掌で踊る
後白河上皇に重用されていた
その頃、
矩子の入内は多くの謎に包まれていた。
美福門院の遠縁の養女として秘密裏に朝廷にあがり女房を務めていたが、いつしか女御として入内している。だが、実際は、占いによる言葉を
そんな矩子を
矩子は眷属だと。また、矩子も何かを感じているのか、
「お前だ。お前が人の因果を見て、私が歪めた因果の枝を元に戻したのだな」と、咄嗟に
「ならば、貴方が人の因果を歪めていたのか?なんと馬鹿なことを。人の因果などそう簡単に歪められるものではないというのに。だけど貴方はすごく賢いのね」と、矩子は、ゆっくりと、優雅に話す。
「ほぅ…。なんと、横柄な。女御とて、たいそうなことはなかろうに、そんなふうに上からものを申して、私を侮るのだな」と、珠が言った。
「いえ、そのような…。だけど、貴方は、上皇様を操ればいいものを、そうはしなかった。貴方の賢さが窺える」と、矩子が言う。
「だから人を見下すではない。と言うか、お前は、まるで全てを見透かしているとでもいうのか?」と、珠が言った。
「おおよそのことは…。貴方がしたことを辿っていけば分かる。貴方が何をしようとしたか…。だけど、これほど綿密に巧妙に多くの人の因果を少しずつ歪めながら、目的を達成しようとした貴方に恐怖さえ覚えたわ。私には到底できることではない」
「上皇様を操ることは困難だ。ああいった強い者は、そう簡単には操れない。しかし、お前の言う通り、操れば周囲の全てが変わる。こんなにも大勢の人が絡んでいるのだから。変化は先の未来を大きく変えてしまう。それは私にも容易に理解できる。だが…。お前はいったい何をした。突然上皇様が信西を殺したと罵り、私は激しく打たれた!」と、憎しみを込めて珠が怒鳴る。
「私は何もしない。たくさんの人が絡み合い因果を紡いでいる。それを歪めることがとんなに恐ろしいことか。だから私は見ているだけだ。しかし…。助言はしている。貴方より確率が低くくてもやっていることはそう変わらないわね」と、最後、呟くように矩子が言った。
その言葉に
「そうだ。お前のやっていることは私と変わらない。なのに何故、お前が成功して、私は失敗したのだ!」
珠の怒りが大きくなるほどに周囲の気圧が変化しているかのように、わずかに物が震え始めた。
「それは、単純な話しだ。上皇様が貴方に怒りを覚えるのは貴方の失敗ではなく、上皇様が恐ろしく我儘だからだ。失敗と言うのなら、あんなに綿密に巧妙に進めておきながら、何故、そんな上皇様の性格を見抜けなかったの?」と、高まる気圧の中、矩子が言う。その言葉に気圧に加わり、風圧も高まる。
「それに、私は一切、人の因果に触れてはいない。あれに触れると、必ず何処かに
風がいっそう強くなる。いったい何が起こるのだろう。と、矩子は辺りを見回した。
その膨張した怒りで空間に罅が入り、遂には
虚ろが開いた時、予期せぬことが起こったのだ。
「時々私は考える。私の受け継いだこの力は、本当はもっと単純なものだったのではないかと、思うことがある。最初の人は、ただ単純に虚ろが見えるだけだった。受け継がれていくうちに虚ろに入った者が虫たちと縁を持ち、ただそれがずっと続いているだけなのかもしれない」
「なんだ、それ…。そんなわけないだろう。なんで、そう思ったんだ?」と、
「そうだったらいいなと、思う。虚ろを歩いて、虫たちを眺めて、ただ笑っているだけの方が楽しかった…。虫たちを従わせ人を操るなど、無知な人間のやりそうなことだ…と…思う…」と、珠は、そう言うと、項垂れた。
「姉上は何を弱気なことを言っているんですか?姉上の肩には黒根家と黒司家がある。そんな馬鹿馬鹿しい話しは聞かなかったことにします。わたし以外には、決してそんな話しをなさらないようにお願いします」と、
それから珠は何日も口を利かなかった。
その為に祖父が残した『異文の書』を読み解き、虚ろへの接触を試みたが、そんな力を与えられていない者は、ただ入口付近を彷徨うだけだった。
ただ唯一蜘蛛に出会った。おそらく、異文の書のなかの文字のひとつが、何かの偶然で反応して、出て来たのだろう。
ただの人には侍従関係の契約などできなかった。
本当に
もしかして、本当に強い者とは
そんな時、
それについては
そして、
すると、
「何処まであいつは自由なのだ?」と、
そこはお寺のような屋敷だった。しかし、本堂と思しき所には本尊もなければ仏像もない。
空き寺なのか?勝手に住み着いているのだろうか?と考えたが、それにしてはきれいに整備されていた。不思議な建物だった。
本堂と思しきところで男と少年と少女がふざけていた。
男は寿院と呼ばれていることを配下から聞かされていた。少し変わった男だと感じた。暫くこっそりと寿院を見ていた。寿院は自由そうに見えた。本気でふざけているのだろうか。まるで役者を見ているような大袈裟な立ち振る舞いだ。それ以上寿院を読めなかった。ただ馬鹿っぽい男だと、
あの男がいるから
その後、
僅かに少年から不思議な気を感じた。気のせいだろうか?
