第3節:「崩壊と再生の間」
犯人が逮捕された――そのニュースが報道されるや否や、事務所のロビーは一気にざわつき始めた。
大勢の取材陣が押し寄せ、どこからともなくカメラのフラッシュが飛び交う。
マネージャー・藤崎涼子の単独犯行と発表され、あの優しかった彼女が「裏であんなことをしていた」なんて衝撃的だ。
事務所社長の沢村は緊急の記者会見で「うちとしては無関係」と言わんばかりに強調し、今後の運営を継続する意志を述べていた。
「それでは、本件はマネージャー個人の暴走ということになるんですね?」
記者の問いに、沢村は乾いた笑みを浮かべつつ答える。
「はい。藤崎涼子が単独で起こした事件です。社としては困惑しておりますが、これからもラストフレーズの活動を支えていく方針に変わりはありません。」
そのセリフを聞いている私、桜井未来はどうにも言いようのない虚しさを感じた。
確かにこれで事件は“終わった”のかもしれない。
でも、メンバーの心はすでにバラバラになりかけている。
握手会の列も途絶えがちになり、いつものファンが姿を見せなくなった。
SNSを開けば、こんな声が続々と押し寄せている。
@idol_love_end 涼子さん、そんなことする人だとは思ってなかった… もうショックで寝込んでる
@barrier_free_fan ラストフレーズ、もう終わりじゃね? メンバーも心折れてそうだし
@angelrio_love 大好きだったのに…もうステージで笑えないよ
私たちが大切にしてきたものが、ガラス細工のように壊れかけているのがわかる。
誰を責めればいいかもわからず、ただ騒ぎを収束させたいだけの事務所と、信じられないというファンたちとの温度差。
ステージに立つ意味を、もう見いだせないメンバーだっているかもしれない。
実際、橘かりんは事務所の隅で涙をこぼしながらこう漏らしていた。
「私が最年長としてもっとしっかりしていれば、こんなことには……莉音を救えたかもしれないのに」
「ごめん、みんなを疑っちゃって……私って最低だよ……」
いつも強気だったかりんが、まるで自分を責め立てるように泣き崩れる姿を見るのは痛々しい。
さらに、天野雪菜も「もう怖い。ステージに立てないよ」と震えた声で繰り返す。「あんなことがあった後で、どう歌えばいいの……」と力なく笑おうとしてもうまく笑えない。
篠宮ひなたはというと、言葉にできないほどショックを受けているらしく、まともに顔を上げられない。
私たちが背負った傷は思った以上に深く、グループの未来など考えられない状態だ。
だけど、こんな状況下でも、「ステージはどうするのか?」とファンたちは半ば戸惑いながら答えを待ち望んでいるようだった。
ファンコミュニティには、まだ応援してくれる声もわずかに残っている。
@mirai_supp ラストフレーズ、応援続けたいけど… メンバーたち大丈夫かな?
@norakuro_fan 犯人は捕まったんだよね? なら、もう一度立ち上がってほしい… 涼子さんが犯人だったとかショックだけど
私の胸の中にはいろんな思いが渦巻いていた。
ラストフレーズという居場所が崩壊寸前にあるのは明らか。
でも、私はずっと莉音と「大きなステージに立つ夢」を語り合ってきた。
嘘と裏切りに塗れたまま終わらせてしまっていいのかと自問すると、どうしても踏ん切りがつかない。
悶々と悩んだ末、私は薄暗いステージに一人で上がった。
客席にはまだスタッフが片付けをしているだけで、寒々しい空気が漂う。
でも、私はマイクスタンドの前に立ち、まるでファンがいるかのように深呼吸する。あの日、莉音と一緒に笑い合った光景を思い出しながら、言葉を探した。
結局、その場にいた数名のスタッフの前で私は涙ながらに叫んでしまった。
「私は、莉音の笑顔を奪った犯人を許せない。だけど、ラストフレーズを終わらせるわけにもいかないんだ! このステージを守るためにも、私たちは歌い続けるべきだって信じたい。」
すると、背後でメンバーたちが息を呑む気配を感じる。
静かにドアを開けてやってきたかりんや雪菜、それからひなたが、戸惑った表情のまま立ち尽くしていた。
私は震える声を抑えながら、もう一度大きく息を吸う。
そして、彼女たちへ向けて宣言するように言葉を紡いだ。
「私たちは、これからもステージに立つ。莉音のためにも、応援してくれているみんなのためにも……絶対に諦めない。」
かりんは頬を濡らしながら「うん……」と小さく頷き、雪菜も「怖いけど、逃げちゃだめだよね」とつぶやく。
ひなたは涙を拭きながら、ぎこちない笑顔で「あたしも、みんなと一緒にやりたい」と声を出した。
そこに生まれたのは、わずかながらの連帯感と再生の兆し。
私たちは重ねてきた苦しみを抱えながらも、もう一度ステージに向かう気力を取り戻しつつある。
これでラストフレーズが完全に元通りになるとは限らない。
それでも、「犯人が逮捕されたからこそ、前を向くことができるかもしれない」――そう思えるようになった。
傷だらけの私たちが、どうやって再び歌うのかはわからない。
けれど、諦めなければステージに立つ意味を見出せるのではないかという一縷の望みが心を支えていた。
そうして、事件が終わっても崩壊寸前のグループを立て直すため、私はもう一度リーダーとして歩き出す。
闇の底から浮き上がるための手段は、歌い続けることだけなんだ――私はそう確信しながら、冷たいマイクスタンドに手をかけた。
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