地下アイドル探偵、真夏の夜の鎮魂歌
三坂鳴
序章「ラストフレーズ」
「ラストフレーズ」
煌びやかなスポットライトの裏側で、小さなステージから夢を掴もうとする少女たちがいる。
彼女たちは「地下アイドル」と呼ばれ、ライブハウスや小劇場、時には商業施設の片隅でステージに立つ。
CDが売れなくても、テレビに出られなくても、彼女たちは「会いに行けるアイドル」としてファンと直接触れ合うことを武器に、限られた環境の中で懸命に活動を続ける。
握手会、チェキ撮影、物販――それは夢を繋ぐ「小さな収益源」だ。
だが、その裏には過酷な現実がある。
ファンの期待、事務所の圧力、メンバー間の微妙な関係。
そして何より、光を浴びるためには「他の誰か」より輝かなければならない――。
地下アイドルの世界は、夢と現実、光と闇が交差する場所なのだ。
「ラストフレーズ」は、結成2年目の5人組地下アイドルグループだ。
儚げな楽曲と感情を揺さぶるパフォーマンスで、徐々に地下アイドル界隈で注目を集めている。
最大の持ち味は、歌詞に込められた「終わりと再生」のテーマ。
その代表曲「ラストフレーズ」は、ファンの間で「地下アイドル三大アンセム」の一つと称され、涙を誘う楽曲として絶大な人気を誇る。
メンバー紹介
・桜井未来(さくらい みらい):リーダー(担当カラー:ピンク)
クールな表情と頼れるリーダーシップを持つ。
ファンとメンバーを守ろうとする強さがあるが、心の中では誰よりも仲間を大切にしている。
・水無瀬莉音(みなせ りおん):センター(担当カラー:レッド)
明るく無邪気な笑顔が魅力のグループの顔。
誰よりもファン思いで、握手会や物販でも絶大な人気を誇る。
彼女の涙を堪えた歌声は、ファンの心を揺さぶる。
・天野雪菜(あまの ゆきな):ビジュアル担当(担当カラー:ホワイト)
儚げな美しさが特徴で、物静かな性格。
表情には出さないが、心の中には誰にも言えない秘密を抱えているようだ。
・橘かりん(たちばな かりん):ダンス担当(担当カラー:イエロー)
グループ最年長。姉御肌で、振り付けやパフォーマンスの質にこだわるストイックな性格。
苦労人としてファンからも信頼されている。
・篠宮ひなた(しのみや ひなた):トーク担当(担当カラー:グリーン)
最年少で、愛されキャラの末っ子。
天真爛漫な笑顔がファンの癒しとなっているが、事件をきっかけに成長していく姿が描かれる。
暗転したステージに、一瞬、静寂が広がる。
光の粒が散り、会場を埋め尽くす観客のサイリウムだけが揺れる海のように見える。
「ラストフレーズ、最後の一曲です!」
マイク越しの声に、歓声が弾けた。
その瞬間、中央に一筋のスポットライトが落ちる。センターに立つ水無瀬莉音が白いステージ衣装に包まれ、髪を揺らしながらゆっくりと顔を上げた。
――まるで、天使のような存在感だ。
息を呑むような静けさが会場に戻り、ピアノの静かな音色が響く。
静かな夜に光るステージ
未来(あす)を信じたあの日の声
手を伸ばせば届く気がしてた
儚い夢にしがみついて
莉音の歌声は透き通るようにまっすぐで、どこまでも会場を包み込んでいく。ファンたちは誰一人として声を発さず、ただその歌声に聞き入っていた。
ステージの端から、桜井未来はその光景を見つめていた。莉音の表情は、静かに、けれど確かな力強さを宿している。
(この曲を歌うたびに、私たちは絆を確かめ合う。だからこそ、何度だってステージに立てる――)
隣には、天野雪菜が少し伏し目がちにハーモニーを重ねる。
彼女の儚げな表情は、まるで歌そのものが彼女の心に寄り添っているようだ。
橘かりんは反対側で手を握りしめ、安定したコーラスを支えている。
そして、末っ子の篠宮ひなたは、涙を堪えながら笑顔を浮かべ、力強く歌っていた。
サビが来た――。
ねえ ここで終わらないで
私たちのラストフレーズ
涙を隠し笑顔を抱いて
繋いでいくよ ずっと
消えないように 消さないように
輝いたその場所で
観客席が一斉に揺れる。
サイリウムがメンバーカラーで輝き、まるで大きな星空のように光を放つ。
「莉音ちゃーん!」「ラストフレーズ最高!」
コールと声援が重なり、歌声が会場に降り注ぐ。
未来は一瞬、目を閉じた。
(莉音、君は本当に強いね…)
ひとつずつ欠けた星のように
仲間の声が遠ざかる
だけど今でも響くメロディー
私の中で生きているから
莉音の目から、わずかに涙が零れる。
マイクを持つ手が震えていた。
ステージ上では強がることが「正義」で、笑顔を絶やさないことが「アイドルの仕事」。
けれど、その涙は彼女の想いが本物である証だった。
「莉音、頑張れ…」
ファンの誰かがそう呟いた。
サビに入ると、天野雪菜と橘かりん、篠宮ひなたが莉音の後ろに集まる。
まるで彼女を支えるように、四人の声が重なり合った。
ねえ ひとりじゃないんだよ
聴こえてるよ ラストフレーズ
悲しみさえも力に変えて
歌い続ける ずっと
忘れないから 忘れさせない
あなたのいた証(あかし)を
涙を浮かべながらも、莉音は最後まで歌い切った。
静寂の後、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
ファンたちのサイリウムが再び揺れ、空に光の花を咲かせた。
桜井未来がマイクを手に取り、笑顔を作りながら観客に向けて一礼する。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました!また会いましょう!」
観客たちが叫ぶ。
「ありがとう!」
「ラストフレーズ最高だよ!」
ステージ裏に戻った瞬間、未来の背中にどっと疲れが押し寄せる。
「莉音、疲れてない?今日、すごく良かったよ」
水無瀬莉音は少し笑い、息を整えながら未来を見つめた。
「ううん、大丈夫だよ。…だって、私たち、まだ終わらないから。」
その言葉に未来は小さく頷いた。
(そうだよ、まだ終わりじゃない。ここからが――)
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