第21話 星空の下で







『イル、君には申し訳ないがアカツキをもう暫く貸して欲しい。アカツキにはあの魔物に取り憑かれた者が分かるらしいからな』



 昼間、レナートに言われた言葉が頭の中で響く。

 

 (……私にも、出来ることがある)


 今までずっと、自分には何が出来るんだろうと思っていた。



 ガヴィはイルに、イルらしくいてくれればいいと言ってくれたけれど、いつもガヴィの背に守られてばかりでは嫌だ。


 (私も、みんなの役に立ちたい。……力になりたい)


 ガヴィはダメだと言うだろうけれど、自分に出来ることがあるのならば、の力になれるのならば。


 湯殿に向かう途中で、イルはどうしたらガヴィを説得できるかを考えていた。



「おや、今から湯浴みかい?」


 今、まさに考えていた人の声がして、イルはビックリして顔を上げた。


「こ、こんばんは。レナート様」


 彼も湯浴みを済ませたのか、髪を下ろし、いつもよりラフな格好をしている。そうやっていると益々――


「この様な格好で申し訳ない。レディの前でする格好ではないな」

「い、いえ……」


 結っていた髪をほどいて、背に流れた髪が揺れるのを見てドギマギとする。イルはとても目を合わせられなくて下を向いた。


「……昼間は無茶を言ってすまない。ああは言ったが、本当に君のしたいようにしてくれて構わない」


 イルに気を使わせないよう柔らかく響いたその声に、そおっとレナートの顔を伺うと、優しい深い蒼色の瞳とぶつかった。


「あ、あの……、私……」


 レナートを前にするといつも言葉が上手く出てこない。イルがなにか言いたげに言い淀んでいるのを察して、レナートは双眸を細めて「……少しこちらで話そうか」とイルをテラスに誘った。




 北方に位置するクリュスランツェと言えども、夏の日差しはそれなりに強い。けれど闇の支配する夜は、心地よい夏風が吹いて二人の頬を優しく撫でた。


 

 空には、満天の星。



 空に散らばった星が、亡くなった人の輝きだと言ったのは幼いイルの手を握って愛くしんでくれた人だった。

 過去にノールフォールの森でその人と見た星空をイルは思い出して、ぐっと拳に力を入れた。

 

「レナート様!」


 イルはしっかりとレナートの目を見てひと息に思いを伝える。

 

「あ……あの! やります! ……じゃなくて、アカツキをお貸しします! 私、少しでも皆さんの役に立つなら……!」

「ストップ」


 一気に喋ったイルをレナートは笑いながら静止した。びっくりして目を丸めるイルに増々目を細める。


「……慌てて答えを出す必要はない。君の気持ちはわかった。有難う。……けれど、君は少し彼と話をした方がいいな」


 え? とイルが不思議そうに首を傾げる。


、彼には言ったのかい? 私は彼に、視線で射殺されるかもしれない」


 果てしなく勘違いをされている気がするよ、とレナートに言われてイルはますます首を傾げた。


「勘違い?」

「……仕方のない子だな、イルは」


 一つも意味の解っていなさそうなイルにレナートはイルの頭を柔らかく撫でた。


「まあ、その純粋さが彼はいいのかな? 君の頑張ってる姿を見ると、彼も元気が出るんだろうね」


 なんとなくわかる気がするなと、レナートは思い始めていた。

 レナートに撫でられた頭にじんわりと熱が伝わる。レナートの微笑みはいつもイルの心を揺らして……イルは急に込み上がってきた想いを抑えることが出来なかった。


「レ、レナート様……」


 俯いて、何とか声を絞り出す。

 こんな事、彼に頼むのは変だと解っているけれど。


「……レナート様、一度だけ……もう一度だけ、頑張れって言ってもらってもいいですか?」


 誰でもない、彼の声で。レナートの声で言って欲しかった。


(この声を……忘れたくない)


 レナートは一瞬迷ったが、イルをぎゅっと抱き寄せるとイルの耳元でゆっくりと言葉を紡いだ。


「……君は、イルは頑張っているよ。迷わず前を向いて生きるがいい。君は一人ではないのだから」


 長い抱擁のあと、二人の視線がカチリと合う。


 「……有難う、レナート様」


 空中に散りばめられた星空の下、時折零れ落ちる星屑に勇気づけられるように、私、頑張ります! とはにかんだイルを、レナート王子は笑みを深くしてもう一度抱きしめた。

 


 二人の会話を、テラスの扉の向こう側でガヴィが唇を真一文字に結んだまま聞いていた事も知らずに。

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