六話 なんか、短い
『一般人と適合者の最大の違い。
それは迷宮に潜れるか否かではない。たとえ適合者でなくとも、迷宮に入ること自体は可能である。
では、二者の間で何が異なるのか。
力だ。
素手で鉄をねじ切る腕力
車を追い越す脚力。
火や水を生み出す奇跡の魔法。
適合者は魔物を倒すことで、絶大なる力を得ることができる。
そしてその力を数値化し、視覚化したもの。
かつて迷宮協会が黎明期に発明した新時代の技術。
人はそれをステータスと呼ぶ。』
もっとも、自分はこれに懐疑的な念を抱いているが。
という文章で論文は締めくくられている。
僕が愛読している深山慎太郎さんの『ステータスについて 序』は、ステータスを簡潔に言い表していた。
つまり、ステータスを持てるかどうか。
それが一般人と適合者の最大の違いなのだ。
「……ステータス、ちゃんと出ますかね」
適合者検査を受けたとはいえ、結果が万が一、間違っていたとも限らない。
これでステータスが無いとなったら終わりだ。
僕はこの先の人生をハードに生きることになる。
そう言い切れるほど、冒険者とは破格の待遇を受けられる職業なのだ。
「はは……雨夜君は、うん、そうだね。ちょっぴり怖がりな子だ」
「すみません」
「いや、悪いことじゃないよ。この世界に対して、浸透している常識に疑問を持つのは、ある意味勇敢とも言える」
「……?」
「ステータスが出るか、だったね。それも安心していい。君は間違いなく適合者だ」
「そう、ですか」
朽葉さんが言うならそうなのだろう。
この人の言葉には不思議な安心感がある。
まるで世界の全てを知っているような……雰囲気というか。そんな感じがする。
そこまで漠然と考えて、頭を振る。
思考があらぬ方向に飛んでいくのは悪い癖だ。
気を取り直して、ステータスについての問いを続ける。
「ところでステータスって、どうやって見るんでしょう。この前家で『ステータス、オープン!』って大声で言ったら母さんに怒られました」
「あぁ、それは小説の見過ぎだね。あれは結局、大衆に分かりやすく説明したものに過ぎないよ」
「え、朽葉さんも小説読むんですか?」
「読まないけど、君みたいな勘違いをする子を沢山見てきたからねぇ」
恥っず。
言わなければよかった。
しかし伝家の宝刀、ステータスオープンが封じられたとすると。
結局どのように確認するのだろうか。
「うーん」
「……雨夜君、指を出してくれるかな?」
「へ? あ、はい」
言われたままに、右手を差し出す。
手の平を上にした格好だ。
そして朽葉さんは何やら細い針のような物を取り出し、僕の指に……って待てよ。
「おや」
「……すみません、手が勝手に」
ステータスを見るために何が必要なのか、それなりに察しがついた。
でも針って……それ本当に裁縫のやつじゃないすか。
えぇ、やだなぁ。それ、血が出るくらい刺すってことでしょ。
うーあー……。
「お、お願いします」
「雨夜君……」
「は、早く! 僕の決意が、変わらないうちに……!」
「雨夜君、ちょっとこっち見て」
必死に目を逸らしていた僕に、彼女は追い打ちをかける。
刺される様を見ろというのか。くそ、何たる女王様っぷり。ちょっと見たくなってきたじゃないか。
僕の性癖が壊れたら責任取ってください……。
そう思いながら、視線を前に戻して。
「は……!?」
「うん、そのまま。私の顔を見てね……」
「……!?!?」
近い。やばい。まつ毛長い。いい匂いする。
まじで顔が整いすぎている。本当に同じ人類だろうか。絶対ホモ・サピエンス由来の遺伝子じゃないよ。
進化論覆しちゃった……。
あかん、混乱してる。
「そのまま……」
「え、ちょ、まじすか」
更に彼女の顔が近づく。動いた際に、長い灰髪がはらりと揺れた。
視界が朽葉さんに侵されていく。
え、これどうなんの。
これどうなんのこれ、ねぇ。
そうして彼女の薄い桃色の唇が、僕のガサガサした荒野に到達すると思われたとき……。
「はい、ちくり」
「……あ」
ちょっと、痛い。
手に視線を移せば、人差し指の腹にぷっくりとした血の球が出来ていた。
「それじゃあこのプレートに指を押し付けてくれるかな。これで登録は完了だよ」
「はい……」
全く気が付かなかった。そして余韻が凄い。
これが受付嬢。小説でも大人気なわけだ。
けど、これからは見方が変わりそう。
