第2節:「SNSに蠢く探偵たち」

数日が経った夜、私は自宅の布団に潜り込みながらスマホを握りしめていた。

時計の針は午後10時を回っているけれど、ネットの世界はまだまだ熱狂の渦の中――まるで眠らない街のように、光と影がごちゃ混ぜになっていた。


 まずはX(旧Twitter)のタイムラインを開く。

すると、いきなり目に飛び込んできたのは「#莉音ちゃんのために真相を追え」というハッシュタグ。

前よりさらに加速しているようだ。

投稿をスクロールするたび、画面が凄まじい勢いで更新されていく。

まるでみんなが“探偵”になったかのように、勝手な推理を並べ立てていた。


@idol_report_now 【続報】水無瀬莉音の事件、事務所は沈黙を貫いてるけど、やっぱり内部犯が怪しい? #ラストフレーズ

@crazy_otaku_invest 橘かりんがセンターにこだわってたっていう証言がいくつも出てるし、 衣装が血で汚れてた目撃情報もあるとか…? マジで闇深い

@idol_love_fan 天野雪菜、事件時にやたらスマホ気にしてたらしいし、 実は犯人隠してんじゃないか? #莉音ちゃんのために真相を追え

@lovelyhinasan もうみんな疑いすぎ… でも真実が知りたい。苦しいよ…


 投稿の中には「ラストフレーズは解散だ」「桜井未来は何か隠してる」「事務所が裏で圧力かけてる」などといった根拠のない噂も散見される。

中には、わざと炎上を煽るような投稿にリプライが殺到し、一晩で数万件以上の“いいね”やリツイートが付いているものまであった。


 次にまとめサイトを覗いてみると、トップページを飾っているのは「【緊急特集】水無瀬莉音事件を徹底考察! 犯人はメンバー? 内部犯説まとめ」という煽情的な見出し。

そこでは箇条書きや時系列、さらにはライブ映像の切り抜きまで使って“検証”が行われていた。


【考察ポイント】

1. 事件前の握手会で莉音がスマホを気にしていた

2. 11:05の投稿タイミングと、犯行時刻(11:00前後)のズレ

3. 橘かりんの衣装に血痕があったという噂

4. 天野雪菜が控室に入る姿を見たという証言

5. 篠宮ひなたがやたら落ち込んでいた理由


 コメント欄では、根拠もないままメンバーの名前が次々に挙がっていく。

ちょっとした“証拠”らしきものが出てくると、それを根拠に「こいつが犯人だ!」と断定し、また別の人間が「いや、それはフェイク情報だろ」と反論する。

何が本当で何が嘘なのか、もはや見分けがつかないほど混乱していた。


 さらに、Discordのサーバーでは「ラストフレーズ事件考察部屋」という不気味なルームが作られており、ボイスチャットもテキストチャットも大盛況の様子。

ホストのように仕切っているのは、やはり古参ファンの矢崎誠だった。


 声だけでもわかるほど興奮状態にある矢崎の口調は、まるで探偵番組の司会者さながらだ。


「みんな、聞いてくれ。オレが集めた情報を整理すると、控室の窓が開いてたのは外部犯を装うための偽装工作の可能性が高い。だって、内部の人間なら鍵も開けられるから、窓を無理にこじ開ける必要はないわけだ。それに、11:05の投稿。あんなの普通に考えておかしいでしょ? 事件時刻と矛盾してるんだから、誰かが莉音ちゃんのスマホを操作したんだよ。間違いない!」


 Discordのチャット欄には「すごい考察!」「さすが矢崎さん!」といった称賛が並ぶ一方、「その証拠は?」「妄想すぎて草」「本当に内部犯だったら人間不信なる」と揶揄する声もある。

議論は止まらず、矢崎はさらにヒートアップして続ける。


「だいたい事務所が情報を隠してるのも怪しいんだよ。メンバーだって無言だろ? こりゃ身内に犯人がいると見て間違いない。オレたちが真相を暴かなきゃ、莉音ちゃんが浮かばれない!」


 その言葉に呼応するように、テキストも一気に流れ続ける。

「やっぱりメンバーなのか?」「かりんマジ黒い」「社長が何か隠してるっしょ」などなど、憶測が憶測を呼び、真面目に考察する人もいれば炎上狙いの輩も混ざっている。

熱狂と狂騒が入り乱れて、誰もブレーキをかけようとしない。


 私はイヤホン越しに聞こえるその熱量に、なんとも言えない息苦しさを覚えた。

真実が明らかになるならいいが、むしろ情報過多でかき乱されるだけかもしれない。

(ネットの噂って、本当に事件の核心に迫っているの? それとも、みんなを混乱させるだけ?)


 矢崎の言葉の中には確かに捨て置けない指摘もある。

私自身も「犯行時刻のズレ」や「窓が開いていた理由」が気になる。

だけど、彼らの“安楽椅子探偵”ぶりが、本物の犯人へ迫るどころか、ただ私たちを追い詰めているようにすら感じる。

ファンの想いが強いからこそ、その熱量が誤った方向へ暴走しているようにも見えた。


「本当に、これで莉音を救えるのかな……?」


 ふと呟き、スマホの画面を閉じる。

繰り返される陰謀論やデマ、過剰な考察。騒ぎが大きくなるほど、私たちメンバーは何も言えなくなり、真相がもっと遠くなる気がしてならない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る