第2節:「運営の焦燥」
ライブが終わり、ファンが退場した後のステージ裏には、重苦しい空気が漂っていた。
楽屋へ戻る間もなく、私たちメンバーとスタッフは事務所の会議室へ呼び出される。そこに待ち構えていたのは、ピリピリとした表情の沢村(事務所社長)だった。
「今は騒ぎを大きくしないことが最優先だ。莉音のことは……不幸な事故として片付ける。分かったな?」
社長が冒頭から強硬な態度で言い放つ。
あの水無瀬莉音が血を流して倒れたのに、事故扱いしてしまうなんて。
まるで真相を追究しようとしない姿勢に、私は言葉を失いかける。
しかし、どうしても納得できない。
口を開いてしまうのは、きっと私がリーダーだからだろう。
「事故って……本当にそう言い切れるんですか?」
私の問いに、社長は冷たい視線を向けてくる。
背後にいるスタッフたちも沈黙したまま、会議室の空気がさらに険しくなる。
「探偵ごっこはやめろ。余計なことをすれば、さらに混乱が大きくなるだけだ」
探偵ごっこ――その言葉が胸に刺さる。
莉音が命を落としたのに、こんな言い方はあんまりだ。
だけど、社長の表情は「これが会社のため」だと信じて疑わないように見える。
横に控えるマネージャー・藤崎涼子は、社長の言葉にほとんど反応を示さない。
ただ、俯いたままスマホを握りしめ、時々誰かと連絡をとるかのように、バイブを確認している。
彼女もまた、何かを隠している雰囲気がある。
気になっていると、運営スタッフの一人が私に小声で耳打ちした。
「警察がまだスマホを解析してるらしいんです。莉音ちゃんの……」
なるほど、捜査は続いている。
けれど、それを知っている社長が「事故」という言葉だけで済ませようとするのはどういうわけだろう。
苛立ちと違和感が募っていくばかりだ。
その後も社長からは「これ以上の公表は控えろ」「事件のことを聞かれても“調査中”と答えろ」という指示が矢継ぎ早に出される。
さらに、マネージャーの涼子さんには「会見なんて開かなくていい。とにかく波風立てずに沈静化させろ」と命じていた。
私は怒りで思わず声を荒げたくなるが、ここで感情を爆発させても何も進展しない。
グッと拳を握りしめてこらえる。
(どうして、こんなにも事件を“なかったこと”にしたいの?)
頭をよぎる疑問。
社長の焦燥は、単に「企業イメージを守るため」だけとは思えない。
もっと根深い何かが隠されている気がしてならなかった。
会議は一方的に終了を告げられ、私たちは言葉もなく解散させられる。
廊下へ出ても、息苦しさは消えない。
メンバーの誰もが納得できないまま、心に小さな亀裂を抱えて歩き出すことになった。
(本当に“事故”で終わらせていいの……?)
私は出口に向かいながら心の中で繰り返す。
このまま何も言わず引き下がるなんて、絶対にできない。
私は、あの笑顔を取り戻すためにも、真実を見つけなければいけない――。
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