒラリちゃん! 良かったねぇ!」
「何も良くねぇよ」
「またまたぁ、私は見抜いてたよ? 絶対有馬君、ヒラリちゃんに惚れてるんだろうなって」
「そんな訳ないだろうに」
「だって、じゃなかったら浴内さんの告白断ったりしないもんね! 良かった、本当に良かったぁ……うぅ……うぇぇ……良かったよぉ……」
めちゃくちゃに喜んでいたかと思ったら、急に泣き出しやがった。
「名月、泣くなよ」
「だって、だって、私が困った時に手を差し伸べてくれた二人なんだもん。仲良くしてくれないと困るよ。ひっく……私は、幸せそうにしてる二人以外、見たくないんだもん」
名月から見て、アタシ等ってどういう存在なんだかね。
仲良くしてなきゃダメだとか、パパとママみたいじゃないか。
でもまぁ、そんな名月を見て、逆に腹が座ったというか。
「名月」
「ふぇ」
「ありがとうな」
「……うん」
頭を撫でてやったら、素直に微笑んでくれる。
こんな娘が本当にいたりしたら、可愛くてしょうがないんだろうけどさ。
アタシがママで、有馬がパパで、なんてな。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いいよ、急いで怪我とかしたら大変だもん。ね、ヒラリちゃん」
「ん、ああ、そうだな」
正門で有馬と合流すると、有馬はアタシを見て笑みを浮かべた。
別に、いつものことなのだと思うけど、なんでだか今日は、無駄に輝いて見えた。
意識しすぎだろって、自分でもなんかちょっと笑える。
その日の昼休みまでの時間は、いつもよりも早く感じた。
先生の言葉がクリアに耳に入ってきて、気づいたら授業も終わっていたり。
友達との会話の最中も、どこか呆けた感じになってしまったり。
授業中に、有馬の背中に見入ってしまったり。
なんだか自分が乙女になった感じがして、なんか、なんかすごく、変な感じがした。
「ヒラリちゃん、これ」
「これって、香水?」
「うん、ちょっとだけ付けるだけでも、全然違うから」
「……アタシって、普段は臭いってこと?」
「違う違う! ヒラリちゃんは良い匂いだけど、勝負の時だからね」
勝負の時って、どんな時だよ。
他にも、無駄に睫毛整えられたり、化粧でやたらと盛られたり。
「はい、出来たよ。鏡見て、ヒラリちゃん」
女子トイレの鏡、そこには、アタシの知らない鮫田ヒラリが、映し出されていた。
完全に別人、笑っちゃうぐらい気合はいってんの。
こんなアタシ見たら、有馬なんて腹抱えて笑い転げるっつーの。
でもまぁ。
「ありがとうな、名月」
素直に感謝だけは、伝えておこう。
アタシなんかの為に、全力を出してくれる友達がいてくれるんだからさ。
「へぇ、見違えたね」
校舎裏へと向かう途中、猫屋敷が声を掛けてきた。
あの一件以降、コイツとはほとんど接点が存在しない。
一瞬で、心が臨戦態勢に入る。
「可愛いの、大好きな人に告白でもされに行くの?」
「別に、猫屋敷には関係ないだろ」
「何を期待しているのか知らないけどさ、多分、アンタが期待してるような内容じゃないと思うよ?」
何かを知ってそうな素振りに、イラっとした。
「私地獄耳だからさ、有馬と鷹野が会話してるの、聞こえちゃったんだよね」
「有馬と鷹野が?」
「そ、鷹野、鮫田のこと好きらしいよ? それで、有馬を通じて紹介して欲しいって話」
有馬が鷹野を紹介する。
それはつまり、有馬はアタシのことを何とも思っていない、ということか。
「その化粧、もしかして鮫田、鷹野のこと満更でもなかったって感じ?」
「鷹野なんて知らねぇし、この化粧は名月達が勝手にやっただけだ」
「勝手にやったし、勝手にやらしてあげたんでしょ? そこに意図が何もない、ってことは無いよね?」
そこまで言うと、猫屋敷は腕組みしたまま、廊下の中央に陣取った。
まるで、ここから先には行かせない、そんな風に言っているように見える。
「……何が言いたいんだよ」
「このまま校舎裏に行ったら、アンタが傷つくかもしれない」
「アタシが傷つく?」
「私は嫌われ者のままでいい、でもね、彼を悪役にしたくはないんだ」
何を言ってるんだ?
猫屋敷の言う彼って、もしかして有馬のことか?
なんで、猫屋敷が有馬のことを庇う?
「いろいろと分からないことが多いが。通してくれ、結果がどうあれ、アタシが傷つくことはない」
「……止めたからね?」
「ああ、ありがとよ。なんかちょっと、お前さんの見方が変わった気がするよ」
猫屋敷の奴、もしかして有馬に惚れてるのか?
