七話 迷宮に入らずに帰る男
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雨夜和幸
スキル 『剣術 Lv 1』
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「……なんだこれ」
目を擦り、再度閉じてもう一回ステータスを開く。
しかし依然として浮かび上がる白い文字は変わらない。
……え、これやばくね?
背筋にじんわりと汗が滲んできた。
「どうだったかな、雨夜君。何やら驚いている様子だけど……」
「あの、すみません。ステータスの見本みたいなのってありますか」
「見本? あぁ、あるにはあるけど……必要かい?」
「お願いします」
僕の不躾なお願いにも、朽葉さんは快く応えてくれた。
カウンターからごそごそと紙を取り出し、前に置く。
「ここにはステータスの基本情報が載ってある。参考にするといいよ」
「ありがとうございます」
睨めっこしていた僕のステータスから目を外して紙を見る。
……ち、違うよね。たぶん、あれだよね。僕の勘違いというか。
本当はみんなこんな感じのやつなんだよね。
ね!?
『ステータス(仮)
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山田太郎(名前) Lv 1(現段階のレベル)
職業『(現在の職業)』
HP 10/10 (0になると死亡)
MP 10/10 (魔力の総量)
筋力 10 (高いほど肉体強度が増加)
持久力 10 (高いほど活動時間が増加)
技量 10 (高いほど精密動作が可能)
知力 10 (高いほど魔法威力が増加)
信仰 10 (高いほど奇跡の効果
又は呪術の効果が増加)
運 10 (生まれもった幸運度)
スキル
『(スキル名) Lv 1』
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』
「……」
僕は上を仰ぎ見る。
白色の天井と、輝く照明が見えた。
……少し、眩しいな。
「ふぅ……」
息を吐いて……もう一度見る。
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雨夜和幸
スキル 『剣術 Lv 1』
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「ふざけてんのか」
二行って。
二行ってことはないだろ。
流石にもう少し情報量あってもいいだろ。
あれか、知能が低いからか?
僕にはまだ難しいからステータス君が簡単な表記にしてくれたのか?
なぁんだ、そうだったのか。
優しいなぁステータス君。叩き折るぞテメェ。
「おやおや、どうしたんだい。何だか穏やかじゃないね……」
「僕のステータスおかしいんですよ。なんか、少ないっていうか。二行っていうか」
「んー?」
こてん、と朽葉さんが首を傾げる。可愛い。
じゃなくて。
「どうも情報量が少ない気がしまして。名前と、あとスキルしか書いてませんで。これバグですか?」
「……名前とスキルか。本当に他はなにも……?」
「はい。筋力とか、運とか、そういうのが無くて」
「……」
無言で背もたれに身を預ける彼女。
黒いスーツに浮き上がる、体の美しいラインが鮮明に見えた。どうしよう、ステータスとかどうでもよくなってきたな。
そのままの姿勢で、彼女は囁くように。
「スキルの……名前は……?」
「え? あー、はい。一応『剣術』って書いてありますが」
「そうか……」
そう言って、彼女は口を閉ざしてしまった。何かを考えているようにも見える。
今は話しかけないのが賢明だろう。
……しかし不思議だ。
僕は今までの人生、剣なんて握ったことがない。いや握ったら犯罪なんだけどさ。
それにしても意外というか。
剣道部に所属してたわけでもなし。
遺伝……ってのも違うか。たしか父さんは、大きな斧が武器だった。
うーん、分からない。
これまじでバグってるんじゃないか?
表記もおかしいし。やり直せないのかなぁ。
「……残酷だねぇ……」
「……? 何か言いましたか、朽葉さん」
「いや、何も。ただの独り言さ。……そして、だ。雨夜君」
「はい」
「残念ながら、君のステータスは間違っていない。それが君が持つ力の全てだよ」
「えぇ……」
この二行が僕の全てなの?
そこまで期待してたわけじゃないけど、これは流石にショックなのですが。
「そう落ち込むこともないさ。たまにいるんだよ、君みたいなステータスを持つ子」
「あ、そうなんですね」
「うん……まぁ、だから落ち込まないでってのも、変だけど」
「いえ、少し安心しました。ありがとうございます」
「……」
頭を下げる。感謝の意と、謝罪を込めて。
朽葉さんに不満を言っても仕方がないのだ。これはつまり、僕のせいなのだから。
彼女は関係ない。
誰かが悪いわけじゃない。
そうやって納得する。この世にはそういう、仕方がないことがあるのだ、結構。
だからそういうもんだ。
僕は声を明るくして、いかにも馬鹿っぽく尋ねた。
「んじゃ、武器は剣に関係するやつがいいですかね。個人的にはこの『最強ソード』が気になってますが」
「……くく、そんな項目はないよ。大人しく、ここら辺のを選びなよ」
「むむぅ……ロングソード、サーベル、レイピア……ん、刀?」
ぴん、と。
なぞっていた指が止まった。自分でも分からない。けど何故か、妙に心惹かれた。
やっぱ日本人だからかな。
ロマンに導かれるまま、口を開く。
「あの、刀にします」
「……ん、悪くないチョイスだ。太刀か打刀か、どっちがいいかな」
「打刀で……あれ?」
なんで僕、そんなこと知ってるんだ?
