第2話 この赤ちゃんが魔王と女神!?
けれど、ルーシーはこちらを睨み殺すようにして目を細めてきた。
「お前がボクを助ける? 反吐が出る甘さだね。ボクが、どれだけの人々を殺してきたと思っているんだ? 助けるというならなんであの世界の連中を殺さなかった? 連中を助けるためにボクを殺しておきながら、今度はボクを救う? そんな安っぽい同情、侮辱と同じだよ!」
「でも、それでも俺はお前を助けたいんだッ」
俺が声を強めた。
「可哀そうな人を見て、助けてあげたいって思っちゃダメなのか? 俺も矛盾していると思う。異世界に言って、お前のせいで苦しむ人たちを目にして、助けてあげたいと思った。だけど、ルーシーの事情を知るうちに、お前も被害者なんだって思ったら、お前のことも助けたくなった。どっちも本当だ!」
「……」
魔王が何か言おうとすると、機先を制するように、マリアが口を挟んできた。
「ルーシーさん。こんな勇者様だから、私は彼を転生させたんです。他人の幸せを喜び、不幸を悲しみ、救いたくなる。それが、勇者の適正なんです」
「ッッ、だけど、ボクよりも先に救うべき人たちがいるじゃないか。ボクがいなくなっても、ボクのせいで家族を失った人たちの苦しみは終わらない。まだ向こうには、ボクの犠牲者が大勢いる。その人たちになんて言うんだい?」
皮肉を込めて声音に、俺は息をのんでから静かに答えた。
「お前とは無関係なのに襲われた人たちも辛いと思う。だけど、俺だって全てを一から十まで救える神様じゃない。だけどお前にそんなことをさせたのは異世界の権力者で、なら、結局悪いのは権力者たちだ! お前は何も悪くない!」
俺が言い切ると、ルーシーは言葉を呑み込むようにして黙った。
そんな彼女に歩み寄りながら、俺は本音で語り掛けた。
「それに、俺はルーシーと関わった。戦った、言葉を交わした、ルーシーの不幸を知ってしまった。なら、もうほうっておけないよ」
戸惑うルーシーを逃がすまいと、彼女の肩をわしづかみ、俺は目を見て断言した。
「顔も知らない誰かの不幸より、俺は、目の前で苦しむ魔王を助けたい」
「ッッッ!?」
真紅の瞳を丸く見開き、ルーシーは瞠目して固まった。
「わかったら一緒に地球に行くぞ。マリア、俺とルーシーは男女の双子にしてくれ。それなら一緒にいられる」
「待て、双子ではなくおない年の従妹(いとこ)にしてくれ」
思いがけないルーシーからの願いに、俺は振り返った。
すると、何故か彼女は頬を赤く染め、顔を背けつつ、横目でチラチラと視線を送ってきた。
「兄弟だと結婚できないからね。大人になっても一緒にいられるよう、結婚できる従妹のほうが都合がいい」
――ん? なんかだかルーシーの様子がおかしいぞ?
俺が訝しむと、マリアが慌て始めた。
「え、あ、はいそうですね。じゃあ従妹にしますね。ではお二人とも、地球へどうぞ」
マリアが言うや否や、俺らの足元に光の魔法陣が開いた。
「おい、ちょまっ!」
そして、俺らは有無を言わさず落下。
意識がブラックアウトした。
◆
混濁した意識がはっきりしてくる。
どうやら、俺は無事、生まれたらしい。
だけどとにかく眠い。
もうろうとする意識の中、必死に周囲を見回す。
どうやら、内装を見る限り、どうやら比較的裕福な家庭らしい。
ここは、マリアなりのオマケだろう。
しばらくすると、俺は優しい父親と母親に育てられ、一か月が経った。
異世界に転生した時もだけど、赤ちゃん時代はとにかく暇だ。
――ルーシーがいれば一緒に喋って時間を潰せたんだけどな。
実は、彼女を双子の妹にしようとしたのは、こういうのを見越した部分もある。
――つっても、赤ちゃんのうちは喋れないか。
そんなある日、家に誰かが訪ねてきた。
「ほうら、朝俊ちゃん、可愛い従姉妹ちゃんたちだよ♪」
そして、俺のベビーベッドに二人の赤ちゃんが寝かせられた。