なんだよアイツ、想像以上に大人気じゃねぇか。
むしろ、アタシが名月の背中を、押してやらないといけないかもな。
だから、有馬に鷹野を紹介されようが、アタシが傷つくことなんか何もない。
むしろ、最初から期待なんかしてなかったんだ。
だって、アタシと有馬の出会いは、最悪も最悪だったんだからな。
名月が登校拒否になって、その原因がお前だろって、最初に脅したのはアタシなんだからさ。
「よ、大事な話って、なんだよ」
だから、ここで違う男を紹介されたとしても、アタシは別に傷つかない。
傷つく必要がない、だって有馬にとって、アタシはそういう存在なんだからさ。
「鮫田さん、来てくれてありがとう」
「なんだ、誰か男でも紹介してくれるのか?」
ほれ、話しやすい空気を作ってやったぞ。
鷹野でも誰でも、適当に紹介してくれよ。
「紹介? ああ、鷹野君のこと? え、誰から聞いたの?」
「……誰だっていいだろ?」
「ああ、うん、じゃあ、その話が無くなったって事も、知ってるってこと?」
話が無くなった?
「いや、それは、知らない」
「なんかね、鷹野君、二年生の先輩に告白されたみたいで、その人と付き合うことになったらしいんだ。鷹野君にお願いされてから結構時間空いちゃったしさ、いつの間にって感じだよね」
「……なんで、お願いされて、時間空けてたんだ?」
「僕にとって、鮫田さんが必要だったからかな」
まっすぐな瞳で言われると、もう、心がダメだった。
なんか急に心臓が飛び上がるぐらいにバクバクし始めて、嫌でも自分の感情が分かっちまう。
「今日、呼び出したのはね。鮫田さんに、これを渡したかったからなんだ」
有馬が差し出してきたもの。
ピンク色の包装紙に包まれた、長方形の箱。
誰がどう見てもプレゼントのそれは、アタシには不釣り合いなもの。
「開けて、いいのか?」
「うん」
「じゃ、じゃあ、開けるぞ」
普段とは違って、包装紙のシールを一枚一枚、丁寧に剥がす。
指先が震えちゃって、乙女か! って、心の中で自分にツッコミを入れた。
バラの模様が入った箱。シンデレラフィットしたその箱を開けると、中には高そうなピンク色のボールペンが二本と、可愛らしい、箱と同じバラ柄のリップが入っていた。
「……随分と、綺麗なペンだな」
「鮫田さんに似合うかと思って」
「アタシに?」
「だって鮫田さん、結構乙女なところあるし」
アタシが乙女? 一体コイツはアタシのどこの何を見てそう思ったんだよ。
「っ、っていうか、何なんだよこれ」
「ごめん、かなり遅い誕生日プレゼント」
「誕生日プレゼント?」
「うん、鮫田さんの誕生日、8月8日でしょ? 鮫田さんの友達から教えて貰ったんだ」
誕生日プレゼントを渡す為だけに、今日呼び出したってこと?
「このプレゼント、有馬が考えて、選んでくれたのか?」
「ああ、うん、一生懸命考えて選んだんだけど……どうだった?」
有馬が、アタシのことだけを考えて選んでくれた、プレゼント。
アタシを、喜ばせようと思って、それだけの為に。
「……別に、有馬らしいなって、思ったよ」
「へへ、そう? 喜んでくれたみたいで、良かった」
照れ笑いする有馬を見て、
ああ、そうなんだなって、自分の中ですとんと、何かが腑に落ちた。
「なぁ、有馬」
「うん?」
「お前さ、名月のこと、好きなんだろ?」
「え? ……うん、そうだけど」
アタシはやっぱり、コイツに惚れちまってるってことなんだな。
独占したい。
ずっと二人だけでいたい。
他の女のことは考えて欲しくない。
こうして二人だけの時間を、毎日大事にしたい。
「じゃあ、このプレゼントは、友情の証ってやつだな」
「そうだね、あまりプレゼントは良くないって、浴内さんにも言われたんだけどさ。でもやっぱり、僕は親しい人の誕生日にはプレゼントを贈りたいし、相手が喜んでくれるのなら、僕も嬉しいし」
浴内にも、何かあったってことなのかな。
ほんと、コイツは根っからの人でなしだな。
「有馬、プレゼントのお返しがしたいんだけど、目をつむってくれるか?」
「へ? うん、いいけど」
根っからのお人好し。
私よりも背の小さい、なのにしっかりとした芯のある、誠実な男。
髪はやや癖のある直毛で、最近の流行りなんか全然意識してない。
優しさが表にでてしまっている三日月みたいな眉に、綺麗な二重、丸い耳。
男のくせに睫毛が長くて、瞬きする度にふわふわと揺れる。
丸くなく、高くない鼻に、運動部らしいすっきりとした頬。
髭が全然生えてなくて、ちょっと子供っぽい。
優しくて、一途で、面白くて、マジメで、しっかりしてて、落ち込みやすくて、お節介焼きで。
ちょっと勉強が出来てないけど、でも努力家、部活も頑張っているし、毎日全部が凄い男。
私は、そんな有馬に、いつしか惚れてたんだ。
出来ることなら、この男のどこかに喰いついていたい。
誰にも取られることのない場所で、ずっと二人、笑っていたい。
だけど。
私は名月と同じ。
二人が笑っているところを見るのが、一番大好きなんだ。
「むぎゅ!」
「ふへへ」
「な、何すんですか! いきなり頬をつねるとか!」
「いいんだよ、有馬なんだからさ」
「まったく、意味分からないですよ……」
もし。
「なぁ、有馬」
「なんですか」
もし、名月がダメだったら。
「頑張れよ」
「……うっす」
その時は、アタシが拾ってあげるからな。
だから、今は頑張れって、応援しておいてやるよ。
……里野君。
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