第32話 戦いの終わり The end of war
フォルグランディア 中央広場
俺とゼノ・フォレスが地面に倒れたまま組み合っていた。
だがゼノ・フォレスには敵意がなく。むしろ俺を慈しむように耳を掴む。
「異界の門という免疫の理が破壊されたことによって
今後は各地でこの世界の住人同士で激しい争いが起こるだろう。
人は共通の敵がなければ団結は出来ない。
そして世界もまた同じだ。
異界の物を取り込むことで世界も進化していた。
だが、これからは進化の方法を変えていく。
自らの世界の一部を異界化し
――いや、推測はやめておこう。」
ゼノ・フォレスが自ら突き刺されたアシュヴァルを抜き去る。
そして自らの心臓を取り出し
「我が力を全てを授ける。
愚かでも善なる者に託せ。」
ゼノ・フォレスが心臓を取り出し、徐々に形を灰色の杖へと変えていく。
「あの白と黒の杖はどうするんだ。」
「好きにしろ、ただの贋作だ。
それより杖を受け取れ。」
「あぁ。」
「我が肉体は必ず燃やせ、そして灰はこの大地に分けて撒け。
決して我が肉体を残すな。
後々に貴様らが神と呼ぶ存在として新たな災厄の種となりかねん。」
「――分かった。
転生者をさんざん呼んで、この世界を混乱に叩きこんだ割には平和主義者なんだな。」
「私はただの世界の仕組みだ。
感情はなく法則通りに動いている。
少しは元となった男の情動が骨に残っていたかもしれないがな。」
「――そうか。
お疲れ様だ。
これから先は俺達が何とかしていくよ。」
「最後に貴様を人にしてやろう。
もう転生者である必要はあるまい。」
俺の体の体温が上がっていく。
そして俺の手足が魔素<エレメント>と繋がっている感覚が消えていく。
完全に人の肉体だ。
もう今までみたいな無茶は出来ないな。
・・・ゼノ・フォレスが目を閉じる。
そして手には杖が握られていた。
白銀の龍の紋章を持ち手に刻まれた以外には飾りがない、それでいて果てしない力を感じる。
「――」
俺は杖を持って立ち上がる。
アシュヴァルはゼノ・フォレスに突き刺した方が曲がっていた。
どんだけ心臓固かったんだよ。
インドラも解放をでたらめに繰り返したせいで常時びりびり静電気が漏れるようになってるし、
修理が必要だな。
(ふん、安心しろ。我は壊れてない。)
(我も同じだ。)
アシュヴァルとインドラは気難しくて俺以外には反攻するし、俺が直すしかないのか。
などと面倒な今後を考えていると。
(小僧、解放は出来ぬぞ。
お前の体がはじけ飛ぶ。ヴァジュラも3回ぐらいにしておけ。)
(我の力も貴様の体が壊れない程度に能力を制限しておく。)
そうか、転生者のエスキートと渡り合える唯一の力を失ったんだな。
本当にもう人間になったんだ。
「サトー!!」
空から声がした。
「――はは 天使みたいだな。」
エルの背中には鳥のような羽が生えていた。
「天使? 面白い例えね。」
ヴィヴもルシの背から飛び降りて駆け寄ってくる。
「やりやがったか。」
「我は信じておったぞ。」
「っつ~~」
エルが俺に抱き着く。
「良かった。
ってこの体温は。」
「あぁ。俺は人に戻ったらしい。
もう転生者の体じゃないからインドラの解放も出来ないし、
アシュヴァルの力も1割ぐらいしか使えなさそうだ。」
「って そうなのか!?