金髪碧眼の赤ちゃんが右手を挙げた。
「ばぶー(一か月ぶりです、勇者様)」
白髪紅眼の赤ちゃんが両手を挙げた。
「ばぶー(久しぶり勇者、やっと会えたね)」
「ばぶ!? (え!? 二人の言っていることがわかるぞ!?)」
マリア?がこてんと首を傾げた。
「ばぶ(お忘れですか? 勇者様は自動翻訳スキルをお持ちであることを)」
「ばぶぁ(でも俺、異世界時代に赤ちゃんの言葉わからなかったぞ?)」
「ばぶ(それは赤ちゃんが言葉を知らないからです)」
「ばぶー(なるほど。それよりなんでマリアまで転生しているんだ?)」
「ばぶ(二人のサポートのため、今回に限り下天させてもらいました。私も、ルーシーさんには幸せになってもらいたいので)」
「ばぶー♪ (ありがとうマリア。大好き♪)」
赤ちゃんルーシーは、赤ちゃんマリアにむぎゅっと抱き着いた。
「ばぶ(ただし、スペックは人間の枠に収まる範囲まで落ちています)」
「ばぶぶー(それより勇者がいなくてずっとヒマだったよ)」
手足をぱたぱたさせて、ルーシーが俺に抗議してきた。
「ばーぶ(こっちは一人だったからもっとヒマだったぞ。だから双子にしようって言ったのに)」
「ぶー(だからそれだと結婚できないじゃないか)」
ジト目を作り、ルーシーはぺしぺしと俺の頭を叩いてきた。
――こいつ、雰囲気変わったな?
「じゃあマリア、ルーシー、朝俊君と仲良くするんだぞ」
知らないおじさん、たぶん二人の父親であろう人に言われて、俺は気づいた。
「ばぶぁっ!? (え? お前ら本名なの!? なんで!?)」
マリアがちっちゃくガッツポーズを作った。
「ばぶ(ご両親の夢に出てマリアとルーシーと名付けるように誘導しました)」
ルーシーもちっちゃな拳を作った。
「ばぶっ! (今日ここに来たのも従妹に会わせるよう誘導したからだよ!)」
「ばぶっ!? (洗脳じゃねぇか!? 俺なんて違う名前で実感なくて困っているのに!)」
「ばーぶ? (じゃあ勇者様のことはこれからも勇者様とお呼びしますね)」
「ばぶっ! (恥ずかしいからやめてくれ!)」
従妹から勇者と呼ばれる男子、おかしな噂が立ちそうだ。
「ばーぶ(じゃあボク、ダーリンて呼ぶね。将来結婚するんだし)」
「ばばぶっ(もっと恥ずかしいわ!)」
笑顔のルーシーがテンションを上げた。
「ばーぶ♪ (じゃ、ハニー♪)」
「ばぶっ(それも却下だ! 朝俊って呼べ)」
「ば、ばぶ(え、それは恥ずかしいかな……)」ぽっ
「ばぶんっ! (お前の基準がわからねぇよ! ていうか結婚する前提で話すな!)」
「ぶー、ばぶー(だって地球を救ったら天界で一緒に暮らすんでしょ? じゃあ地球で結婚してもいいじゃない?)」
「ばぶっ!? (え!? いや、天界で暮らすって、そういう意味じゃ……)」
俺がしどろもどろになると、ルーシーはにじり寄り、俺に抱き着いてきた。
「ばーぶ、ばぶぶー? (えー、でも勇者の事情知っているのボクだけだし、この世界を救うためにはずっと一緒にいないとだし、ならボクたちベストパートナーでしょ。それとも勇者、ボクじゃ不満?)」
生前の面影をふんだんにあしらった美幼女フェイスで、ルーシーは頬ずりをしてきた。
「ばぶんっ! (そ、それは……)」
繰り返すが、ルーシーは最上級の美少女だ。
男としては、かなり魅力的だ。
「ばぶぶー! (確かにルーシーは美人だけど、結婚は顔でするものじゃないぞ!)」
「ばぶ♪ (じゃ、ボクがいい子にしていたら結婚してくれるんだね。やった♪)」
「ばぶっ!?」
ルーシーは俺に覆いかぶさり唇にキスをしてきた。
こうして俺のファーストキスはぜ0歳にして奪われ、俺はもう心身ともにルーシーに惹かれてしまった。
ちなみに、両親は微笑ましく眺めてくるだけだった。
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