しかし、最後に少女を見た瞬間、これまで観察したことをすっかり忘れてしまった。それほど衝撃を受けたのだ。
それに
実際、数多くの家の中から、縁もゆかりもない家であるにも関わらず、こうして…、この家を探り当てているのだ。
だが掟が実行された。
実弟である自分さえも知らされず秘密裏に始末された。しかし、何かの手違いで双胎の次女は生きていた。
もしそれが事実なら…。
筝は
実弟さえも秘密にして、掟を実行した理由がそこにあるのではないのか?
黒根家の当主、
何を考えているのか分からない男だ。
突然、義忠の屋敷の庭に従者が姿を現した。
義忠の屋敷は、隆鷗が再び意識を失ったことで、あたふたしていた。
「殿…。殿、黒司家の当主様がお見えです」
従者の言葉に義忠が止まった。
「今、何と…?」暫く沈黙していた義忠がぽつりと言った。
「黒司家の当主様がお見えです」再び従者が言った。
「えっ?なんて言った?」と、
「あっ、はい。黒司家の当主様がお見えです」と、更に従者が言った。
「えっ?黒司家の当主様って、
「まさか…?」と、
黒司家の当主が義忠の屋敷に出向くなどあり得ない。義忠はまだ、止まったままだった。
その時、寿院は、隆鷗と戒とふざけ合っていた。だが、ふざけていると思っていたのは
しかし、よくよく考えてみると、寿院が進んで戒に縛られ操られていたのだ。遊びではないと言いきれなかった。
物乞いの子を見張る期間も報告も求められなかったのに、
「
「ここで大丈夫です。でも、意識を失った隆鷗は、衝立の影に隠してもらえますか?説明が面倒くさいです」と、
「了解した」と、義忠は従者と共にすぐに実行した。
「でしたらわたしも衝立の後ろにいるよ」と、寿院が言った。
「いえ、寿院様はそのままでいいです。なんなら紹介しますので…」と、
義忠はすぐに廊下に出ると、正座をして挨拶をした。その後ろで
その後ろで何故か寿院の声が響いた。
「あれっ?あれぇ…野菜売ってた人…ですよね?あれっ、人違いかな?」
さすが寿院様、空気を読まない。
「えっと…。あな…寿院…殿…。まず黒司家の御当主様に挨拶しましょうか」と、義忠が作り笑いを浮かべる。
「おぅ、そうでした。そうでした。これは失礼致しました」と、寿院は、
「寿院様は、黒根家の者ではないのだから、そんなことしなくていいよ」と、小声で
「いや、大丈夫です。楽にして下さい。わたしもここに座りますゆえ、足を崩して下さい」と、
「本日は何ゆえ、わざわざわたしのむさ苦しい屋敷にお越しですか?呼んで下さればわたしが出向きましたのに…」と、義忠が慌てて言った。
「いえいえ、御当主の右腕にそのような…。今日は、愚息に用がございまして、お邪魔致しました」と、
結局、一から十まで全て見張っていたということか…?
「へぇぇっ?どうして、黒司家の御当主様が
秋は思わず寿院を見た。
「これはこれは。寿院殿でしたか…?そうお呼びしてもよろしいか?」と、
「勿論です」と、寿院は応じた。
「またズバズバお聞きになるが、そんな話しに興味がありませんな。
「なるほど」と、寿院は言った。「まぁ、そうですよね。野菜売りに変装して、他人の家にやって来るくらいだ。しかし完璧な変装だった」と、寿院は笑った。
「完璧と言うわりには、わたしの顔を見たとたんに見抜きましたね。面白いお方だね、お前様は。まぁ、何日も帰って来ない
寿院は、
だが、
そして、黒根家当主の右腕、義忠は、たまたまなのか、我が家を襲撃しにやって来た。襲撃される理由など思いつかないが、ただひとつ、
まぁ、それはどうだっていいが、肝心なことは義忠が
そして、忘れてはならないことがひとつ…。
東の香舎家が家族諸共惨殺されたことだ。
寿院の頭の中が刹那のなかでざわめいていた。
『呪い屋』を調べ始めてから全てが始まった。まるで誰かに導かれるように、九堂家の若様から始まり、秦家。そして、手鞠が殺され、
そして、
まるで誰かの掌の上で踊らされているような気分だ。
どうせまた巻き込まれるのだ。
だったら、誰の掌か分からないが、自ら踊ってやろう。
「
「えっ?いいの?」と、
そして、寿院は、苦笑した。
さて、次にやって来るのは、誰かな?
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