あいつを倒したサトーを倒してあたしが最強になろうと思ってたのによ。」
「我が守ってやろう。
婿入りせい。」
ヴィヴとルシがエルごと俺を抱きしめる。
「温かいな。
エル、ヴィヴ、ルシ
ありがとう。
――でも、俺はこれからは1人で生きていくよ。」
「だめよ、もうどこに行かせない。」
「はぁ 逃げるつもりだったのか?」
「どこかの村で1人で暮らすさ。
俺は転生者だ。
これ以上はみんなと一緒にいる資格はない。」
「誰が決めたの?」
「俺だ。
アマ姉もそうしてたはずだ。
あの暗い洞窟で未来の人のために。」
エルとヴィヴ、そしてルシが俺を放す。
そしてお互いを見合って、こくりと頷く。
「そうしたいなら、
力で勝ち取りなさい。」
エルが弓を取り出す。
「――分かった。
転生者じゃなくなってもインドラとアシュヴァルはある。
今更エルには負けない。」
「残念だけど」
「あたしも」「我もエルに付くぞ。」
「――そうか。」
俺とエル、ヴィヴ、ルシが一緒に街の外へと向かう。
夜が更けて、街の外は闇に包まれていた。
ルシの光の矢を灯りにして歩く。
「――悪いが、俺は転生者を殺す戦いをしてきた。
今回も手加減はできない。」
「おいおい あたしらを殺せるつもりでいるのかよ。」
「我も舐められたものじゃ。
のぉ エル?」
「そうね。魔素<エレメント>が街から溢れている今なら
エルリーフの秘技も使える。
でも安心して
絶対に死なないように手加減するわ。」
「――そうか。
せっかく人に戻ったしすぐに死にたくはないな。」
アマ姉との約束もある、俺はこの世界で長生きして平和に生きるんだ。
もう仏の教えも輪廻もない。
ただ1人の人間として、時間を大切にして、色んなものを見て、
未来の人のために出来ることをする アマ姉がそうしたように な。
1時間ほど歩いたところで
(小僧、あの黒い獣の女に計られたな。)
(我をしょっぱなに使わねば、一瞬で詰むな)
どういうことだよ。
「ここらでいいわ。
街には矢も剣も届かないはずよ。」
俺はエル、ヴィヴ、ルシと距離を取る。
「あーあ、弱いものいじめみたいで気が引けるなぁ。」
ヴィヴが斧で肩をこんこん肩たたきを始める。
「合図はこの私のコインが地面に付いたら
暗闇だと私達に有利すぎるからルシに光球をあげてもらって
あなたが好きな光量にする。」
ルシがそっと手をあげて、辺りが昼間のように明るくなる。
「あぁ。このぐらいでいい。」
「ルシ、コインが落ちたらすぐにあれを仕掛けて。」
「我に任せておけ。じゃが貴様らの出番はないのぉ。」
「行くわ。」
エルがコインを空中に放り投げる。
「インドラ、アシュヴァル」
コインが地面に落ちた。
「聖堂に響け
黒き聖杯に注ぐは血の生贄
血肉を喰らうは獣の王」
ルシが呪文を唱え、己の肉体そのものを転生者と同じものに書き換え
そして肉体そものものが光を纏い始める。
「エスキート!?」
エリザベートとの一戦で肉体の組成を解析したのだろう。
発動する前にアシュヴァルの魔素<エレメント>の攪乱を仕掛ける。
だがエルの暴風の矢が俺に迫るせいで
インドラを撃たざる得ない。
そのせいでアシュヴァルの攪乱を仕掛け遅れ
「グォオオオオオオオオッ!!」
今までよりはるかに強大な黒い獣となったルシが吠える。
その風圧で俺の体がびりびりと震える。
「ごめんなさいね。
ここはさっき霊脈を書き換えた場所の近く
だから私達は霊脈から魔素<エレメント>を使い放題なの。」
「っ!」
ルシだけではなく、ヴィヴも魔素<エレメント>を全身に纏い
かつて転生者達が行ったエスキートのように魔術の出力をブースとしているんだろう。
「アシュヴァル!!!」
俺はその起点になっているルシの魔素<エレメント>を乱す。
それと同時にインドラの雷撃をエルとヴィヴに向かって放つ。
「俺の本気だ。」
ルシの方へと距離を詰める。
そして「ヴァジュラ!」
ルシの胸部にある魔術紋めがけて雷撃を放つ。
ガッと雷撃を割り込んだヴィヴの斧が防ぎ
「あたしと遊べよ。」
ルシの体を足場に飛び込んできたヴィヴの斧をアシュヴァルで受け止める。
だが踏ん張りが効かない。
ドッと俺の体が地面を転がる。
「がっ げほっ」
肺から一気に空気が抜けたように苦しい。
「生きてるな 俺」
魔素<エレメント>で全身を構成していた時と違い、
本当に一歩間違えたら死ぬのが分かる。
血が、筋肉が震えている分かる。
立ち上がるが、立ち向かう勇気が必要だな。
