第2章:「疑惑のステージ」

第1節:「空席のセンター」

まるで空が一段と灰色になったような朝だった。

今日は、水無瀬莉音の死後初めてのライブ。

会場はいつもと同じライブハウスだが、そこに漂う空気は明らかに違う。

ファンも私たちメンバーも、誰もが大切なものを失くしたことを知っているからだ。


 ライブ前の控室に集まったのは、私桜井未来と、橘かりん、天野雪菜、そして篠宮ひなたの四人。

いつもなら「頑張ろう!」と掛け声をかけ合うのに、今日は信じられないほど静かだった。

 衣装に着替えながら、かりんが無理やり明るい声を出す。


「莉音の分まで頑張ろう。ステージは私たちの場所だから……ね?」


 けれど、その言葉に誰も返事をしなかった。

雪菜は黙ったままリボンを結び、ひなたはうつむいている。

私も声を出そうとして息を呑む。

頑張ろうと言われても、あの笑顔がもういないステージなんて、どうやって立てばいいのか――。


 やがて始まったライブ。

本来センターに立つはずの莉音の場所は、あからさまに空席のままだ。

ファンの前に出た瞬間、その空席の重みが胸を締めつける。

スポットライトに照らされる客席を見回すと、みんなが悲しみと不安を抱えた表情をしていた。


(莉音の場所が、ぽっかりと空いている……。でも、私たちが歌わなければ、誰が歌うんだ?)


 そう自問しながらも、曲がスタートすれば身体が勝手に動く。

ステージは非情に進行していくからだ。

かりんが必死にリードしようとする。

雪菜は震える声でどうにかハーモニーを合わせる。

ひなたは目に涙を溜めたまま、いつもより声のトーンが低い。

それでもファンを笑顔にするために、歌わなきゃいけない。


 ファンの声援にも、いつものような熱気は感じられない。

むしろ、悲しみや戸惑いが混ざっているのがわかる。

なかには、SNSでリアルタイムに状況を伝えている人もいるようだった。


@LF_Official

本日のライブについて多くのご意見をありがとうございます。 水無瀬莉音の件につきましては、まだ捜査が継続中です。 本日は予定通りライブを開催いたしますが、皆さまのご理解をお願いいたします。


 運営によるその投稿が、さらにファンの複雑な思いをかき乱している。ネット上では、こんな声が飛び交っていた。


Xの実況投稿(抜粋):


@mika_idol

「莉音のいないラストフレーズ、痛すぎる…見てるだけで泣ける」


@idolwatch333

「センター空席って演出かと思ったけど、違うよね…正直、キツい」


@kamakiri_rev

「運営は何事もなかったかのようにライブ続行って…どうなの?

でもメンバーは頑張ってるし、責められないんだよな…」


 曲が終わると、ステージ上にはやりきれない空気が漂う。

MCもぎこちなく、明るい言葉を無理矢理並べるしかない。

ファンが揺れるサイリウムを見ても、心からの笑顔を返せない自分がいる。


(でも、やるしかない。莉音がいたステージを守るために――)


 私は必死に声を張り上げ、ファンへありがとうを伝え続けた。

悲しみをこらえながらも、みんなの期待を裏切らないようにと。


 ライブはそうして辛うじて幕を下ろした。

楽屋へ引き上げる途中、私はひそかに客席を振り返る。

ここに莉音がいてくれたなら、どんなに心強かったか。

あの空席は、まるで私たちが失った一部そのものだ。


 だけど、ステージに立つことはやめられない。

私たちが歌を止めたら、莉音も二度とここに戻れない気がしてしまう。

重苦しい思いとともに、私は心に決める――疑いがあろうと、悲しみがあろうと、私たちは前に進むしかないのだ、と。


 こうして、空席のセンターを残したまま、ライブは終わった。悲しみに包まれつつも、私たちはなおも歌い続ける――真実を知るために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る