第9話

第9節:一番大切なもの


1. 親友の言葉


志倉陽(しぐら・ひかり)は、久しぶりに親友の三木と飲みに行っていた。三木は大学時代からの友人で、仕事も家庭も順調そのもの。志倉とは対照的に、現実的でしっかりした性格だった。


「陽、お前さ……最近なんや疲れてる感じやな。大丈夫か?」


「まぁな。研究は面白いけど、進展せぇへんとしんどいときもあるわな。」


志倉がそう答えると、三木は焼酎のグラスを手に取りながら、少し真剣な顔をして言った。


「なぁ陽、お前なぁ、一番お前を心配してたり力を与えてくれてる人、案外見てへんのちゃうか?」


「……なんや急に。」


「いやな、俺から見てても、お前どうでもええ奴に気ぃ遣いすぎや思うねん。ほんまにお前を大事に思ってる人がそばにおるのに、そっちには目ぇ向けてへん気ぃするわ。」


その言葉に、志倉は一瞬返事に詰まった。


「そうか……そんなふうに見えるんか。」


「見えるっちゅうか、そうやねん。お前、ええ奴やから誰にでも気ぃ遣うやろ? せやけど、ほんまにお前を支えてくれる人にこそ、ちゃんと感謝せなあかんのちゃうか?」


三木の言葉は、いつも以上に心に刺さった。


2. 周囲を見直す


その言葉を聞いてから、志倉は研究室や日常の中で、自分の周りを改めて見渡すようになった。


これまで気を遣ってきたメンバーの中には、表面上の付き合いだけで、いつの間にか去っていった人も多かった。それに対して、ずっと自分のそばにいてくれる人たちは、特に目立たないが、困ったときには必ず手を差し伸べてくれる存在だった。


「ほんまや……気づいてへんかったけど、俺を支えてくれとる人らって、当たり前すぎて見えてへんかったんかもしれんな。」


志倉はノートに名前を書き出してみた。両親、親友の三木、そして研究を黙って支えてくれる後輩たち――それらの名前を並べていると、自分がどれだけ周囲に助けられてきたのかが見えてきた。


3. 利他と感謝の意味


最近、「利他」や「感謝」という言葉をよく耳にする。村上和雄教授の理論にも、稲盛和夫の教えにも、必ず出てくる言葉だ。


「感謝せなあかん、利他の心を持て――そんなん、綺麗ごとやと思っとったけど……実際そうなんかもしれんな。」


志倉はふと、三木の言葉を思い返した。


「お前、ほんまに大事にせなあかん人に感謝しとるか?」


その問いが、心の奥底で繰り返されるようだった。


4. 自分を見直す


志倉は、研究室の一角で静かに思いを巡らせた。これまで自分は、研究成果や実験の進捗ばかりを気にして、周りの人間関係を軽視していたのではないか。


確かに、表面的な人付き合いを優先するあまり、ほんまに支えてくれる人たちをぞんざいに扱っていたことがあった。


「一番大切なもんって、なんなんやろ……?」


その問いが頭から離れなくなった。


5. 一番大切なもの


帰宅後、志倉は両親の遺影に向かって手を合わせた。


「父さん、母さん……俺、いろんなもん見落としてた気がするわ。二人がどれだけ俺を支えてくれてたか、もっと早う気づいとったらな……」


遺影に向かって感謝の言葉を述べると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。それは、自分の中に眠っていた感謝の気持ちが少しずつ目覚めていく感覚だった。


その夜、志倉はノートにこう書き記した。


「一番大切なもんは、自分を支えてくれる人や。感謝と利他――それは、綺麗ごとやのうて、本当の意味で命を繋ぐもんなんや。」


これまでの自分の在り方を見直し、感謝の気持ちを胸に抱きながら、志倉は次の研究に向けて一歩を踏み出した。

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