第4話
第4節:祈りと命の繋がり
志倉陽(しぐら・ひかり)は、夜遅くまで研究室に籠っていた。命の残響――それが何を意味するのかを解き明かすためのデータ解析が続いていたが、答えにはまだ遠い。それでも、彼の頭の中には新たな仮説が浮かび上がっていた。
「祈りや感謝が、この残響に何か影響を与えとるんちゃうか?」
村上和雄教授が『生命の暗号』で語っていた、「祈りや感謝が遺伝子にスイッチを入れる」という理論が、どうしても引っかかっていた。科学の領域から見ると「祈り」は抽象的すぎるが、自分の研究対象である「命の残響」と結びつけると、妙に納得がいく気がする。
祈りという行為の意味
志倉はふと思い出した。母がよく言っていた言葉だ。
「陽、ちゃんと感謝してからご飯食べなはれ。『いただきます』を言うてな、命をもらうんやから。」
子どもの頃には、そんなことを言われてもピンと来なかった。ただの挨拶のように思えていた「いただきます」という言葉に、どれほど深い意味が込められているのかを理解するには、随分時間がかかった。
大人になって、そして還暦を迎えた今、ようやくその言葉が重く響く。母が言いたかったのは、「自分が生きるためには、他の命を奪うことになる。そのことに感謝しなさい」ということだったのだ。
「祈りって、そういうことなんかもしれんな……」
祈りや感謝という行為は、ただの精神的な儀式ではなく、命と命を繋ぐ行為なのではないか。志倉はそう考えた。
祈りの力を実験する
「もし祈りが遺伝子にスイッチを入れるんやとしたら、それをどうやって証明する?」
志倉はノートにアイデアを書き留めた。彼の研究テーマである「命の残響」を観測しながら、祈りや感謝がその波形にどのような影響を与えるかを調べる方法を模索していた。
試しに、研究室で静かに手を合わせ、心の中で短い祈りを捧げてみた。実験対象の細胞サンプルの前で、「感謝します」「この命に意味がありますように」と願う。
その後、観測装置に映し出された波形を見て、志倉は目を疑った。
「なんや、これ……?」
波形が微妙に変化していた。一定のリズムを保ちながらも、わずかに振幅が広がり、周期に揺らぎが生じている。
「これは……祈りが何かしらの影響を与えた証拠なんか?」
興奮しつつも慎重にデータを見つめる。偶然かもしれないし、測定装置の誤差という可能性もある。けれど、この現象が再現性を持つなら、祈りや感謝が命に影響を与えることを科学的に証明できるかもしれない。
祈りと感謝の本質に迫る
祈りの影響を目の当たりにして、志倉は考え込んだ。祈りとは、単なる言葉や形式ではなく、「命に向き合う姿勢」そのものではないだろうか。
「母さんが言うてた『いただきます』も、結局は祈りや感謝の一種やったんやな……」
命は他の命と繋がり、循環していく。その繋がりを意識する行為が祈りであり、感謝なのだ。だからこそ、それが命に影響を及ぼすのは自然なことかもしれない。
ふと、松下幸之助の言葉を思い出す。
「素直であれば、物事の本質が見えてくる。」
志倉は科学者として、祈りや感謝を非科学的だと切り捨てるのではなく、「素直」に向き合うべきだと感じた。そして、科学がまだ説明できない領域にこそ、命の本質が隠されているのではないかという直感があった。
命の循環に思いを馳せる
夜遅く、研究室を出て帰宅する途中、志倉はふと空を見上げた。満天の星空が広がっている。宇宙の中で、自分という存在がどれほど小さいものかを改めて感じる。
「命の始まりって、一体どこにあるんやろ……」
アダムとイブなのか、天照大御神なのか、それとも宇宙のビッグバンに遡るのか。どれが答えかはわからない。けれど、祈りや感謝がその答えに近づく鍵である気がした。
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