とある(福祉)事業所M 新刊 1
あらいぐまさん
第1話 始まりの、とある事業所 B
第一章 始まりの、とある事業所 B
■あっては、ならない存在
精神的に困難を抱えた人々は、年々増えているように見えた。
「とある事業所M&B」には、社会の隅に追いやられた者たちが集まってくる。誰にも相手にされず、社会にとって“あってはならない存在”と扱われる人々。その中に、栗田学もいた。
学は、過去に自分が起こした数々の奇妙な行動の清算として、執筆という手段を選び、日々取り組んでいた。
しかし、彼は自分に「集団を動かす力」があることに気づいていなかった。
――なぜ、思った通りに人が動くんだ?
――気持ち悪い……自分は馬鹿で無能なはずなのに。
学の思考は、常識とは少しずれていた。
「これは、馬鹿でもできることである」
そう証明するために、彼は“自分の考えるグループ(チーム)をどう動かすか”を現場から表現するというテーマを掲げて生活していた。
だが、学の病状はまだ不安定だった。内部障害も抱えており、社会に出たい気持ちはあっても、そのテーマを捨てて一般社会に踏み出す決断は簡単ではなかった。
心の奥では、常に葛藤が渦巻いていた。
――無理を承知で追い続けるか? ――それとも、何もしない無難な人生の方が良いのか……それとも。
■
そんなある日、若く明るい女性支援員が事業所にやって来た。
名前は、近藤美代子。
彼女は、なぜか学のことをよく気にかけてくれた。
学は思った。
――美代子さんのために、一肌脱ぐか。
それが、すべての始まりだった。
学の持つ特異なスキルは「繰り返し」だった。納得できるまで何度でも「もう一回」「もう一回」と繰り返し、休憩時間が来ても「できるまで止めません」と言って続ける。時間が超過しても構わず、ただ結果を求める。
だが、その執念に付き合える相手は少ない。
偶然、キョという利用者がいた。
学は彼に、そのスキルを試してみることにした。
「この布を畳んで」
キョは一生懸命に畳むが、綺麗ではない。
「もう一回」
渋々畳む。
「ダメ、もう一回。綺麗に畳むまで止めないよ」
学は険しい表情で迫った。
■理解されない思い
その時、美代子が慌てて割って入った。
「そういうことをしたら、可哀想でしょ!」
学は驚き、言葉を失った。
――こういうことをするのは、悪いことなのか?
確かに、本には“相手を無理に変えてはいけない”と書いてある。
人格を変えようとしているわけではない。ただ、基本的な作業ができないと、現場では困る――それが学の本音だった。
ためらいながらも、学は自分の責任で続けることにした。
すると次第に、キョは学の言うことを聞くようになった。
――なぜ、キョは自分の言うことを聞いたのか? ――誰でもできるのに、なぜ誰もしないのか?
この事業所では、支援員たちは利用者にあまり干渉しない。
受け身の姿勢を貫き、問題が起こるまで目をつぶっているように見えた。
だからといって、利用者に非がないわけではない。
学も含めた彼らは、環境を変えようと待遇改善を訴える者がいない。
■人生道場
ここは人生道場、技が決まったら、出過ぎないように――学はそう考えた。
きっとキョは、学が自分を「普通の人間」として扱ってくれることに感謝しているのだろう。
その“お返し”として、学の言葉に従っているのかもしれない。
そこで学は、キョに対して、正しい言葉と思いやり、気遣いをもって接することを心に決めた。
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