今までとは違って本当の生身だ。
痛覚も今までの数倍敏感になっているのだろう。
全身が激痛だ。
「もう降参しろよ。」
ヴィヴが斧を振り下ろす。
俺はギリギリのところで転がって躱す。
「嫌だね。」
俺はヴィヴにインドラの雷撃を放つ。
だが膨大な魔素<エレメント>に阻まれて雷が飛び散る。
「残念だったな。今のあたしは強い。」
「なら俺はそれより強い。」
アシュヴァルでヴィヴの斧の魔素<エレメント>の一部を弾き飛ばす。
そして薄くなった魔素<エレメント>の鎧ごと雷撃を浴びせる。
(小僧 もう使わぬ方が良い。
貴様の手が)
気づいていた
故障中のインドラの雷撃は放つごとに俺の体にも雷が戻ってくる。
俺の手は既にしびれている。
だがヴィヴの動きは止められた。
ドッとルシの方へと駆けだす。
そしてインドラをルシに投げ飛ばす。
「いまだ!!」
インドラが雷を放ち、ルシの胸部にあった魔素<エレメント>の収束術式を砕く。
「アシュヴァル」
俺は矢を放とうとしていたエルの弓の魔素<エレメント>を逆流させ
ドッと暴風を手元で爆発させる。
「ぎりぎりだな。」
間に合うか賭けだったが、これでエルとヴィヴには一撃入れた。
「最後はやっぱりルシか。」
「サトー
お前の弱点は知っているぞ。」
ルシが飛び上がる。
そして上空から光の矢を振り下ろす。
俺が当たって死なないように見えやすい光の矢を放っているらしく
ギリギリの所でかすりながらも躱せた。
「ルシ 俺は負けるつもりはないぞ。」
アシュヴァルの魔素<エレメント>の操作は当然、生物の翼にも作用させられる。
そしてルシの黒い獣は全身に魔素<エレメント>を纏って構築されている。
つまり
「アシュヴァル」
俺はアシュヴァルの力で翼の付け根の辺りの魔素<エレメント>をかき乱す。
ゴッと翼がちぎれるようにルシがバランスを崩す。
「っ」
ルシが落下してきてドッと着地する。
そして着地の衝撃で両手足が痺れている間に
さっき見つけておいたインドラを掴んで雷撃を放つ。
ルシの心臓部分に直撃し、倒れる。
「終わりだな。
エル、ヴィヴ、ルシは動けない。
俺はまだ余力を残してる。」
「残念ね。」
「っ!?」
エルがいつの間にか俺の後ろでナイフを突きつけていた。
「言ったでしょ。
エルリーフの秘技があると。
あれがそうよ。」
自分の爆風で自爆したはずのエルの姿が陽炎のように消えていく。
「そういうことか。
意外と地味なんだな。」
「そうね。
魔素<エレメント>の消耗も激しいし、実戦では使えるものじゃないわ。
昔は儀式に使っていたらしいけど。」
「――負けだ。
インドラがあればここからでも逆転できたが。」
「はー 電撃でちまちま攻撃しやがって。」
痺れが解けたらしいヴィヴが俺の肩を抱き寄せる。
「あの新技
かっこよかったよ。」
「我のこの姿はどうじゃ?」
帯電を弾き飛ばし、俺の元へと獣の姿を解きながら歩いてくる。
「強いな、かっこいいし。」
結構、本気のヴァジュラだったんだがな。
一瞬で解かれると少しへこむ。
どうやら生身になったことで無意識に出力が相当落ちてるらしいな。
「で、どうするんだ。
煮るなり焼くなり好きにすればいい。
生身になって急に動きすぎたせいで、当分動けそうもない。」
やけくそになった俺は地面に倒れこむ。
自分の心臓の鼓動と、体温と外気の差が異常に強く感じるな。
短かったが前世を思い出す。
(サトー 幸せに)
「ん?」
一瞬だけアマ姉の声が聞こえた気がした。
ルシのあげた光が落ちていき
星空が見えるようになった。
「きれいだな。」
星空には元いた世界と違って月が2つ見える。
それに北極星がなく、別の星がいくつも見える。
「――私達への婿入り
それが私達の戦利報酬よ。」
「サトーの時間を3等分して、
それぞれの時間だけあたしらの婿として生活する。」
「我等で決めたことじゃ。
文句はあるまいな。」
「――俺は転生者だぞ。
本当にいいのか。
3人供、美人だし 優しいし
もっといい人が。」
するとエルがごっと俺の顔を踏みつけようとする。
転がって躱すと
ゴンッとヴィヴの斧が俺の真横に振り下ろされる。
そしてとどめと言わんばかりに俺の足をルシの尻尾が掴む。
「「「負けたのに言い訳」」」「しない」「すんな」「しても無駄じゃ」
星空の美しさは変わらず。
星々がまるで俺を祝福しているように見えた。
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