第5話

窓の外から、石と木が焦げた匂い、今にもガラスが割れてしまうような爆発音、そして、人の悲鳴が聞こえる。


(ここは…エルド?違う。私はこんな天井を知らない。こんな空を知らない。こんな景色を知らない。)


ベッドから立ち上がろうとした瞬間、真っ白い光が窓を覆い、一瞬の爆発音が聞こえた。


「っ…!…あれ?」


目が覚めると、そこは見知った天井、見知った景色、窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえる。


「夢…でも、どこかで見たことがあった…いや、聞いたことがあった。」


夢で見た景色や光景は、どこかで聞いたことのあった物語。小さい頃から知っていたはずの、争いへの恐怖。



----第五話 竜魔術師----



「…起きよう」


私は、母の居ないリビングで朝食を準備する。時間はおおよそ朝の10時だろうか。幼少の頃と違い、休日の私はとても自堕落な生活を送っていた。

二人分の朝食を準備した私は、外へと出る。


「おはよう、キュルネ。朝ごはんだよ。」

「…おはよう、ありがとう。フルミネ。」


成長が止まないキュルネは、とうとう家の中には入り切らなくなってしまった。

母が貯金をはたいて用意してくれたキュルネ用の小屋は、幸い、キュルネには居心地が良かったみたいだった。


「…さて、そろそろ行こうか、キュルネ。」

「…うん、わかった。」


私はキュルネの背に跨り、飛び立った。

休日に私とキュルネが必ずやっているルーティンであり、お互いの飛行訓練である。


「体調は大丈夫そう?」

「うん、安定しているよ」

「今日は少し、距離を伸ばしてみようか。」

「わかった」


そんな軽い気持ちで、私たちは、長距離の飛行を試みた。

ある程度飛び回った頃、いつの間にか、エルドの外壁の外に出ていた。


「キュルネ、あそこ…」

「どうしたの?フルミネ。」


視界の隅に、魔法同士がぶつかり合っている光が見える。

魔法の発生源に立っているのは、どちらとも人間だった。


「あれ、どうして…」

「…あらそい?」

「争い…そっか、あれがそうなんだ…」


キュルネは私の読んだ文献を一緒に見ていて、そこで争いという言葉を覚えたみたいだ。

そして、私はその日、初めて争いや喧嘩というものを視認した。

エルドでは、人々がぶつかり合うことなんてほとんど無かったから。


「止めた方がいいかな。」

「でも、あぶないよ。」

「…そうだね。帰ろうか。」


正直言うと、私はこの時、勇気が無かった。

人を攻撃したことなどない、それに、街の人が巻き込まれることでもなかったから。


家へ帰ろうと切り返した時、石の壁が壊れるような音がした。


「なに…!?」


振り返ると、エルドの外壁が壊れているのが見えた。


「ごめんキュルネ、先に帰ってて。」

「フルミネ!?」


私はキュルネの背中から飛び降り、即座に飛行魔法を発動した。

鍛え上げられた飛行魔法は、100メートルを5秒程で飛びきれる。


壊れた外壁へと辿り着いた私は、先程まで魔法の撃ち合いをしていた魔術師に電撃魔法を放つ。


感情のリミッターが外れてしまっていた私は、この時、最高出力の電撃を放ってしまっていただろう。

私が魔術師二人を戦闘不能にするまでに要した時間は、10秒もなかっただろう。

ただし、騒ぎを聞き付けた人が目撃するまでには、充分な時間だった。


「貴方…フルミネ…よね?」

「ん…あ、おばさん。お久しぶりです。」

「それより貴方…その人達…貴方が…?」

「…あ」


私は目を見開き、動揺した。怒りに身を任せ、自分が何をしでかしたのかを理解していなかった。

今の私は、傍から見れば人殺しと何一つ違わなかった。


私は、おばさんを何とか説得しようとしたが、動揺した人間同士では、説得するもされるも、ほとんど不可能であった。


その日からの私は、人殺しという泥を被った。

母はというと、私に親身に寄り添い、理解してくれた。ただし、人殺しは誤解であるが、人を攻撃したという過ちは、理解し、抱えて生きて欲しいことを教えてくれた。


次の日の朝に届いた新聞には、大見出しでわたしの姿、そして、助けに来てくれたキュルネが映っていた。


【神童と呼ばれた少女、竜魔術師となり殺人か】


「お母さん、これ…」

「新聞?あ…」


新聞を見た母は、声を失ってしまった。


「…もう学校行けないや、ごめんね。お母さん。」

「ううん、いいのよ。ただ、どうしようかしらね…」


母の顔を見て、私は決意した。

剥がしきれない泥を塗られたのなら、少しでも悪を消し去ろうと。


今思うと、かなり幼稚な考えであった。

被害者は生存していること、証拠はいくらだって揃っていた。

まだたったの15であり、焦燥感に駆られていた私には、冷静な判断が出来なかったのだろう。


その日の夜、書き置きを残し、私は真っ先に家を飛び出した。

そして、キュルネを連れ、エルドの外側へと飛び立った。


「キュルネ、私決めたよ。」

「…なにを?」

「今日から私、竜魔術師になる。」

「…じゃあ、私もいないとダメだね」

「うん、着いてきてくれる?」

「…どこまでも。」

「ありがとう。」


竜魔術師フルミネの次の目的地は、

戦地【ユーリア】である。




「書き置き…?【迷惑をかけてごめんなさい。キュルネと一緒に強くなります。】もう…ほんとに自由な子なんだから…頑張ってらっしゃい。」


----第五話 終----

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