童貞には刺激が強すぎます……。
僕は魂の抜けたような心地になって、白い板に指を押し付けた。
ちょうど学生証ぐらいの大きさだ。
じんわりと、赤い染みが広がっていく。
「うん、大丈夫。もう離していいよ」
「はい。……あの、これって」
「しー……見てて」
「はい」
もう一生朽葉さんの命令には背けないと思う。
自分の性癖が完全に破壊されたのを自覚しつつ、無心で板を眺める。
その変化は、直後に起きた。
「……!」
「ん、無事に登録できたみたいだね」
「うわ、なんですかこれ。うねうねして……これは、文字?」
赤い染みが蠢き、板の表面を動きまくっている。端的に言って気持ち悪い。
赤はやがて黒色に。ミミズのようにくねくねしてた線は、文字を象った。
更には枠。直線。模様。
見る見るうちに板が出来上がっていく。
そうか、これが。
「冒険者プレート……」
「おや、知っていたかい。それも講習で?」
「いえ……これは昔、父さんが持っていて、それで……」
「……ふーん」
記憶が蘇る。
勿論、講習でも習ったことだけれど。
現在において鮮明なのは、それでも過去の思い出だった。
ああ、そうだった。
父さんもこれを、持っていたっけなぁ。
「……さ、完成だ。手に持ってごらんよ」
「……」
手触りは、思ったよりすべすべしている。
裏面を見るとラビリンスをモチーフとしたのか、大きな建物の中心に渦を巻いた紋章が描かれていた。
重さは……薄いのに、結構ある。金属製なのかもしれない。
手首を返し、表面をもう一度。
そこには僕の名前と生年月日、顔写真が写されていた。
……顔写真?
いつの間に撮ったのだろう。検査のときかな。まぁいいや。
「……それで、あの。結局ステータスはどうやって見れば」
「ふふ……さぁ、どうすればいいと思う?」
「おっと」
来ましたね、これは。
朽葉さんチャンス到来ですよ皆さん。
正解すれば褒めてもらえるし、不正解でも馬鹿にしてもらえる。
どっちにしろ美味しい夢のようなチャンスです。逃す手はありません。
して、どうしたものか。
既にご褒美が確定している状況だから、判断が難しい。
……まぁ取り敢えず、適当にポチポチするか。
ここに来る前の僕なら、『ステータスオープン!!』と大声で言ってただろうなぁ、と思いつつ。
プレートを色々タップしていると。
ブォン。
「うわっ、なんだこれ、ぐぁああっ」
「攻撃じゃないから大丈夫だよ。少し距離が近かったみたいだね」
「あ、ほんとだ。痛くないや……」
目の前に勢いよく飛び出して顔を貫通した、半透明の……表示?
色は青色よりもちょっと薄い。ゲームのウィンドウみたいだ。
触っても感触はない。
ホログラムってやつだろうか。へー、おもしろ。
「ちなみに、それは他人には見えないようになってるから……傍からだと虚空を掴もうとしている変人に映るよ」
「それを早く言ってください」
めっちゃ揉んでしまったのですが。
童貞を拗らせてとうとう妄想の胸を求める、頭おかしいやつみたいじゃん。辛い。
「ごめんごめん……でも、その感じだと開けたみたいだね」
「まぁ、はい。顔写真のところ触ったら出てきました」
「よろしい。ステータスは長押しすると消えるから、覚えといてね」
「了解です」
試しに三秒ほど写真を押すと、表示は消えた。
これでステータスの確認方法はばっちりだ。
後は……。
「じゃあ、ステータスの内容を教えてくれるかな……」
「……はい」
もう一度押して、ステータスを浮かび上がらせる。
さっきは表示そのものに興奮してちゃんと見れなかった。もしかしたら朽葉さんは、そんな僕を落ち着かせようとしてくれたのかもしれない。
……ありがとうございます。
息を吐き、白い文字をしっかりと見る。
横長のステータスに書かれた文字と数字。
その内容は──。
――――――――――――――
雨夜和幸
スキル 『剣術 Lv 1』
――――――――――――――
「……んっ?」
おかしいな。
目にゴミでも入ったのかしら。
念入りに目を擦って、再度ステータスを確認する。
まさかね。
うん、まさか……。
――――――――――――――
雨夜和幸
スキル 『剣術 Lv 1』
――――――――――――――
「……」
……なんか、短くない?
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