バブル崩壊で失った額は返すのにどれだけかかるのか?

12:00

 飯田橋数子は給湯室の隣の小さな会議室で、いつもの3人の女子と昼食を取る。

 お弁当はいつもの昨日の夕食の残りだった。ラップで包んだ昨夜の残りのおかずを入れたおにぎりだった。カップにインスタントのみそ汁を入れて、たわいもない話をして食事する。(きちんと栄養を摂らなくちゃね)といつも飯田橋数子は思うのだけど、生来食が細かったのである。

 テレビ番組とか、新しい韓流の俳優とか、何かふわふわした話をしながら、飯田橋数子は最近はずっと死んだ父親のことを考えていた。

数学者を志して地方から2流大学に入学、上京したが、大学院に進むほどの学力も財力もなく、家電メーカーに勤めるがリストラにあい、結局公立高校の数学の先生になるが生徒に殴られて学校を辞め、根性がないので塾の講師も続かず、そうこうしている内に母は家庭を去った。

 それでも父は何も不平は言わず、皆が(かずこ)と呼ぶ飯田橋数子を一人だけ(すうこ)と呼び、失業のまま、癌になってしまった。

 そのころには祖母に残してもらった外房の家も安値で売ってしまい、何もない状態であったけど、教員時代に入った保険である程度の保険金が入ることとなった。しかしそれは父が死亡した後であった。しかし父は心からこのボーナスを喜び、保険金の受け取りに飯田橋数子を指定した。

 そして「良かった。良かった。」と言った。末期がんの絶望的な苦痛の中、父はモルヒネの闇をさまよいながら、「お前に渡せるものがあって」と続けた。

 その遺志に従い、遺骨は細かく砕いた上、近くの里山に撒かれた。墓標には小鳥のそれのような小さな木っ端が立てられた。しばらく後にいくとそのアイスバーのような墓標はなくなり、その人生のとおり、誰からも忘れられたのだった。

 飯田橋数子は父を愛していた。しかしその人生は本当にゴミのような人生だった。あんな風にはなるまい。飯田橋数子はいつも思うのだった。


13:00

 飯田橋数子は派遣社員としてアテネ食品に勤めているのだけど、もう30年以上、会社は成長していなかった。むしろ減り続ける生産人口にあわせて規模を縮小してきた。日本に新工場を建てることはなく、すべてアジアの新興国に建てた。

33歳の飯田橋数子は生まれてからずっと好景気を経験したことがなかった。ずっと不景気であった。この30年はバブル崩壊の後始末に費やされたのだった。

 飯田橋数学の父親が就職したときはバブル景気であったが入ってすぐにバブルは崩壊した。父親はそれでも一生懸命働いていたのだけど、仕方がない、産業そのものの輸出が起きたからだった。かつて電機産業は自動車と並ぶ日本の中核産業だった。国内で生産されるラジオ、テレビ、ビデオレコーダーや半導体は世界市場を席巻し、輸出立国の礎となった。しかし三洋電機はパナソニックに買収(2009年)された後、洗濯機・家庭用冷蔵庫の白物家電事業が海爾集団(ハイアール)に売却(2012年)された。東芝は、白物家電事業を美的集団(マイディア)に売却(2016 年)し、テレビ事業も海信集団(ハイセンス)に売却(2018年)した。さらには、シャープが鴻海精密工業の傘下(2016年)となった(*)。

*財務総合政策研究所

 これでは飯田橋数学の父親が勤めていた下請けの下請けはひとたまりもない。


 バブル崩壊で失った額は返すのにどれだけかかるのか?

 数子は計算する。


 バブル崩壊は、日本の不景気の通称で、バブル景気後の景気後退期または景気後退期の後半から、景気回復期(景気拡張期)に転じるまでの期間を指す。内閣府景気基準日付でのバブル崩壊期間(第1次平成不況や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す。

 1998年末の時点で日本の不動産の価値は2797兆円に及び、住宅・宅地の価値は1,714兆円と不動産全体の約6割を占めていた。1998年末の土地資産総額はピーク比で794兆円、株式資産総額は同じくピーク比で574兆円減少している。1980年末のバブル崩壊以降、日本の不動産の時価は600兆円以上暴落した。日本全体の土地資産額は、1990年〜2002年で1000兆円減少した。バブル崩壊で日本の失われた資産は、土地・株だけで約1,400兆円とされている。内閣府の国民経済計算によると日本の土地資産は、バブル末期の1990年末の約2,456兆円をピークに、2006年末には約1,228兆円となりおよそ16年間で約1,228兆円の資産価値が失われたと推定されている。(Wikipedia)


 日本のGDPはおよそ540兆円である。バブル崩壊で失った約1,228兆円は、1228兆円/100兆円でGDP2.3年分に相当する。

 飯田橋数子は思う。私が生まれてからの33年はバブル崩壊の借金返済にあてられてしまったのだと。

 ここでGDP2.3年分は返せない借金であったのではないか?


 2010年の日本の公債はGDPの198%と推計されている。これはジンバブエの234%に次ぎ世界で2番目であり、先進工業国の中では突出している。2011年に債務不履行の危機にあるギリシャは143%であった。2013年5月現在の日本政府の純債務は対GDP比で134%となっており、財政破綻したギリシャの155%に近くなっている。

2012年3月末現在の国のバランスシートでは、負債総額は1088兆円、資産総額は626兆円となっている。(Wikipedia)


 返せてないじゃん!

 飯田橋数子は思う。これから日本はどうなるんだろう?これから私はどうなるんだろう?

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