第20話 揺れる想い







 城に戻りシーラが目覚めると、彼女は何も覚えていなかった。


「……王子殿下達のお立場が今後悪くなってしまうのではないかと危惧していた事は事実でございます。……ただ、王位継承順位は国王陛下がお決めになる事、それを私めがどうにか出来ると思った事はございません」


 シーラはなぜこんな事をしてしまったのか、自分でも全く解らないと言う。

 ただ、最近夜に上手く眠れず、日中も夢うつつの様になる事が多かったらしい。しかしながら、歳も歳だしそんな事もあるかと思っていた。


 事件後、レナートを筆頭にイルとガヴィ、アリフォーレ王妃とヒューバートが顔を合わせて話した際に「実は……」とレナートが切り出した。


「最近、クリュスランツェの南方の地域から、時折住民が眠れなくなる奇病にかかると報告を受けていた」


 皆はいっせいにレナートの方を向いた。


「はじめは寝つきが悪くなる、と言った程度の物らしい。それが段々眠れなくなり、人が変わったように暴れたり……症状が進むと今度はこんこんと眠り続けるとか」


 最初は南方のアルカーナとの国境の近くの村でそんな者が一人出ただけだった。それが少しずつ北上し、一人、また一人と目覚めない者が増えた。


「先日、アルカーナ一行が陛下に謁見した際、私がいなかっただろう? あれは実はその奇病の調査に行っていたんだ」


 レナートの言葉に皆が驚く。

 硬い顔つきでレナートは全員の顔を見渡した。


「奇病はどんどん北上している。まるでするように。……先日調査した村は王都から目と鼻の先だ。その村でこの奇病が流行り、目覚めない人数は……ついに村、一つ分になった」


 皆が息を飲んだ。


「アカツキがシーラに飛びかかった時、恐ろしい叫び声となにかのような物が見えた。……今までは伝染病の類かと思っていたが、今回のシーラの件ではっきりした。……これは、魔物の仕業だ」


 ガヴィが顎を擦りながら呟く。


「……アカツキがその何かを噛んだ時、あの婆さんから黒い何かが離れた気はするが、村一つ分の人間を眠らせる事の出来る魔物があれだけで消えたとは思えねえな」


 ガヴィの言葉にレナートが深く頷いた。


「この奇病にかかった者は完全に眠りに落ちる前はよく零していたらしい。『恐ろしい夢を見る』と」


 イルの肩が揺れた。


「これ以上被害を増やすわけにはいかない。もしあの魔物が王都に入り込み王都全体が眠りに落ちる事になったら……大変な事になる」


 レナートはイルと向き合い目を合わせる。


「イル、君には申し訳ないがアカツキをもう暫く貸して欲しい。アカツキにはあの魔物に取り憑かれた者が分かるらしいからな」

「なっ…………!!」


 ガヴィはふざけるなと言わんばかりに立ち上がった。

 怒りを隠しもしないガヴィにレナートはすっと右手でガヴィを制する。


「レイ侯爵の怒りはごもっとも。これはクリュスランツェの問題で客人である貴方がたには全く関係のない話しだ。その上、貴方の大切な婚約者殿の相棒を危険に晒すとなっては納得がいかないのは当然だろう。……だが、我々にはあいつが見えない。現状あの靄が見えるのはアカツキしかいない。滞在中だけでいい、力を貸して欲しいのだ」


 けれど、強制はできない。少し考えて答えを出してくれ。


 そう言ってレナートは部屋から出ていった。

 


 








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