第2節:「犯人の正体と動機」
夜の事務所に足を踏み入れた瞬間、私は重苦しい空気を感じていた。
廊下の照明は半分落とされ、人の気配はほとんどない。
だが、一番奥にある会議室からわずかに光が漏れているのを見つけ、私は静かにドアを開ける。
中で待っていたのは、私たちのマネージャー、藤崎涼子さんだった。
いつも母親のように優しく振る舞ってきた人が、今はどこか影を纏っているように見える。
私は奥歯を噛みしめながら、彼女に視線を合わせた。
「涼子さん……あなたが、犯人なんですね。」
それだけ言うのに、心臓が痛いほど鳴っている。
口を開きかけた涼子さんの表情は、悲しげで苦しげで、どこか諦めのようなものさえ漂っていた。
「どうして、そう思うの?」
毅然とした口調で問い返される。
けれど、ここまで来たら引き下がれない。
私はファイルから書類を取り出し、彼女に突きつけるように見せた。
莉音のスマホから見つかった予約投稿の痕跡、そして照明事故の日に涼子さんが“トイレに行く”と称して控室を出入りしていた事実。
その二つを組み合わせるだけでも、彼女の関与は否定できない。
「私、目を背けたかったんです。でも、これがすべての証拠です。あなたが犯人なんでしょう? どうして……どうしてこんなことをしたんですか?」
言い切った瞬間、涼子さんはかすかに肩を震わせ、そのまま椅子に腰を下ろした。
重たい沈黙のあと、ぽつりと声が漏れる。
「……莉音は、グループを捨てようとしていたのよ。」
その一言に胸が締めつけられる。
莉音が“センターを降りたい”と私たちに言い出すことは想像できなかった。
でも、それを告げられた涼子さんは、一人で抱え込み、歪んだ決断をしてしまったのだろうか。
鼻をすすりながら、彼女は続ける。
「ラストフレーズが芽を出しかけたばかりのこのタイミングで、莉音が抜けたらどうなる? グループは終わる。私は……守りたかったのよ、ラストフレーズを。」
私の視線が震える。喉が痛くなるほどの衝撃が襲い、言葉がうまく出てこない。
仲間を守るために、仲間を傷つけるなんて、そんな歪んだ愛情があっていいのか。
唇を噛む私に、涼子さんは顔を上げず、涙を落とし続ける。
「私は…あなたたちのこと、本当に大事だと思ってた。だからこそ、莉音の脱退で全部が崩れるのが怖かったの。あの子がいなければ、地上に上がれるチャンスだって失う。必死だったのよ……」
最後の言葉は嗚咽まじりで、どこか幼い子供のように震えていた。
だからといって、犯した罪が許されるわけではない。
私が胸の奥の怒りと悲しみを噛み殺しながら、声を押し出すように言う。
「守りたかった? ふざけないで。あなたのせいで、私たちは大切な仲間を失ったんだよ! あんな手段で何を守れるっていうの?」
叫びのような言葉が会議室に響き、その後すぐに静寂が訪れる。
涼子さんはもう反論する力も残っていないのか、ただ机の端を掴んだまま泣き続けていた。
そこに警察が踏み込んでくるのは時間の問題だろう。
すでに私は、事務所に向かう途中で連絡を入れていたのだから。
震える足で一歩退き、私はふと外の廊下の様子をうかがう。
息苦しい沈黙の中、メンバーの誰もいないはずの廊下に寂しげな気配が漂っている。まるで、地の底から響く鎮魂歌のように、私たちの悲痛な想いを煽っているみたいだ。
「ねえ、涼子さん……私たちのステージは、あなたにとって何だったの?」
最後にそう尋ねると、涼子さんはもはや何も言わず、肩を落としたままうつむいていた。
その姿を見つめながら、私は改めて実感する。
歪んだ愛情と執着が、私たちをここまで追い詰めたのだと。
動機がなんであれ、罪は罪。
私の頭には莉音の笑顔がよみがえり、もう取り戻せない事実が胸を締めつける。
地下アイドルというステージにかけた想いが、こんな悲惨な形で壊れてしまうなんて――。
未来を守りたかったはずの涼子さんが、皮肉にも私たちの夢を奪った張本人だったのだから。
これが事件の真相。
けれど、まだすべてが終わったわけじゃない。
外からサイレンのかすかな音が聞こえ、私の胸の奥に残るのは、次に待ち受ける決断への重みだ。
莉音の笑顔を奪った犯人はわかった。
じゃあ、この先、私たちはどう進めばいいのか。
真相を知ったら今度は、ステージを再び灯す方法を考えるしかない。
そう思いながら、私は会議室のドアを静かに開け放つ。
夜の風が入り込み、部屋に溜まった淀んだ空気を流し去る。
涼子さんが無言で嗚咽する音だけが、不穏なメロディのように私の耳を包んでいた。暗い廊下を見つめつつ、私は舌を噛むくらい悔しく、苦しかった。
けれど、地下に響くこの鎮魂歌を終わらせるのは、私自身の責任なのだと強く思い知る。
(私たちの未来は、まだ諦められない……)
そう誓うように、私は拳を強く握りしめ、闇の先へ足を踏み出した。
もはや逃げ道などない。
音もなく、事件の幕が下りようとしている――だけど、その先にある新しいステージを、私は捨てたくなんてなかった。
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