第24話 恐怖はゆっくりと動き出す・1

「……夕べ何かあったみたいですけど、三葉さん無理はしていない?」

「どうして分かるの?」

「だって目蓋が腫れてますもの。まさか、あの男が不埒な真似を……!」


 鬼の形相になった歌子に、三葉は慌てて首を横に振り否定する。


「そうじゃないの……」


 女学校に入学した初日に声をかけてくれたのが歌子だ。

 良家の子女は幼い頃からお稽古事に通うので、自然と同年代の友人ができる。けれど家から出ることが許されなかった上に、桃香が「三葉は不義理をした妾の子」だと噂を広めていたので誰も三葉に近寄ろうともしなかった。

 それでも歌子は詮索するようなことはせず、友人として寄り添ってくれたのだ。


 最初は戸惑った三葉だったが次第に歌子と打ち解けて、己の境遇を話すようになった。

 話して何が解決したわけでもなったけれど、歌子と話をすると心が晴れやかになり、勇気が湧いてくる。


(歌子さんには、伝えておかないと)


 三葉は夕べ弘城から、本当の両親の事を教えられたと歌子に話す。


「――そんな事があったのね。……軽率に聞いてしまってごめんなさい。大神の力でも探れなかったなんて、予想以上に神排の力は強いですわね」


 これまで河菜家や大神家の力を使っても、知ることのできなかった三葉の出自には歌子も驚きを隠せない様子だ。


「いいの。歌子さんには知っててほしかったから」


 別に弘城からは、口止めはされていない。


「父は勘当されてて、母の出自も分からない。だから私は、羽立野家の一員ではないの。こんな私だけど、これからもお話してくれる?」

「勿論ですわ! むしろ良かったですわ! だって本来なら、三葉さんのお父様が家をお継ぎになる筈だったのでしょう? つまり正当な跡取りは、明興さんではなくて三葉さんという事ですわよね」

「……そうなの、かしら?」


 箸を置いて、歌子はほうじ茶を一口飲んで喉を潤す。


「でもこのまま継がない方が良いかもしれませんわ。あと数日もすれば、羽立野家は大混乱に陥りますわよ。神棚を捨てたことで、早速会社の資金繰りが悪化し始めているそうですし」


 窓から雀が入ってきて、歌子の肩に止まる。チュンチュンと耳元でさえずる姿は、とても可愛らしい。

 一方歌子は雀の囀りに真顔で頷くと、お弁当の米粒と青菜を少し取り分けてやる。


「面白いお話しを持ってきてくれましたわ。羽立野家と長年取引のあった銀行も、手を引くそうですわよ」


 歌子は雀と話ができると聞いていたが、本当に会話をしている姿を見るのは初めてだ。


「蛇頭家に喧嘩を売ったのだから、当然と言えば当然なのですけど……ただ、妹さんが気になりますわね」


 歌子の言う妹とは、桃香のことだ。


「さっき中庭で、お友達とお話してるのを見たわ」

「相変わらずね。政財界の大物を集めたパーティーで、あんなやらかしをしておきながら平然と登校しているのよ。羽立野家に見切りを付けて、大神家に逃げ込んだ三葉さんの方が理に適ってるわ」

「あの、そのことなのだれど……大神家への紹介状を書いてくださったのは、蛇頭江奈様なの」

「あの蛇女っ!」


 頭を抱えて歌子が机に突っ伏す。

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