どっかで呼んだことあったかな。まぁいいや。
何となく使いやすそうだし。
僕は刀の所に丸印を付け、朽葉さんに紙を手渡す。
「それじゃあ申請しておくよ。受け渡しは一週間後の……そうだな、今日と同じぐらいに来れるかい?」
「大丈夫です。でも直接受け取るんですね。てっきり郵送かと」
「銃刀法違反になってもいいなら、送るよ」
「そうだった」
感覚が麻痺してたけど、武器を持つって普通にやばいことだよな。ここにいる冒険者の皆さんが当たり前に持ってるから忘れてた。
気を付けないと。
「さて、これで大まかな手続きは完了したけど……他に何か聞いておきたいことはあるかな」
「うーん」
書類を綺麗にまとめて、朽葉さんが問いかける。
本音を言えば聞きたいことだらけだが、これ以上彼女の仕事を増やしたくはなかった。本人も仕事は嫌いらしいし。
後は自分で勉強しよう。
あ、でもこれだけは聞かなきゃ。
「あのぉ……僕、ソロなんですけど。大丈夫ですかね」
「……ふむ」
ソロで迷宮に挑む。
ネットの反応は様々だ。意外と大丈夫って意見もあるし、自殺願望者がやることって意見もある。
だが少なくとも、ソロの方が生存率高いなんて記事は見たことがない。
迷宮はパーティを組んで挑むもの。
常識だった。
ならどうして、僕のような雑魚がソロで挑むのか。
ああ勿論ちゃんとした理由がある。
僕は……本当のぼっちなのだ。
「そうだねぇ……雨夜君。君は見たとこ学生だろう? お友達はいないのかな」
「残念なことに。……って、よく分かりましたね」
「なにがだい?」
「いや、その、僕が学生だってこと。どうして分かったのかなって」
「くふ……分かるも何も、見たまんまじゃないか。君は可愛い子供だよ」
「……」
……どうしよ。僕、朽葉さんガチ恋勢になりそう。
そんなこと言われたの初めてだ。
大体会った人は皆、僕のこと留年生かニートだと疑うのに。
しかも可愛い子供って。
小さい頃お世辞でも言ってもらえなかったよ。
朽葉さん……一生ついていきます、自分。
「しかしソロか……難しい話だねぇ……」
「あぁ、やっぱり駄目ですかね」
「駄目ってこともない。ただ、パーティを組んだ方が安全なのは確かだ」
「ですよねぇ」
「まぁ、初層の魔物相手なら大丈夫だろう。問題なのはそれより下を目指す場合さ」
「……」
初層よりも下。
つまり、上層や中層に潜るということ。
……お金は欲しい。であれば必然的に、いずれは僕もそこに挑むことになる。
たとえ命を落とす危険があったとしても。
その価値が、
暫しの沈黙。
悩んだ末に決断した答えを声に出す。
「……取り敢えずはソロで潜ってみます。それであまりに危険なら、パーティを探そうかなと」
「うん、堅実だ。それがいい」
「ありがとうございます、朽葉さん。色々と丁寧に教えてもらって」
「ははは……いいさ、これが仕事だ。……もう質問はないかい?」
「はい。では、また一週間後に――」
「ああ、少し待ってくれ」
頭を下げて踵を返そうとしたところに声がかかる。
不思議に思って彼女の顔を見ると、そこには柔らかな笑顔があった。ニヒルな笑みではない、慈愛の表情が。
「雨夜君。迷宮において、戦闘の敗北は大したことじゃない」
「へ……?」
「戦いに負けて、強くなれなくて、多くの人間に馬鹿にされたとしても。それは重要なことじゃないんだ」
「……」
「雨夜君」
じんわりと、胸に浸透していくような。優しくて暖かい音色。
「生きて帰りなさい」
「……」
「足を引きずってでも、泥に塗れてでも帰りなさい。生きて帰ったら、君の勝利だ。覚えときなよ。いいね?」
「はい」
「……よし、なら今日は帰って休みなさい。お姉さんも、久しぶりの来客で疲れたよ……」
「ありがとうございました、本当に」
僕の礼に、彼女は手を振って応える。
一々行動が痺れる人だった。
再度深く頭を下げて、今度こそ踵を返す。
踏みしめる無機質な床はまるでレッドカーペット。
僕史上最高に顔がキリッとしている自信があった。
ほら、観客の皆もこんなに見て……あれ、本当に見てないか?
「……」
僕は一度立ち止まり、ズボンのチャックが締まっているか確認した。
よし、大丈夫そうだ。
ならば何故こんな視線を……?
不思議に思って周りをさり気なく見渡していると、とある人物に目が留まった。
入口の傍に立っているあれは……古傷だらけのおじさん。
僕の肩を掴んで忠告してくれたおじさんだ!
ずっと見てたのかよ……。
「……ふ」
「……!」
彼は無言で笑い、静かなサムズアップを見せた。
僕も合わせて頷く。
正直何も意味わからんけど、そういうのが好きなお年頃だった。
そのまま僕は彼の横を通り過ぎ、通路へ足を踏み入れる。
どこか騒がしい音色を名残惜しく感じつつ。
真っ白に染まった通路でただ一人、歩みを進めた……。
ちなみに帰った後、母さんには凄い微妙な顔をされた。
時刻はまだ五時前だった。
一緒に作った豆腐ハンバーグは、とても美味しかったです。
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