第23話 お弁当は三人で

 吹雪の言葉に、三葉はこくりと頷く。


「三葉は優しく賢い。辛く当たられても、許してしまう性格であるのは俺もよく知っている。正しく怒る事は止めないが、そればかりに囚われれば健やかな心は疲弊する」

「むずかしいわ」

「全てを理解しなくていい。ただ覚えておいてほしいのは、俺を含め羽立野家で奉られていた狐は何があろうと三葉の味方だ」


 一人ではないという事実が、とても嬉しい。


「ありがとう、吹雪」


 帯の上から狐を撫でると、小さな尾がそろりと出て指に絡む。


「三葉さんお待たせ。お昼にしましょう」


 教師の資料運びを手伝っていた歌子が、お弁当の包みを抱えて走ってくる。

 その姿を見た三葉は重大な事を思い出した。


「あ……お弁当忘れた」

「ご安心ください。私のお弁当を半分こいたしましょう。それにしても大神様ったら、なんという意地悪をするのかしら!」

「いえ、私がお伝えし忘れたのが悪いんです」

「そうだ、明日からは私が三葉さんのお弁当をご用意しますわ」


 一人うんうんと頷いている歌子に、三葉はどうしたものかと悩む。そんな二人に、慌てた様子で一人の教師が近づいて来た。


「三葉さん、お客様がいらしているわ。校長室でお待だから、急いで行って」

「お客様?」


 心当たりがないけれど、ともかく三葉は教員に礼を言い校長室へと向かった。


***


「……せっかくの提案が台無しですわ」

「えっと、ごめんなさい。歌子さん」

「三葉さんは悪くないです」


 ぷうと頬を膨らませ、歌子が机の上に視線を落とす。

 そこには歌子のお弁当とは別に、三段の重箱が置かれていた。


(わざわざ水崎さんがお弁当を届けに来てくださるなんて、思ってなかったわ)


 校長室で待っていたのは、大神家の筆頭執事ひっとうしつじてある水崎だった。忘れ物を届けに来たのなら教員室に預ければすむのだが、あの大神家の執事が来たと校長は慌てたらしく三葉が取りに来るまで引き留めていたと聞いた。


「冷めててもよかったのに」


 水崎が言うには、「できたてを届けるように」と最初から弘城が指示していたとの事だ。三葉としてはおむすびでも十分だったので、水崎から重箱を渡されて暫し立ち尽くしてしまった。


 艶やかな黒漆くろうるしの蓋に、螺鈿らでんの桜があしらわれたお弁当箱なんて初めて見た。そして開けてみれば、お正月でも食べたことのない色とりどりの料理が詰め込まれていて、三葉は正直困り果てる。


「……こんなに食べきれないよ」

「あの男は、女子が三段のお重を空にできると本気で思っているのでしょうか? 馬鹿なのでしょうか?」

「良かったら、歌子さんも食べて。吹雪も食べる?」

「馳走になろう」


 いただきます、と二人と一匹が声を合わせる。


(吹雪、どうやって食べるんだろう? お箸で運んであげた方がいいかな?)


 考えていると帯の間から先程のように尾が伸びてきて、油揚げと大根の煮物を器用につまみ上げる。どういう仕組みか分からないが、おかずは帯まで引き寄せられると、瞬く間に消えてしまう。


「着物を汚さないように食べるなんて、器用ですわね。――このお魚の煮付け、悔しいけど美味しいですわ」

「卵焼きもお出汁の加減が絶妙ね。洋食も美味しかったけど、和食も美味しいわ」

「大神家ですからね。一流の料理人を雇ってますわよ。なにせ外国からのお客がみえても、対応できるお家ですもの」


 むすっとしながらも、歌子は重箱からおかずを取って口に運ぶ。

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