魔王と転生女神を連れて異世界帰りの俺、勘違い現代魔法使いたちに焼き土下座させる!

鏡銀鉢

第1話 異世界を救った勇者は地球に変える前に魔王が気になる


「勇者様、よくぞ魔王を倒し、異世界を救ってくれましたね。報酬として、お約束通り好きな条件で地球に転生させてあげられます」


 天井まで伸びる本棚に囲まれた大図書館で、俺は司書服に身を包んだ金髪碧眼の美少女と対峙していた。


 知っている。

 この場所も、彼女も。

 ここは俺が日本で死に、訪れた場所。

 彼女は、俺を異世界に転生させた女神、マリアだ。


 室内でも光沢を持つ美しい金髪をシニヨンヘアーでうしろにまとめ、大粒のサファイアのような瞳はクールでありながら、その瞳の奥には深い慈愛を感じさせる、神秘的な美貌の持ち主だ。


「あぁ、そうかよ……」


 好きな条件で第二の人生を送れる。

 その破格の条件に、だけど俺の失意は晴れなかった。

 むしろ、この悲しみを抱えて、どう次の人生を送れと言うのか。


「ですが、非常に申し訳ないことになってしまいました」


 お人形さんのような無表情をわずかに曇らせ、マリアは俺を見つめてくる。


「勇者様を転生させるべき地球が、まもなく滅びることがわかりました」

「え?」


 その事実に、俺は反射的に顔を上げた。


「こちらをご覧ください」

 言って、マリアが手で指したのは、大図書館にある柱時計だった。


 大きくて古めかしい、アンティークを感じさせる立派な柱時計は、だがよく見れば違和感に気づく。


「なんだこれ? 文字盤がおかしいぞ?」

「それは終末時計。その世界が、あと何年で滅びるかを表したものです。長針が月を、短針が年を現したものです」


「今が九時? これってどうなるんだ?」

「地球は、あと三〇年で滅びます」

「!? なんで滅びるんだよ!?」


 思わず絶句してから、俺は理由を問いただした。

 それに、マリアは首を横に振って応えた。


「わかりません。ただ、終末時計は絶対です。このままでは、勇者様の暮らす地球は滅びます。異世界を救った報酬が、滅びの世界など悲し過ぎます。なので、誠に図々しいとは思いますが、地球を救ってくださいませんか?」

「異世界の次は地球か? やるしかないだろ。見捨てられない」


 俺が承諾すると、何故かマリアは、さらに悲しそうな顔をした。


「本当に申し訳ありません。異世界を救う為に、貴方には散々辛い思いをさせてしまいました。なのに、ここにきてさらに貴方の善意に漬け込むようなことを」


 わずかに伏せて青い瞳は、涙の膜で濡れていた。

 彼女のそんな顔をさせてしまうのが辛くて、俺はマリアに歩み寄った。


「泣くなよ。その分、報酬はきちんともらうからさ」

「はい、天界が許す限りどんな願いで叶えられます。また、二度、世界を救った方は、死後、天人となり天上界で幸せに暮らすことが許されます。そうしたら、一緒にたくさんお話しましょうね」


 マリアがささやかな微笑を浮かべてくれた。

 そのことだけで少し救われるも、惜しい気もした。


 ――彼女にも、こんな笑顔をあげたかった……。


 心にかかる失意に、だけど俺はハッとした。


「そういえばマリア、魔王はどうなるんだ?」

「はい、魔王ルーシーは罪人なので、その魂は地獄に落ちることになっています」

「それは駄目だ」


 俺はきっぱりと否定した。


「マリアも知っているだろう? ルーシーは悪くない。あいつは生まれつき魔力が強すぎて危険視されて、政府から殺されそうになって、正当防衛で返り討ちにしたら魔王認定されて世界中から命を狙われる身の上になっただけじゃないか」


 語気を強める俺に、マリアはたじろいだ。


「それは、そうですが、しかし彼女のせいで失われた命があまりに大きすぎます。天界の法では救済の余地がありません」


「なんでだよ? 魔力が強すぎるのは、チートをもらった俺も同じだ。同じ最強の魔力を持つ者同士なのに、俺は勇者でルーシーは魔王か? そんなの、時代の都合じゃないか。俺だって同じ境遇なら、きっと魔王になっていた。周りの都合で殺されそうになって、返り討ちにされた魔王認定で殺されて地獄行きって、それじゃああいつはどうすれば良かったんだよ? 最初に黙って殺されるための命だったのか!?」

「それは……」


 マリアはうつむき、体を強張らせていた。

 気が付けば、俺は彼女の肩を強くつかんでいた。


「ごめん、マリアは悪くないのに……」


 俺は彼女から手を離して謝った。


「いえ、当然のことです。私も、あまりに理不尽だと思いますから……」


 忸怩たる思いを感じさせる表情で、マリアは桜井色のくちびるを噛みしめていた。

 彼女だって納得していない。


 マリアだって、できればルーシーを助けてあげたいんだ。

 そこで俺は、あることを閃いた。


「待てよマリア! 地球を救うのが天界の与えた使命なら、俺の最初の報酬は使わなくても地球には帰れるんじゃないか?」

「え? あ、言われてみるとそうですね」


 ――やっぱり!


 俺は小さなガッツポーズを作った。


「じゃあ異世界を救った報酬として、魔王ルーシーの地獄行きをなしにしてくれ」

「え?」


「その上で、地球を救うための新しいチートの要求だ。魔王ルーシーを連れていく。そんでオレとルーシーが地球を救ったら、俺ら二人を天上人として天界で暮らさせて欲しいんだ」


 マリアの繊細なまぶたがわずかに持ち上がり、固まった。

 いつもは無表情な彼女なりに、ハッとしているのだろう。

 彼女はすぐさま、カウンターの分厚い本をめくり始めた。

 そして、こちらに振り返る。


「できます。それなら問題ありません」


 わずかに感情のこもったは、やや興奮気味に感じられた。


「では勇者様、地球を救うための転生特典として、魔王ルーシーを補佐につけます」

「安い同情だな」


 無機質で冷たい声に振り返り、俺は目を疑った。

 雪のように白いロングヘアーに、大粒のルビーのような赤い瞳。

 人知を超えた、恐怖すら感じ程の美貌を称えた絶世の美少女がそこに立っていた。


 一切の飾り気がない、白い衣服に足首を拘束する黒い足かせ。アクセサリーはおろか笑顔も無い、むしろこちらをさげすむような表情。


 それでもなお、彼女は圧倒的に美しかった。

 初めて目にした時と同じ、真正の美少女、そう呼んで然るべき存在だ。


「ルーシー? なんでここに?」

「彼女も死んだからです。本来の予定ではこの後、地獄へ送られる予定でしたが、もうその必要はありません」


 その言葉をトリガーに、ルーシーの足かせが砕け散った。

 けれど、ルーシーはこちらを睨み殺すようにして目を細めてきた。

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